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交通事故は、不運か?

2017-08-05 15:04:53 | お話
🌸交通事故は、不運か?🌸


ある男性(Aさん)が交通事故にあったとしよう。

ある日、Aさんは歩行者として青信号を渡っていた。

そこに飲酒運転をした車が信号無視をして突っ込んできた。

その事故によってAさんは数メートル空を舞い、その後コンクリートにたたきつけられ負傷。

すぐさま救急車で病院に運ばれた。

さて、Aさんにとって、この事故は「幸運」だろうか、「不運」だろうか。


「そりゃ、言わずもがな、不運でしょう」

なぜ?

「な、なぜって…。

だっていまの話だと、Aさんには何の落ち度もないじゃないですか。

ただ横断歩道を歩いていただけですよ。

一方的に交通法違反の車に巻き込まれて重傷を負っちゃったんだから…」

だからAさんは不運だと?

「だってそうでしょう。

雲さんは僕にこう聞いたんですよ。

『Aさんにとって、この事故は幸運か不運か』

って。

だとしたら、やっぱり不運ですよ。

たとえこれが

『物事のとらえ方の問題』

だとしてもですよ、

『死んでも不思議ではない事故にあったものの、奇跡的に一命をとりとめ、

すぐさま病院へ搬送されたことは幸運に値する』

なんていう話じゃないもの。

事故に遭遇したこと自体が不運だよ」


ほう。そうかね。

「僕、なんか変なこと言いました?」


では話を続けよう。

実は、Aさん、この事故にあう前から、長きにわたり、ある願い事をしていたんだ。

「何です? ある願い事って」

Aさんはね、「素敵なパートナーとの運命的な出会い」を望んでいた。

そして、ついに運命の人と思える女性に出会ったんだよ。

搬送先の病院で!

そりゃもう、とにかくAさん好みの素敵な看護師さんでね。

Aさんは一目でメロメロになった。

その看護師さんも一生懸命リハビリに励むAさんを見ているうちに心を打たれてね、2人は恋に落ちるんだ。

で、Aさんの退院後、2人は電撃結婚をするんだな。

さて、Aさんにとって、この事故は「幸運」だろうか「不運」だろうか。

「…そ、そうきますか」

答えになってないぞ。もう一度聞こう、Aさんにとって、この事故は「幸運」だろうか「不運」だろうか。

「幸運ですね、…」

なぜ?

「えー、また? いや、なぜって、そりゃあ、だって、ねぇ。

たしかに痛い目にはあったかもしれないけど、

そのおかげで運命の人と思える異性と出会い、結婚するに至ったわけだから…。

この事故は、まさにその運命的な出会いをつくるきっかけとなったことになりますよね」

だから「幸運」だと?

「…僕は、やっぱり変なこと言ってます?」


さらに話を続けよう。

そして新婚生活を迎えたAさんだったが、

ある日のこと、その奥さんが多額の借金を隠していたことが発覚。

そして、事あるごとに2人の趣味がかみ合わないことがわかってきた。

あぁ、電撃婚なんてするんじゃなかった。

結婚するなら、もう少しつき合いを深めてからにすればよかったと」

と、そんなことを考えるようになってきたんだな。

さて、Aさんにとって、この事故は…。

「やっぱり不運、いや、…わからなくなってきた」


何言ってるんだよ。

私は最初から話の種明かしをしてたじゃないか。


「最初から?」

言っただろう、物事そのものには、意味も価値も存在しないと。

それをとらえるその人によって、意味や価値が与えられていると。


「いや、だけどさぁ…」

こうも行ったよ。

「大きな流れやつながりを見ることなく、

全体の中のある限られた1部だけをとらえて、

そこに無理やり意味をつけるから、

本質を見落としてしまう」

と。

「な、なんだかなぁ…。話としてはすごく納得できたけど、

別な意味で釈然としないなぁ、、」


と、言うことで。

それが嬉しいことであれ、悲しいことであれ、

僕たちは何かを目の前にしたとき、

前後関係が絶たれた

「限られた物事・区切られた時間の中」

に意味や価値を見いだそうとしてしまいます。

が、本当は、そこには意味も価値もありません。

ただ単に、そうだったのです。

これは、反転すると、このようにいうこともできます。


現実に対して、どのような意味や価値を付与するかは、

全て自己責任であり、

また、そこには第三者が決して踏み込むことができない、

絶対的な自由がある、と。


精神世界では

『世界は、自分の心の投影である』

『世界は、すべて自分の思い通りに形づくられている』

『思考は現実する』

なんてことが頻繁に語られますが、

気づいてしまえば、それはとてもシンプルで明快な事実だったりします。

だって、あらゆる意味や価値は、

対象の人でなく、

自分たちのとらえ方にあったのですから。


とにもかくにも。

自分の人生経験や、生活習慣の中で身につけた固定観念は、

想像以上に自分自身の自由を奪う足かせとなっています。

もし今、あなたの目の前に障害があるならば、

それは、あなたの固定観念を指摘してくれるシグナルなのかもしれません。


(「もっと あの世に聞いた、この世の仕組み」雲黒斎さんより)

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