語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】暗黒社会論/悪の現象学 ~『この国を動かすものへ』~

2018年01月09日 | ●佐藤優
 (1)『ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊』で立花隆はいう。
 <大学の教養課程でも、『暗黒社会論』『悪の現象学』的なコースを設けるべき。悪徳政治家、悪徳企業のウソを見破る技法、メディアに騙されない技法を教えることが現代の教養には欠かせません>
 これを総論とするなら、佐藤優による「悪の考現学」各論が本書。
 <官僚や政治家の醜態、国際政治の舞台裏における虚々実々の駆け引きについて本書に具体例が山ほど記されている>【序文】

 (2)官僚、ことに外務官僚の醜態は具体例が豊富だ。
 <例1>第1章2007年2月6日付けの記事。総工費100億円をかけて敷地面積1万5千平米の在ロシア日本大使館を建設した後も、それまでの大使館建物を借り続けている。隣接の豪華な大使公邸に、斎藤泰雄大使が住み続けたいからだ。ために、月額956万円の賃料を税金で支払っている。
 ちなみに、この斎藤大使、<ロシア語ができず、教養のレベルが低く、ユーモアのセンスに欠けるので人気がない><斎藤大使のところにロシア人はほとんどってこない>。
 <国家予算の無駄は省くべきだ><外務省はモスクワで適切な賃借物件は見つけることは困難と言っているようだが、それは探し方が下手だからだ。/筆者に相談すればよい。ロシア・マフィアが経営する不動産屋を紹介してあげよう。マフィアに頼めば3日で斎藤大使お気に入りの豪邸が手に入る>

 (3)<例2>第1章2009年12月2日付けの記事。<外務省にたまった膿を出すためには外務大臣官房会計課審査室に保存されている報償費関連の書類を徹底的に調査することだ。そうすれば、偽名、借名による報償費の不正使用が明らかになる>

 (4)暴露記事ばかりではない。
 第5章2008年3月26日付けの記事では、チベット情勢の悪化を分析する。すなわち、
  (a)中国の急速な経済発展の陰でチベットにおける格差がかつてなく広がっている。貧困層の大部分をチベット人が占めるという構造が固定化している。
  (b)北京政府の統治能力は、それまで佐藤優が想像していたよりも低い。
 ダライ・ラマ14世批判、チベット仏教に対する宗教弾圧は、欧米諸国の顰蹙をかうとともに、地政学的に中国にとって不利な状況をつくりだす。
 <モンゴル人は、チベット仏教の熱心な信者である。チベット仏教の信者は、ロシアのシベリアに居住するブリャート人(モンゴル系)、トゥバ人(トルコ系)、西のカスピ海周辺に居住するカルムィク人(モンゴル系)にも多い。チベット仏教に対して弾圧を加えることが、中国とモンゴルの関係を急激に悪化させ、ロシアとの関係でも面倒な問題をかかえることになることを北京政府は理解していない>
 2007年の中国共産党第17回代表者大会で、共産党規約が改正され、「科学的発展観」が指導原理とされた。中国人には発展を可能にする特別の資質があるという考え方だ。「これは社会進化論と親和的な選民思想だ。自己中心的発想をもっている大民族は、少数民族の気持ちを理解できなくなる」

 (5)前述のように、本書は時評だ。しかし、時評の鮮度はすぐ落ちる。
 その意味で、第7章2008年11月26日付けの記事「ドストエフスキーで読み解く『元厚生次官殺傷』容疑者の深奥」が興味深い。
 亀山郁夫・東京外語大学学長が光文社新訳古典文庫から『カラマーゾフの兄弟』につづいて『罪と罰』を出したが、ここで「罪」の原語「プレストプレーニエ」は犯罪の意味であって、宗教的、道徳的な意味での罪のニュアンスはない、と佐藤はいう。
 帝政ロシアの検閲を考慮して道徳物語にしたてあげたが、佐藤には「神などいない。罪とならないと君が本心から信じるならば、殺人でも強盗でも、何でもしていい」という思想を吹きこんだように思われるらしい。「事実、ラスコーリニコフのような発想で、政治テロに走ったロシアの青年は多いのである」
 『罪と罰』はテロを奨励する作品である、と解釈できる。ドストエフスキーがブームになるような社会は病んでいる。
 そう、佐藤優は断定したうえで、2008年11月17、18日に元厚生事務次官宅が襲撃された事件(死者2名、重傷者1名。事件発生5日後に実行犯・小泉毅が自首、「保健所に処分された愛犬の仇討ち」と動機を述べた)にコメントする。
 <この男の思想には、人間に対する敵意(それと対照的な犬に対する愛着)と社会を根源から破壊したいという衝動が秘められている。空恐ろしく思う>
 ちなみに、佐藤優は、『功利主義者の読書術』でもロシア語の知識を駆使して独自のドストエフスキー読解を書いている。

□佐藤優『この国を動かすものへ』(徳間書店、2010)
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 ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊

 


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