京都・京田辺市の民家で18日未明、警察官の父親をおので殺害したとして、二女(16)が逮捕された。二女は「お父さんが嫌いだった」と話しているという。警察は計画的犯行との見方を強めている。
18日午前4時半過ぎ、京田辺市に住む京都の巡査部長(45)が自宅の寝室で血を流して倒れているのを妻が発見した。警察が駆けつけたところ、巡査部長はすでに死亡していた。
1階の居間にいた二女が殺害を認めたため、警察は殺人の疑いで逮捕した。二女は刃渡り約11センチのおので寝ている父親の首を切りつけたという。
二女は、警察官の父親のほか、母親と姉の4人家族で、現在、美術関係の専門学校に通っているという。調べに対し、二女は「私が殺しました。お父さんが嫌いだった」と話しているという。二女は当初、ボーっとした様子で放心状態だったが、次第に落ち着きを取り戻してきているという。
凶器のおのは自宅の居間から見つかっているが、家族は知らない物だと話していることから、二女が購入したとみられている。警察は計画的犯行との見方を強めているが、犯行の具体的な動機はわかっておらず、慎重に捜査を進める方針だと言う。
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朝からこんな事があって良いものかという親の淋しいニュースが流れていた。
何故・何がと耳を疑いました。現職警察官の父親が16歳の我が子に斧で寝首を取られたと表現されてもいいような事件にショックを隠せなませんでした。。
何不自由ない幸せそうな家庭で何が有ったのか、計画的犯行だと言われているが「ただお父さんが嫌いだった」という事だけでこんな惨殺殺人を起こされては家族もおちおち安心して寝てもいられない。事前の兆候は無かったのだろうか。
父の警察官という事で何かと自由にならない注意を受けた事に切れたのかとも思ったりもしたが「凶器を事前購入していることを見るとそうも思われない。
最近の新聞に傷害事件が掲載されていない日がないが、親を親と思わないでの傷害事件には特に頭が痛いし何故こんな世相になったのかと自問自答する。
親の教育・学校の教育・マスコミの報道の加熱と目立ちがりと自己満足等々考えてみるがこれといった答えは考え付かない。
こういう尊属殺人に対し罪の重さが計れない裁判制度にも一因があるような気がしてならない。「我が子に殺されるような戦国時代にはなりたくない」ものだと思いながら・・・