語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】玉村豊男の、赤ん坊はキャベツから生まれる

2010年09月23日 | ●玉村豊男
 『世界の野菜を旅する』は、食に話題をしぼった紀行文でもあるし、野菜のルーツ探究でもある。
 その第1章のタイトルが、「赤ん坊はキャベツから生まれる」。

 ポルトガルを旅していると、この国なら長いこと暮らしていけそうだ、と感じる瞬間があるらしい。
 人は優しいし、生活のリズムは穏やかだし・・・・そんな抽象的なことでピンとこなかったら、魚を塩焼きにして食べるし、コメのおじやがうまいし、それに何といっても味噌汁がある。
 網にかけた魚を直火で焼く日常食の料理法をもつ地域は、ヨーロッパではイベリア半島から地中海にかけての一帯に限られる。
 中国、インド、中東諸国をつうじて、魚は煮たり揚げたり鍋で焼くことはあっても、網にかけた魚を直火で炙る光景は、特別なレストランでもない限りめったに見られない。
 ポルトガルのレストランで、塩焼きの魚はコース料理のメインディッシュだ。
 その前に何を食べるか。ポルトガル人が勧めるのは、カルドヴェルデだ。「緑のスープ」という意味だが、ポルトガルの国民食で、見た目にはこれが青菜の味噌汁にそっくりなのだ。
 緑のスープの緑はキャベツである。味噌に似た粉末の正体はジャガイモである。

 ポルトガルのキャベツは、長い茎をもつ背の高い植物で、その茎から葉が互生している。タチアオイのように、左右交互に一枚ずつ、大きな緑色の葉が茎から出ている。
 収穫にあたっては、その葉を一枚一枚掻き取って束ねる。市場に出荷されるのは葉っぱだけで、茎もなければ丸い塊もない。
 キャベツは、もともと結球する植物ではなかった。
 アブラナ科のキャベツも、キク科のレタスも、菜の花や春菊のようにもともとは派がまっすぐに伸びていく青菜である。ところが、青菜を育てる過程で過剰な栄養を与えると、葉の数がどんどん増え、そのうちに増えた葉の行き場がなくなり、しかたなく内側に向かって巻きながら互いに重なりあうようになる。これが結球という現象である。
 過剰な栄養を与えても、全部が全部丸まるわけではなく、葉の形状や葉脈の反りかたなどから適性をもったものを選んでかけ合わせ、長い時間をかけて改良していったのだ。
 結球すると、中には太陽が当たらないから、葉がやわらかくなり、白くなる。これを「白軟化」という。結球の利点だ。土から顔を出さないように育てるホワイトアスパラや、暗いトンネルで栽培するウドやチコリも白軟化のケースだ。

 ポルトガルは、玉村の大好きな国のひとつで、ひと頃は毎年のように訪ねていた。その目的は野菜ではなく、ワインだった。この国は、どの地域でも昔から伝えられている在来のブドウ品種をいまでもつくり続けている。メルローとかシャルドネとか、国際的に評価の定まったフランス系のブドウ品種には目もくれず、何百年も前から各地域で栽培されてきた古い品種を、いまでも全国で100種類以上維持している。
 玉村が民家の庭先に「立ちキャベツ」を見つけたのも、そんなワイン探しの旅の途中だった。なるほど、ポルトガルなら、キャベツの古い品種をそのままのかたちで育てていても不思議はない。

 キャベツの原産地は、北欧から中欧にかけての、海岸沿いの土地らしい。それがケルト人によって地中海周辺まで伝えられて栽培が広がった、とされる。
 13世紀から14世紀にいたる頃には、ヨーロッパの主要な地域に結球性のキャベツが広まっていたらしい。
 ヨーロッパは、北海道とほぼ同じ緯度に位置する。海流のおかげで温暖だが、日本のように多様な植物が繁茂する気候ではない。ヨーロッパ旧大陸原産の野菜は数が少ない。その少数の野菜がキャベツであり、タマネギ、ニンニク、ソラマメなど何種類かの豆が、古代中世から近世にいたるヨーロッパの住民の日常生活をささえたのだ。
 ギリシャの哲学者ディオゲネスいわく、「キャベツを食べて生きていけば、権力者にへつらう必要はない」
 それを聞いた弟子いわく、「権力者にへつらえば、キャベツばかり食べなくても済む」
 ローマ皇帝ディオクレティアヌスは、老いて引退したが、支持者に復位を求められた。答えていわく、「私は菜園にキャベツを植えた。そのキャベツ畑を見れば、誰ももう一度権力者に戻れとは言わないはずだ」
 かくて、フランスでは、「キャベツを植えに行く」といえば、引退して自由になることを意味するようになった。

 ・・・・以上のように要約したところから察せられるように、本書は気ままな筆致で、時空を縦横に駆けめぐる。
 ストイックなまでも徹頭徹尾ふだんの暮らしの事物しか記さない、特異なパリ・ガイド『パリ 旅の雑学ノート』を処女作にもつ玉村豊男は、その後円熟の度を深め、自由闊達、融通無碍な文章をものするようになった。本書も、主題が野菜という自然の恵みであるせいもあって、読みやすい文章がはらむものは豊穣だ。
 ところで、赤ん坊はキャベツから生まれる、という伝説はどこから来たのか。
 第1章の最後にようやくタイトルを話題にするのだが、著者の想像は、いくぶんエロチックで、民俗学的には納得できそうな説だ。それがどういうものかは、本書42ページをご覧いただきたい。 

【参考】玉村豊男『世界の野菜を旅する』(講談社現代新書、2010)
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