語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】トランプ、サンダース旋風の正体 ~米国における絶対貧困~

2016年09月08日 | ●佐藤優
 (1)2016年の国際社会のもう一つの大きな話題は、米国大統領選挙だ。共和党ではドナルド・トランプ、民主党ではバーニー・サンダースが台頭した。
 女性、ラテン系、イスラム教徒、外国人などのマイノリティを標的としたヘイトスピーチを売りものにするトランプ。「共和党をぶっこわす」ということで支持を得ている点、小泉純一郎・元首相と重なるものがある。
 最低賃金15ドルや公立大学の無償化など、大胆な所得再分配政策を主張するサンダース。日本では社会主義者、社会民主主義者などと言われることもあるが、彼は1980年代に第四インターナショナル加盟政党の社会主義労働者党の活動に参加している。米国の社会主義労働者党はトロッキスト、つまり共産党より左の思想を持つ政党だ。どちらも、従来であれば泡沫候補として片付けられていたタイプだ。

 (2)共和党主流派が推していたテッド・クルーズ(5月3日に撤退を表明)も、政策など何もない、トランプ以上のポピュリストだ。
 彼が選挙用に作成したプロモーション動画に「マシンガンのベーコン」と題するものがある。テキサス州のスーパーマーケットでベーコンを購入する。「テキサスでは焼き方がちょっと違うよ」などといって、ベーコンをマシンガンに巻き付け、その上にアルミホイルを被せて、射撃場で銃を乱射する。その熱によってこんがりと焼けたベーコンをフォークでつまんで口に入れる。「マシンガン・ベーコン!」と口にする。ただそれだけだ。
 米国の問題は、むしろ、共和党主流派がクルーズのような人物を推さざるをえないところにある。

 (3)なぜトランプ、サンダースが事前の予想を裏切って支持を集めたのか。
 トランプに対する支持基盤は、知識人、イスラム教徒、黒人、アジア系以外のあいだでは意外と厚い。「本来の米国人の権利を取り戻す」というトランプの基本戦略は、グローバル化や情報化の恩恵にあずかれず、競争のしわ寄せだけを受けた人びとの心に強く訴えかける力を持っている。彼らが「トランプはオレたちの代表だ」と支持し、求心力が生まれている。
 サンダースの典型的な支持層は、20~30代の若年層だ。「強い米国」を知らず、レーガノミクスによる格差拡大と、リーマン・ショックの不況のあおりをもrに受けた世代だ。職に就けず、就いたとしても不安定で賃金が低い。親世代より生活水準が低くなる、いわば「右肩下がり」の世代ともいうべき彼らは、働けど楽にならざる暮らしに苛立ち、既存の政治家を信用していない。

 (4)左右の両極端にある彼らへの支持は、経済格差の拡大、社会的流動性の低下、庶民の生活レベルの低下という、共通の土壌から生まれたものだ。上位1%の所得シェアは、1980年では10%だったのが、2008年には21%に増加した。これは米国の大恐慌の前の1920年代と同レベルだ。さらにエリート層が世襲化している。
 米国では、結局はエリート層が富のほとんどを独占してくというしくみは、教育にもあられている。東京大学をトップで卒業し、財務省に勤めた後に弁護士になり、現在ハーバード大学に留学中の山口真由氏によれば、授業料が10ヵ月で7万ドル(800万円)、(800万円)かかる。ロースクール卒業まで6年かかるとすれば、授業料だけで4,800万円かかることになる。
 これでは超富裕層の子どもしか入ることができない。普通の家庭の子どもにしてみれば、例外的な幸福に恵まれ奨学金が得られるのでなければ、とうてい支払うことのできない額だ。米国大学への留学サイト(「アメリカ留学の大学選び」栄陽子留学研究所)などでも紹介されるように、ハーバード大学と同じような授業料を設定している一流大学は珍しくない。格差を逆転する希望を抱くことすら難しいのが現実だ。

 (5)米国の経済は決して悪いわけではない。少なくとも横ばいといえる。しかし、階級は固定化し、「格差」という言葉ではもはやカバーできない、「Povertry」すなわち絶対貧困というべき状況が米国を覆っている。これは日本のそう遠くない近未来の姿でもある。 

□河上肇/佐藤優・訳解説『貧乏物語 現代語訳』(講談社現代新書、2016)の「はじめに 『貧乏物語』と現代」
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 【参考】
【佐藤優】「パナマ文書」は何を語るか ~資本主義は格差を生む~
【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次

