語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】玉村豊男の、批評する要件または批評の仕方 ~日本版ミシュランを採点する~

2011年02月07日 | ●玉村豊男
(1)批評には知識・経験が必要
 『ミシュラン東京版』の刊行にあたり、朝日新聞に記事が載った。記者が、玉村豊男に2回、合計1時間半、話を聞いて数行のコメントを付けた。
 この記者、体験記事を書き添えていた。銀座のレストラン<ロオジェ>で、これが三ツ星か、と思って高い料理を食べたが、どこにそんな価値があるかわからなかった、云々。
 ものを知らない若い記者が勝手に書いたなら、編集デスクが即刻ボツにするべき記事だ。デスクの命令で<ロオジェ>に行き、社の取材費で食べたなら、ミシュランに対するある種の批判を込めたつもりかもしれないが、かかる愚かな原稿を得々と掲載すること自体、編集長・編集デスクを含めた新聞記者の質の低下を如実に示す。
 それまでほとんどフランス料理を食べたことのない人が、突然、最高級のレストランで、時代の先端をいくフランス料理を食べて、その価値がわかるだろうか。
 じつはその記者、あとでまた電話してきた。ウナギをゼリー寄せにしたような料理が出たが、あれは日本料理の影響か・・・・。
 玉村、答えていわく、フランス料理では昔からウナギを食材として使っている。ウナギのゼリー寄せはイギリスの伝統的な料理だ。シェフは、そうした一連の文脈を踏まえた上で、日本の風味も取り入れながら、現代風料理にアレンジしたのではないか・・・・。
 スポーツでもルールを知らなければ楽しめない。音楽や演劇などのどのジャンルの芸術でも、よりよく鑑賞するためには、ある程度の知識・経験が要請される。フランス料理の知識・経験のない人が、三ツ星レストランで食べて、「こんな料理のどこがよいのかわからない」と言っても、何の批評にもならない。

(2)ミシュランより高く評価
 『ミシュラン東京版』2008年版および2009年版で一ツ星が与えられた2軒のフレンチがあり、仮にAおよびBとしておく。そこで玉村は、食事をした。2009年版発売直前と、その1ヵ月前に。いずれも玉村には初めての店だった。
 Aは、青山通りにほぼ面したモダンなビルの1階にある。
 シェフとしては、お任せのコースを食べてもらいたいようで、アラカルトで取れる料理は少なかった。しかし、メインをアワビにして軽く食べたい、野菜で何か前菜をつくってほしい、とアラカルトにない料理を注文すると、快く応じてくれた。最初のアミューズから最後のプチフールに至るまで、間然するところのない料理と、そのプレゼンテーションは見事だった。
 インテリアは、最近の外国人がデザインしたハイアット系らしき感じだが、品がよく、落ち着いていた。人懐っこいが、リラックスできるサービスも出色だ。
 日本のフレンチにもこういう店があらわれたか、と玉村は感心した。これは二ツ星である。足を踏みいれただけで心が浮き立つような雰囲気づくりができれば、ほとんど三ツ星といってよい。

(3)ミシュランより低く評価
 Bは、ビルの半地下という環境だ。オフィスの一部のようで寂しい。わざとそうしているのだろうが、花も飾らない「シンプルモダン」(ミシュランの表現)のインテリアは、食事の場所としてかならずしも成功していない。好みにもよるだろうから、それだけでは失点とはいえない。しかし、天井から吊り下がっている無数の長い剣のような照明器具が地震の時に落下するのではないか、と玉村は不安になった。落下せずとも、食事中に揺れたら嫌だ。
 メニューはお仕着せコースのみだ。料金は高いコースの分を払うから、肉料理は安いコースに組みこまれているものと入れ替えてくれ、と頼んでみた。すると、厨房に確認したうえで、できないと拒否された。満員ではないから、食材が足りなかったとは思われない。この程度のことで厨房の手順が狂うようでは、星つきの店とはいえない。
 料理はきれいにつくられているが、それだけのことだ。料理人の伝えたいメッセージが伝わってこない。
 内装、サービス、料理とも、ラテン的というよりゲルマン的だ。杓子定規を求める客には向いているかもしれない。
 しかし、玉村の評価は、Aと比べるとはっきり低い。星ナシだ。

(4)体験談とガイドブックの違い
 (2)および(3)では、体験談として書くだけだから、たった1回の訪問で評価を下した、と玉村はいう。
 しかし、ガイドブックを書くなら、少なくとも2回、そのときに評価が異なればさらにもう1回、訪問しなければならない。
 また、Bの低評価は、単に玉村の趣味や好みが店の方針やコンセプトと合わないだけの理由かもしれないから、玉村と異なる審美眼をもつ審査員を同行させて審判を仰がなければならない。ガイドブックは、不特定多数の読者を対象とするからだ。

(5)日本版ミシュランの採点
 AおよびBに係る『ミシュラン東京版』2008年版および2009年版のコメントを読み比べてみると、両者とも文章がほとんど同じだ。語尾や配列をほんの少しだけ変えてあるだけだ。
 毎年発行するレストランのガイドブックは、前年から1年間にその店の料理がどう進化したか、その店がどういう方向に向かおうとしているのか、それが時代や流行とどう関わっているのかを示さねばならない。評論の機能を持たねばならない。
 日本版ミシュランは、ガイドブックの名に価しない。「星ナシ」と評価するしかない。

   *

 以上、「ミシュラン解題」による。なお、このコラムは、2008年11月28日に書かれた。

【参考】玉村豊男『オジサンにも言わせろNPO』(東京書籍、2009)
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