塩にしてもいざことづてん都鳥
たんだすめ住(すめ)ば都ぞけふの月
子(ね)の日しに都へ行(ゆか)ん友もがな
都いでゝ神も旅寝の日數(ひかず)哉
さくらちる富士がまつしろ(東京をうたふ)
ちよいちよい富士がのぞいてまつしろ
松並木あざやかな富士をまともに行く
松並木がなくなると富士をまともに
朝の富士は白いあたまの春の雲
とほく富士をおいて桜まんかい
花ぐもりの富士が見えたりかくれたり
ひよいと月が出てゐた富士のむかうから
松の木あざやかに富士の全貌
捨てゝある扇子をひらけば不二の山
浅艸の不二を踏(ふま)へてなく蛙(かはづ)
浅草や家尻(やじり)の不二も鳴(なく)雲雀
駒込の不二に棚引(たなびく)蚊やり哉
浅草不二詣
背戸(せど)の不二青田の風の吹過(ふきすぐ)る
ほやつゞきことさら不二のきげん哉
夕不二に尻を並べてなく蛙(かはづ)
脇向て不二を見る也勝角力
雪舟の不二雪信が佐野いづれ歟寒き
玉あられこけるや不二の天(テ)辺より
不二颪(ふじおろし)十三州のやなぎかな
不二ひとつうづみ殘してわかばかな
不二を見て通る人有(あり)年の市
道立子ノ東行ヲ送ル
贈るに湖の月をもてす答ふるに富士の雪を以テせよ
飛蟻(はあり)とぶや富士の裾野ゝ小家より
湖へ富士をもどすや五月雨(さつきあめ)
関こゆる日は、雨降て、山皆雲にかくれたり
霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き
雲を根に富士は杉なりの茂(しげり)かな
富士の山蚤が茶臼の覆かな
富士の風や扇をのせて江戸土産(みやげ)
富士の雪蘆生(ろせい)が夢をつかせたり
箱根の関越て
目にかゝる時やことさら五月(さつき)富士
月に思ふ畔豆を九年前の事
椿赤く思ふこと多し
ひとりきりの湯で思ふこともない
枯草に寝て物を思ふのか
物思ふ雲のかたちのいつかかはつて
物思ふ傍に子はおとなしく砂掘れり
物思ふ膝の上で寝る猫
海みれば暢ぶ思ひ今日も子を連れて
少し酔へり物思ひをれば夕焼けぬ
土のほとぼり身にしみて思ひ遠きかな
ふと思ひ出の水音かげり
夕立つや思ひつめてゐる
雪が霙となり思ひうかべてゐる顔
十二月八日夜強震あり
思ひつかれて帰る夜の大地震へり
思ひはぐるゝ星月夜森の心澄む
思ひ果てなし日ねもす障子鳴る悲し
食後倚る卓子が来れば冷かな思ひ
作らずして喰ひ、織らずして着る身程の、
行先おそろしく
鍬の罰(ばち)思ひつく夜や鴈(かり)の鳴(なく)
秋の風一茶心に思ふやう
袷(あはせ)きる度(たび)にとしよると思(おもふ)哉
思ふさま寝(いね)てはこして帰鴈(かへるかり)
思ふ人の側(そば)へ割込む炬燵哉
思ふ事いわぬさまなる生海鼠(なまこ)哉
薄見つ萩程ちかく思ふ哉
なき人のあるかとぞ思ふ薄羽織
初冬や訪はんと思ふ人来ます
春の水背戸に田作らんとぞ思ふ
丸かれと思ふ踊が飯櫃形(いびつな)り
池暮て月に棹さす思(おもひ)あり
子供気に寺思ひ出す銀杏哉
泣に来て花に隠るゝ思ひかな(芦陰舎十七廻忌)
時鳥(ほととぎす)不図(ふと)思ひけり遲桜