語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】玉村豊男の、ワインと女は古いほどよい ~熟成と生涯学習~

2011年02月08日 | ●玉村豊男
 玉村豊男が、まだ40代の頃、ポルトガルは北部の古都ポルトの小さなホテルのバーに入った。カウンターに腰をかけたが、あたりに誰もいない。そのとき、背後から男の声がした。
 「ボンディア! ドリンク?」
 ポルトガル語と英語のちゃんぽんで、しかもたった二語で用を足す簡便さ。英語は下手そうだが、小才のきく人懐こさは有能なホテルマンであることを示す。ホワイトポートを注文し、話をかわした。日本からやってきた、と聞いて、バーテンダー君、興味津々の表情となった。日本では腰に刀をさしたサムライが花魁のような着物を着た女を抱きかかえ、ホンダのバイクに乗って疾走する・・・・といったイメージを持っていたらしい。いまから20年前の話である。
 それはさておき、バーテンダー君、ふだんはフロントにいて交替でバーに入るだけなのだが、21歳だった。2年前に勤め始めた、という。
 若いね、将来は何になりなたいのか、と問う玉村に答えていわく、特に考えていない、結婚して子どもをもって平穏に暮らせれば、それでよい・・・・。
 「そういうもの?」
 「ポルトガルには、今日よりよい明日はない、という言葉があります。毎日を満足して暮らせれば、それで十分だと思います」

 この会話は衝撃的だった、と玉村は回想する。
 21歳の若者に教えられるとは。今日よりよい明日を求めるから、人は思い煩う。際限のない欲望に苦しめられる。ポルトガル人は、世界の海を制した15~16世紀から何世代もへて、ある種の達観ないし諦念を自然なかたちで受け入れている。翻って、私たちは「すでに成熟した社会」にふさわしい生き方をしているだろうか・・・・。

   *

 エッセイスト玉村豊男は、「ヴィラデストガーデンファーム・アンド・ワイナリー」の経営者でもある。
 玉村は、吹き荒れるグローバリズムの影響をできるだけ受けないように、拡大よりは持続をめざす「『超』効率の悪い零細企業」を『里山ビジネス』(集英社新書)で語った。
 この本を刊行した2008年6月には、まだ「神武・いざなぎを超える戦後最長の好景気」の余塵がくすぶっていた。しかし、同年秋から年末にかけて急速に経済が悪化した。これをみて、それぞれの人生においても、これまでとは別の戦略を立てる必要がある、と玉村は考えた。拡大より持続をめざすのである。
 『今日よりよい明日はない』の上記のエピソードに、「持続」の考え方の一端を窺うことができるだろう。

 ところで、ワイナリーのオーナーである玉村は、ワインの熟成と劣化は紙一重だ、という。発酵と腐敗は表裏の関係にある、ともいう。成長と老化は、事の両面である。
 日本人は若い、未熟な食べものを好む。野菜や果物は、季節を先取りしたものに人気がある。日本人は、「旬」と「走り」を取り違えている。ロリコン趣味である。
 牛肉は切り出して3週間熟成するとうまくなる。ワインは古いほどよい。ブドウの樹も老木ほど、その果実からつくられるワインは最高級品とされる。
 女はどうか。2008年度の朝日広告賞受賞作品に、資生堂の広告があった。前田美波里の若い頃と現在の写真を並べたヴィジュアルだ。デビューした頃も可愛いが、それから40年へた今の笑顔はもっと素晴らしい。60歳という年齢とはみえない若々しさもさりながら、「年齢とともに積み重ねてきた自信や余裕や覚悟が、充実した人生そのものの厚みとして、彼女しかない美しさを輝かせているのです」。
 その写真には、コピーが添えられていた。「私たちのエイジング」
 前田美波里とほぼ同世代の玉村にとって大切だと思われるのは、アンチエイジング(老化防止)ではなくてエイジング(熟成)なのだ。
 生涯発達の心理学・・・・フランスの発達心理学の紹介者、波多野完治は、生涯教育の概念を初めて日本へ持ちこんだ。玉村のいわゆる「熟成」は、生涯教育/生涯学習とも重なる。

【参考】玉村豊男『今日よりよい明日はない』(集英社新書、2009)
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