語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】【沖縄】山之口獏「沖縄よどこへ行く」

2015年09月05日 | 詩歌
 蛇皮線の島
 泡盛の島

 詩の島
 踊りの島
 唐手の島

 パパイヤにバナナに
 九年母などの生る島

 蘇鉄や竜舌蘭や榕樹の島
 仏桑花や梯梧の真紅の花々の
 焔のように燃えさかる島

 いま こうして郷愁に誘われるまま
 途方に暮れては
 また一行づつ
 この詩を綴るこのぼくを生んだ島
 いまでは琉球とはその名ばかりのように
 むかしの姿はひとつとしてとめるところもなく
 島には島とおなじくらいの
 舗装道路が這っているという
 その舗装道路を歩いて
 琉球よ
 沖縄よ
 こんどはどこへ行くというのだ

 おもえばむかし琉球は
 日本のものだか
 支那のものだか
 明っきりしたことはたがいにわかっていなかったという
 ところがある年のこと
 台湾に漂流した琉球人たちが
 生蕃のために殺害されてしまったのだ
 そこで日本は支那に対して
 まずその生蕃の罪を責め立ててみたのだが
 支那はそっぽを向いてしまって
 生蕃のことは支那の管するところではないと言ったのだ
 そこで日本はそれならばというわけで
 生蕃を征伐してしまったのだが
 あわて出したのは支那なのだ
 支那はまるで居なおって
 生蕃は支那の所轄なんだと
 こんどは日本に向かってそう言ったと言うのだ
 すると日本はすかさず
 更にそれならばと出て
 軍費償金というものや被害者遺族の撫恤金とかいうものなどを
 支那からせしめてしまったのだ
 こんなことからして
 琉球は日本のものであるということを
 支那が認めることになったとかいうのだ
 それからまもなく
 廃藩置県のもとに
 ついに琉球は生れかわり
 その名を沖縄県と呼ばれながら
 三府四十三県の一員として
 日本の道をまっすぐに踏み出したのだ
 ところで日本の道をまっすぐに行くのには
 沖縄県の持って生まれたところの
 沖縄語によっては不便で歩けなかった
 したがって日本語を勉強したり
 あるいは機会のあるごとに
 日本語を生活してみるというふうにして
 沖縄県は日本の道を歩いて来たのだ
 おもえば廃藩置県この方
 七十余年を歩いて来たので
 おかげでぼくみたいなものまでも
 生活の隅々まで日本語になり
 めしを食うにも詩を書くにも泣いたり笑ったり怒ったりするにも
 人生のすべてを日本語で生きて来たのだが
 戦争なんてつまらぬことなど
 日本の国はしたものだ

 それにしても
 蛇皮線の島
 泡盛の島
 沖縄よ
 傷はひどく深いときいているのだが
 元気になって帰って来ることだ
 蛇皮線を忘れずに
 泡盛を忘れずに
 日本語の
 日本に帰って来ることなのだ

□山之口獏「沖縄よどこへ行く」(『鮪に鰯』、原書房、1964)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【詩歌】【沖縄】山之口獏「耳と波上風景」
【詩歌】【沖縄】山之口獏「がじまるの木」
【詩歌】【沖縄】山之口獏「浮沈母艦沖縄」
【詩歌】【沖縄】山之口獏「沖縄風景」
【詩歌】【沖縄】山之口獏「島」
【詩歌】【沖縄】山之口獏「弾を浴びた島」


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 【旅】岐阜 ~鮎~ | トップ | 【読売】「不正」を隠蔽する... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

詩歌」カテゴリの最新記事