語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【社会】ボストン・マラソン爆破事件の背景 ~露国のチェチェン人抑圧・米国移民の不満~

2013年05月15日 | ●佐藤優
 (1)9・11テロは、海外の武装組織に訓練された犯人の仕業だった。
 ボストン・マラソン爆破事件、米国社会に溶け込めない移民が自ら過激思想を抱き、増幅させたところに特徴がある。

 (2)チェチェン問題とは何か。
 ロシアの南、黒海とカスピ海に挟まれたカフカス地方に古くから住むチェチェン人は、自らをノフチ、つまりノアの民と呼ぶ。ノフは旧約聖書のノアのことで、フチは人間を指す。ノアの方舟が漂着したとされるアララト山は、カフカス山脈の南にある。
 領土拡張を目指したロシアがカフカス地方に侵攻したのは、モスクワ大公国時代からで、長い歴史がある(「400年戦争」)。チェチェンへの大規模な侵攻は、19世紀の帝政ロシアだ。帝政ロシアは、支配の拠点として、まず要塞都市ウラジカフカスを築いた。ウラジは支配を意味する。
 ソ連成立後、第二次大戦中にスターリンは、チェチェン人の大半の50万人をシベリアや中央アジアに強制移住させた。冬季に「死の行進」をさせたため、15万人が亡くなった。生き残りは、スターリン死後、故郷に戻り、ソ連崩壊(1991年)の前年に独立を宣言した。
 ロシア大統領となったエリツィンは、軍を侵攻させ、10万人超のチェチェン人が犠牲となった。さらにプーチンが、1999年に軍を派遣した。いずれも内政批判を外へ逸らすのが目的だった、とされる。
 狡猾なプーチンは、武力で強硬派を抑え込む一方、独立勢力の穏健派カディロフを取り込んで傀儡政権を樹立し、2009年にチェチェン戦争の勝利を宣言した。そのカディロフは暗殺され、今は息子が大統領となってチェチェンを統治する。
 現政権は、反対派や批判的なジャーナリストを殺害し、女性にスカーフを強要するなど、厳格なイスラム法を徹底している。市民の反発は強い。
 首都には真新しい高層ビルが建つが、失業率は36%に達する。予算の90%はロシアによる援助が占める。

 (3)チェチェンで抑え込まれた独立派の武装勢力は、ロシアにおけるテロに走った。2002年のモスクワの劇場選挙事件(41人が死亡)を手始めに、コンサート会場の爆破、地下鉄の爆破、ハイジャック、学校占拠などが相次いだ。
 テロは、国境を超えて欧州に波及した。
 2010年、デンマークのホテルで爆破事件が起きた。犯人はチェチェン難民で、爆弾は釘を仕掛けた手製のそれだった。ボクシング経験者の彼の親はチェチェンで医師をしていたが、北欧では医師資格を認められず、下働きを強いられた。ために、彼は社会への不満を募らせた。
 今回、海を越えた米国で、デンマークのホテル爆破事件とまったく同じことが発生したのだ。兄(主犯)は、大学のボクシング選手だった。ネットを見て圧力釜の中に釘を入れた爆弾を作った。父親は弁護士だったが、米国では資格を認められず、自動車整備で生活した。兄弟は、米国に対する不満を募らせ、テロという形で爆発した。

 (4)米国は震駭した。
 これまでは国境でテロリストの侵入を防げばよかった。これからは、国内でテロリストが自然発生的に生まれる時代になったのだ。移民国家の米国は、移民を止めるわけにはいかない。
 帝政ロシアのチェチェン侵攻に従軍したトルストイは書き残している。
 <自己防衛の口実の下に(中略)、あるいは野蛮な民族は文明化するという口実の下に(中略)、巨大軍事力の国家の召使いどもは、弱い民族に対してありとあらゆる悪事をおかす>

□伊藤千尋(「朝日新聞」記者)「ボストン・マラソン爆破事件の背景にロシアのチェチェン人抑圧と米国移民の不満」(「週刊金曜日」2013年5月10日号)

 【参考】
【社会】チェチェン人兄弟はなぜアメリカでテロを起こしたのか ~民族問題~
【読書余滴】佐藤優&鈴木琢磨の、朝鮮人やイスラム教徒の時間軸と日本人の時間軸との違い
【読書余滴】佐藤優&宮崎正弘の、言語・民族・国家 ~グルジアと中国~
【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(3) ~トルキスタン~
【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(2) ~ソ連解体の始まり、ナゴルノ・カラバフ紛争~
【読書余滴】佐藤優の民族問題講義(1) ~アゼルバイジャン~」     ↓クリック、プリーズ。↓
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