Kanaheiのデンマーク生活

糖尿病の勉強をしたくてきたデンマークでの紆余曲折な生活を日記として残しています。

夢は遠くにあるから夢なのじゃ

2007年10月30日 | デンナースへの道
 なんとなしに「そろそろ次の仕事の申し込みをせねば」とインターネットで仕事探ししていたら、突然、私の夢の仕事Steno Diabetes Centerの糖尿病ナースの仕事が。びっくりして、慌てて翌日締め切りなのにヨナスと履歴書などを作成し、締め切りギリギリに直接Stenoの看護部長さんのところへ渡してきました。

 そして今日が面接日。今の私の看護師としての経験(日本とデンマーク両方とも)においても、言語の面においても、あまりに責任が重く、難し過ぎる、世界でも有数のプロフェッショナル集団であるStenoの糖尿病看護師の中でもリーダー的ポジションのため、99%落ちることは確信していたのですが、でも出来る限り自分のことと自分がなぜデンマークまで来たかを説明し、Stenoの中にコンタクトを作る(そしてあわよくば産休代理などでも仕事がもらえればと)ことが目的で挑戦してきました。

 面接自体(ステノの看護部長、王立病院糖尿病クリニック&ステノ医局長、ステノのナーシングスペシャリスト、人事課?ナースとの4対1面談)は自分の中でベストを尽くしたし、色々後で「ああ、あのときこう言えばよかった」などと思うことはあったけど、面接の出来でどうこうなる職でもないことは確かだったので、果報は寝て待てということで気楽に待ちました。

 結果は予想した通りだったのですが、予想していたとはいえやはりショックはショックです。いや、あんなたいそうな仕事をもしもらったとしたらそれはそれでちびりますが…。

「今回は無理です。あなたには職務経験が足りないし、この仕事に就くには最低でも7年は内科的経験を積まないと務まらないから。でもあなたはすでにそれに取りかかっている。このままただ続けて、また諦めずにトライして。あなたにはすばらしい能力も知識もあるし、ただもう少し経験が必要なだけ。私たちもあなたにとても興味を持ったし、成長したあなたにまた会えるのを楽しみにしています」

 うーん、言われたことは100%正しくて、「はい、その通りです。がんばります」というだけなのですが、7年て…。先が長いなあ…。一瞬がっくりきて「もういいよ、デンマークなんて。そんなにがんばりたくないよ…」なんて思ったものの、なんだかんだで後には引き返せない、「もういいやこれで」と出来ないのが私の性格(もったいない性)。言われた通りこつこつ行くまでです。

 とりあえず、後日改めて面接のお礼を兼ねて部長にはメールし、自分がまたSteno糖尿病ナースへの道を続けて行くこと、なにかまたチャンスがあったら(パートでも産休代理でも)教えて欲しいこと、あと今度雑誌の記事のため取材させてほしいことなど送ってみるつもりです。

 さて、そんなこんなの精神的に非常に疲れた日ではありましたが、明日は明日でまた別の病院に面接の予定が入っています。そこはステノではありませんが、AMA(Akut Modtage afdeling)という内科的救急外来での糖尿病ナースとしての仕事。これまた責任重大任務です。懲りずにトライしてきます。

 さー、がんばるぞっと。

スコットランド旅行記4~グレーな街アバディーン~

2007年10月29日 | 旅の話
 スコットランド滞在4日目は、あやちゃん達が近々引っ越す先である、アバディーンという街へ。アバディーンはヨーロッパのオイルシティであり、地方都市のわりになかなか景気のいい街であります。

 グラスゴーからアバディーンまでは車で2時間半ほどですが、この田舎道の美しいことといったら!!人生のうちに一度は見る価値があります。
 デンマークの緩やかな丘陵地もきれいですが、それよりももう少しアップダウンのある丘が続き、その丘では羊の群がのんびりゆったり草を食んでいます。そしてはるか向こうの方には低い山並み。
 スコットランドといえば羊ですが(スコティッシュ系移民の多いニュージーランドもだから羊が多い)、いや、しかし本当に多い。一体どうやってあの大群の羊(散らばってるけど)が管理されているのか不思議です。
 ちなみに、ひつじ大好き人間で、ヨナスからはなぜか「ラムセロー(ひつじちゃんの股)」と呼ばれている私は、この次から次へと風景の中に現れる羊に萌えまくり。


