語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【政治】安倍晋三首相の「躁状態」 ~暴走を許す民意~

2014年01月17日 | 社会
 (1)昨年末以来、安倍晋三首相は「躁状態」が続いているらしい。
 年明け早々に掲載された夕刊フジのインタビューでは、昨年を振り返って、「この1年があって、これからの日本の10年がある。そういう1年だった」と自信をみなぎらせた。
 年頭記者会見(1月6日)では、景気回復や憲法改正などへの意欲を語った。
 新年互礼会(1月7日)では、参加した政治家や経済人を前に、「(都知事選候補として)我こそはという人は手を挙げていただきたい」と冗談めかして呼びかけた。

 (2)「転機」は、靖国神社への参拝だったかもしれない。政権発足からちょうど1年の昨年12月26日、安倍首相が、現職総理としては7年4ヶ月ぶりの参拝を果たしたのは、首相が自らの主張に固執したという以上に、実は、政治的に大きな意味がある。
 このとき、政権発足以来ともかく現実路線を重視してきたはずの安部首相が、初めて側近の菅義偉・官房長官の制止を振り切ったのだ。
 安部首相は、政権発足直後(2012年12月27日)にも参拝を計画していたが、この時は飯島勲・内閣官房参与(積極派)と菅官房長官や今井尚哉・首相政務秘書官(慎重派)との間の猛烈なバトルの末、踏みとどまった。ところが、今回、外交問題化を懸念する菅官房長官らがギリギリまで自制を求めたにもかかわらず、安倍首相が押し切った。菅官房長官の言うことをは聞く、と思われていたが、もはや違うことが明らかになってしまった。
 安部政権は、①実務系、②経済系、③イデオロギー系の3本柱。これまで①の菅官房長官が③を押さえ込み、②をうまく回して成功してきた。それが、今回初めて崩れた。この変化は今後の動きに影響してくるだろう。

 (3)参院選(2013年7月28日)で自民党が圧勝し、「ねじれ国会」が解消されたときから、今後「安部色」が強まるであろうことは予想されていた。それから5ヶ月たって、ついに安部首相が自我に目覚めた、というところか。 
 しかし、こういう形で表出したとなると、今後の政権運営は危うさを増す。
 日本版NSC創設、集団自衛権行使容認、武器輸出三原則の緩和に賛成で、憲法改正論者からも批判がある。
 靖国参拝はするべきでなかった。外交的に得るものは何もない。正直、参拝したと聞いて暗澹たる気持ちになった。安倍政権が発足した当初、欧米の進歩的メディアは「右翼政権だから中韓が反発している」という見方をした。それが、だんだんと、実は中韓がおかしいのではないか、という展開になりつつあったのに、靖国参拝が台無しにしてしまった。中韓はあらゆる機会に、日本が右傾化していて、安倍首相は第二次世界大戦を正当化しようとしている、と批判するだろう。欧米でもそれに同調する向きが出てくる。安部首相自身が押し戻してしまったのだ。これで、日本外交は、今後かなり苦しくなる。【白石隆・政策研究大学院大学長】

 (4)といった意見にもかかわらず、安部首相の高揚感は消えない。今回の靖国参拝を「よくやった」と評価する声も少なくないことが後押ししている。
  (a)産経新聞とFNNの合同調査によると、
    ①靖国参拝については、全体では、「評価しない」(53.0%)>「評価する」(38.1%)。しかし、世代別では、「評価する」が30代(50.6%)、20代(43.2%)で多数。20~40代の男性は、集団自衛権や憲法改正についても、5~6割が賛成している。
    ②参拝を批判する中韓の姿勢については、「納得できない」が全体の7割。中韓が繰り返す「反日」攻撃が、日本人のナショナリズムを刺激している格好だ。
  (b)安部首相の Facebook では、参拝の報告に対する「いいね!」が8万件以上も押され、コメント欄には称賛の言葉があふれている。
  (c)他方、春香クリスティーンのワイドショーにおける発言【注】が、ネット上で大炎上した。
  (d)好感度調査からしても、中韓に対する嫌悪、不満を抱く日本人が増えつつある。こうした人々がマジョリティとなり、「日本人であれ」という同調圧力が高まっている。このメンタリティが安部政権を支えている。

    【注】「海外でよくこの問題と比べられるのが、『もしもドイツの首相がヒトラーのお墓に墓参りした場合、他の国はどう思うか』という論点で議論されるわけですけれど、まあ難しい問題ですよね」 

 (5)いま日本を取り巻く状況は楽観できるものではない。中国は、経済力、軍事力、政治力で現状の秩序を変えようとしている。容易に挑発に乗れば、日本を窮地に陥らせかねない。
 靖国参拝に対して世界中から批判が起きたのは、中国の外交の勝利だ。個人の信念は結構だが、安部首相が中国に対して強硬に出るほど、中国を利することになる。一方で、中国の挑発レベルは、どんどん上がっている。自制できずに一発やってしまったら、日本は世界的に孤立しかねない。やはり日本は軍国主義だ、ということになってしまう。【保阪正康・ノンフィクション作家】 
 外交は、一つ間違えると国家を存亡の危機に陥れる。かつての大日本帝国がそうだったように。だから、感情的にならず、クールでいることが大事だ。【白石学長】

□鈴木剛(編集部)「安倍首相、暴走を許す民意」(「AERA」2014年1月20日号
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