或る「享楽的日記」伝

ごく普通の中年サラリーマンが、起業に向けた資格受験や、音楽、絵画などの趣味の日々を淡々と綴ります。

フォーライフ(7)

2006-03-18 06:26:17 | 020 小説「フォーライフ」
◆メリケンパークオリエンタルホテル
植田は神戸にあるIT企業のオーナー。オーナーといっても従業員は自分を含めて4人。個人に毛の生えたような小さな会社。もともと大学で情報工学を専攻し、卒業後は大阪の大手企業でSEとして仕事をしていた。ひょんなことから友人に頼まれ作ったHPの評判が良く、会社に内緒でバイトをしている間に客が増え、結局会社をやめて5年前に1人で起業した。

最初はポツポツ仕事が入る程度だったが、そのうち口コミで評判が伝わり、仕事が急増したため従業員も雇った。最近ではブティックやレストラン等、こだわりを持つ経営者から指名が入ることも多い。そんな時、知り合いの口利きで引き受けた仕事のクライアントがエステサロンを経営している貴美子。初対面で好印象を持ったが、まさか数ヵ月後男と女の関係になるとは思ってもいなかった。

ある日の夕方、いつも利用している神戸では有名なリゾートホテルのひとつ、メリケンパークオリエンタルホテルに貴美子が先にチェックイン。植田は早めに仕事を切り上げて人目を偲ぶようにホテルに入り、周囲を確認し部屋のドアを開けた。「待った?」「ううん、30分ぐらいかな」「ゆっくりできるの?」「うん、今日はダンナが京都へ出張で帰りが遅いから・・・」

「ねえ、このホテルっていいよね、なんかね、外観が白いケーキみたいで、食べると美味しそう」「そういう発想かよ」「あはは、いいじゃない、たぶんこのホテルを設計した人も、そういうつもりだったのよ」「それはないと思うけど」「そうそう、なんかアンリ・シャルパンティエの“のの字ロール”に似てる」「アンリにそんなのあったっけ?」

数時間後、貴美子はベッドの中で目を覚ました。まだ体が火照っている。シャワーを浴びて部屋に戻ると、ちょうど外で汽笛の音がした。「ねえ起きてよ、なんか聞こえない?船かなあ、外にに出てみようよ」「分かった、ちょっと待ってよ」

二人はバスローブをまとってベランダへ。すっかり空は暗くなっていて、目の前のハーバーランドの”mosaic”のネオンが鮮やか。ターミナルに大きな客船が入港するところだった。すぐ真下に見える。

「うわー素敵、こんな船に乗ってこのまま海外とか行けたらいいね」「そりゃそうだけど、でもそんなことできないよ、絶対バレる」「あれー、意外に臆病なのね」「そういう訳じゃないけどさ」

植田は貴美子を抱き寄せた。柔らかな髪の毛の感触を楽しんでいると、ベランダの仕切りの隙間から隣りの部屋がかすかに見えた。男の姿だけだったが、えらく真面目そうな顔つき。それにかなり年配。まさか1人?そんな訳ないよな、隣りもツインのはず、と思いながら部屋に戻った。


◆人違い
佐藤は京都の四条河原町にいた。仕事の打合せが済んで神戸に帰ろうと思ったが、あの高校の同級生に似ている、あぶらとり紙専門店の店員のことが気になってしようがない。そう思いながら歩いていると、いつの間にか自然に店の前に来ていた。すぐに奥のテーブルにいる。接客をしているようだ。それから20分、他の店員からちょっと変な目で見られ始めた矢先、店頭に戻ってきた。すかさず佐藤は近寄った。

「すいません、この間紹介してもらったあぶらとり紙、女房に評判が良くて」「それは良かったですね」「いや、だからあの、今日は別の物を買いたいなと思って・・・」「それなら、こちらの風呂敷とかどうですか?染めつけが洒落てますよ・・・」

言われるままに商品を買った後で、佐藤はたまらず切り出した。「あのー、失礼ですが、岡山のご出身ですか?朝日高校?同級生によく似てるんだけど」「いや、違いますよ」「あれっ、そうなんですか、いやすいません、失礼しました・・・」

佐藤は恥ずかしさで動揺した。しかしそれを遮るように相手は笑いながら続けた。「でも出身は岡山ですよ、お隣りの高校、繰山高校」「ええっ、繰山ですか」「同郷らしいですね、私達って」

佐藤は落ち着きを取り戻したが、その時ようやく相手の胸についた名札に気がついた。「奈緒美さんてお名前なんですか、僕は佐藤と言います」と言って自分の名刺を差し出した。

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4 コメント

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とても身近な (月世)
2006-03-19 00:06:40
お話で、不思議な気分です



阪神芦屋そばのアンリ本店は、発祥の地ですけど、ほんとこじんまりとしたお店。

最近は国道2号線沿いにでっかい白亜の建物、

「メゾン アンリ」が出来てて、

そちらに詣でる観光の方が多いようです。

こちらでは小川洋子さんが愛する、クレープシュゼットがいただけます
そうなんですか。 (ハンコック)
2006-03-19 08:04:42
実は芦屋には1回しか行ったことなくて。しかも夜だけ。

だからネットでざっと調べてなんとか書いた状況。



今調べたら「メゾン アンリ」が確かにありました。

なんか立派な建物だなあ。最近はこっちがメイン?

いやあ、なんか綱渡りしてる感じ。ぽりぽり。(笑)



小川洋子?クレープシュゼット?何ですかそれ?

でもネタに使えるかも。



それでね、是非とも月世さんにお願いしたいなあ。

小説読んで、これはないよって所があったらコメント下さいね。

すぐに修正します。自分が書いてるからどうでもできるのがいい所。(笑)

アンリは今も大好き。 (きみ駒)
2006-03-19 11:51:32
アンリはお土産によく使ってたのですが、最近では横浜でも出店が多くて。それでも喜んでもらえるんですけどね。

甲陽園の「ツマガリ」はオーナーの考えから関西圏内以外には出店しておらず、最近ではそこの焼き菓子を利用する事が多いかもです。ここも本店では小さな喫茶室があって、美味しいんだけどいつも混んでてなかなか入れません。やれやれ。

月世さんがおっしゃってる2国沿いのお店、知りませんでした!やーん、今度行かなきゃ。



アンリに、金のモンブラン、銀のモンブランというのがあって、とても美味しくて、「モンブランてもう一つ」という人にはいつも勧めてます。大抵感動してもらえます。

金と銀て、何が違うかったんだっけな。神様が出てきて「お前が落としたのは金のモンブランか、銀のモンブランか」と言われて、「いえいえ、私が落としたのは普通のモンブランです」「正直者じゃ。よしアンリの焼き菓子セットを与えよう」という話を、食べながらダンナさんとしたのは覚えてるんだけど。



うーん、まだまだ書きたいことがある(笑)。

でもまた伺います。ではでは。
おはようございます。 (ハンコック)
2006-03-20 06:37:54
きみ駒さん、ネタ提供ありがとうございます。

アンリの一言のおかげでうまく話が展開できました。

なんかね、人から提供してもらうと書けるんだなあ、これが。

まさにインタープレイって感じ。ハービーが得意とするところ。(笑)



金と銀のモンブランの話、これまた面白い。使えるかも。

なんか良きライバル?になれるかもしれませんね。

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