 

【佐藤優】「パナマ文書」は何を語るか ~資本主義は格差を生む~

2016年09月08日 | ●佐藤優
 (1)貧困という妖怪が世界を徘徊している。新聞やテレビなどでも、現在の深刻な状況はさまざまなかたちで報じられている。
 しかし、今日に至るまで貧困の本質にまで迫るような論考はさほど多くない。その数少ない一つが河上肇『貧乏物語』だ。100年前に出た本だが、まったく古びていない。むしろ今こそ読まれなければならない。なぜ今こそ読まれなければならないか、順を追って説明しよう。

 (2)2016年4月3日、「南ドイツ新聞」(本社:ミュンヘン)と国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ/本部:ワシントン)が「パナマ文書」に関する報道を行った【注1】。「パナマ文書」とは、タックスヘイブンでの企業の設立支援を得意分野とする法律事務所「モサック・フォンセカ」(パナマ)が持つ秘密文書だ。世界の富裕層が税金逃れをしていた、と世界中に衝撃を与えている。
 タックスヘイブンを利用して蓄財した一人、グンロイグソン・アイルランド首相は引責辞任した。ほかにも、キャメロン・イギリス首相(当時)、プーチン・ロシア大統領の親友セルゲイ・ロルドゥギン氏、ペトロ・ポロシェンコ・ウクライナ大統領など、国際社会の大物の名前が多数出ている。

 (3)タックスヘイブンの利用自体は違法ではない。そもそも資本の目的は利潤を増やすことにある。政府は、タックスヘイブンを介した取引への規制を強化しようとしているが、自国政府のいうことを全面的に聞く必要はないというのが、資本の論理を体現した多国籍企業や富裕層の言い分だ。
 しかし、国家から完全に独立して、資本が自由に動くことはできない。
 <金融資本が、明らかに国家を彼らの自由に動かし、その財政を食いものにしている。外見的にこれは、巨大なカネの力による強力な支配として現れる。しかし、財政・税制から金融政策まで、国家を動かすように見えながら、それはその強さ--根拠に立脚した強さによるのではなく、依存し寄生しなければ存立しえないという弱さを示すものなのである>【注2】
 タックスヘイブンを利用している多国籍企業や富裕層も、自らの利益を増大させるために、国家を最大限に利用している。にもかかわらず、必要な税金を払わずに「ただ乗り」している。
 従来は容認されていたタックスヘイブン経由の取引に対し、諸国家の姿勢は厳しくなっている。違法行為ではないにせよ、法の間隙を利用して、脱法的に納税を回避する行為が多国籍企業や富裕層の間で常態化すれば、各国の税収が減り、財政収入が減少し、結果として、多くの普通の国民や真面目に納税している企業にツケが回ってくるからだ。タックスヘイブンを利用する富裕層と一般国民のあいだの格差が広がると、一般国民の納税制度への信頼を失わせる。その結果、国家を弱体化させる。よって、今後、国家はタックスヘイブンにt害する規制に取り組むことになろう。
  
 (4)「パナマ文書」問題が指し示している重要な点は、そもそも資本主義は必ず格差を生み出す、という事実だ。
 会社は営利の追求を目的とする。会社が二倍、三倍儲かろうとも、社員の賃金が二倍、三倍と上がるわけではない。サインの賃金を超える価値は、資本家の利潤になる。それが資本主義の論理だ。
 資本主義によって生まれる経済格差は、国家によっても、もはや制御しがたいのが現実だ。
 かつては「共産主義という妖怪」が、資本主義諸国における経済格差の拡大抑制に一定の役割を果たしていた。東西冷戦下、共産主義の脅威を目前に差し迫った危機としてとらえていた西側陣営においては、貧困層に分配しなければ革命が起きてしまう、という言説が説得力を持っていたからだ。
 妖怪を信じる者がいなくなったいま、資本主義の力はとどまるところを知らない。

 【注1】「【メディア】調査報道がジャーナリズムを変革する ~チャールズ・ルイス/ICIJ創設者~
 【注2】鎌倉孝夫『帝国主義支配を平和だという倒錯』(社会評論社、2015)p.262

□河上肇/佐藤優・訳解説『貧乏物語 現代語訳』(講談社現代新書、2016)の「はじめに 『貧乏物語』と現代」
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【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次