映画「Brave heart」の舞台となったお城。息をのむとはこのこと。麓の白い点は羊たち。

 そんなきれいな風景を眺めつつ着いたアバディーンは、あやちゃんが「田舎!」と言ってたわりに、デンマークの第2都市オーフスよりもでかい街でした。
 まず目を引いたのが、アバディーンのタウンホール。まるで悪魔の城です。ここで住民登録をすることで、悪の僕になるに違いありません。あやちゃんも引っ越してアバディーン住民になったあかつきには、真の悪友。それくらい恐ろしい建物です。それもそのはず、元は監獄だったとか…。


「地獄の~」とか「魔の~」という名が似合いそうな建物。

 いきなり街に着いた途端、悪の城に出迎えられおののいたものの、とりあえず気を取り直して朝のコーヒーでもと、入ったスタバもこれまたホーンテッドマンションのごとき教会の裏。その後も街中散策をしていたのですが、目に入る建物がみんなグレー(花崗岩)。オイルシティということでもっと浮かれた感じ、もしくはゴージャスな街並を想像していたのですが、どんよりとしたスコットランドの曇り空に溶け込むシックな街並でした。(でもあちこちに花かごが置いてあったり、グラスゴーにはないかわいらしさが)


グレイな街並。鬱になりそう…。

 で、アバディーンで何をしたかっていうと、また例によってPRIMARK(激安用品店)で買い物し、イギリス版マーサの店のようなところで買い物し、M&Sの日本のコンビニ弁当並みに充実した弁当コーナーでサラダを買って外で食べ、本屋のゴシップ紙を立ち読みしつつあーでもないこーでもないとしゃべり、今回はパブではなくカフェでワインを飲み…、とまったく観光をせずにまた車でグラスゴーまで帰ったのでした。でも楽しかったけど。いいんです、今度ヨナスと来る時にちゃんと観光するので!


かつて教会だった建物を改造したパブ。いいのか!?

中毒者との闘い

2007年10月28日 | デンナースのお仕事
 最近、寒くなって来たことで病棟も肺炎患者さんなど増え、重症度も上がって忙しくなり、仕事が終わる頃にはぐったり、デン語の呂律も回らなくなるほどです(Dysregreret blodsukker=血糖コントロール不良とか、rehydreres=脱水を改善させるとか…)。
 そんな風に疲れているところに追い打ちをかけるように、最近またしても「こいつら!」と思う出来事が。

 仕事が終わり、病棟から更衣室までいく途中に、建物のエントランスホールを通るのですが、ここでいつもタバコをもくもくと吸っている患者さんに遭遇します。で、だいたい決まってそういうことしているのは、アル中もしくは薬中患者。
 先日も準夜勤の帰りにそれ風の二人が喫煙しており、面会者風の一人は手に高アルコール系ビールの瓶(アル中はお金がないのに飲みたいので、アルコール度の高いビールをちびちび飲んでいる)を持っており、私が現れるとサッとジャケットの内側に瓶を隠しています。患者である方の薬もしくはアル中は、私におかまいなしに喫煙続行。

 ああ、疲れているのに…と思いつつも、「ここは禁煙です。吸いたかったら外に出なさい」と伝えると、アル中「外は寒いから。風邪引いちゃうじゃないか」と。
「あのね、コペンハーゲン内すべての病院はどこもかしこもみんな禁煙なの。いいから出て行きなさい。さもなきゃ消防装置が作動するわよ。もしくは私がレセプションへ行ってポーターに通報し、つまみ出すわよ」と、私もびしっと言うと、患者である中毒野郎が「いったいどこに”禁煙”だなんてサインが貼ってあるんだよ?」と、小学生のようなことを言い出したので、「そんなくだらんことでディスカッションなんてしたくないんだよ!いいから出てけ!今すぐ!あ、吸い殻はゴミ箱に捨てるなよ?!」と酔っぱらいのクダ巻きを制すると、こともあろうにこの中毒患者、私に向かって「おまえはOverlaege(一番えらいドクター)か?」と。「見りゃわかるだろ!ナースだけど、なにか?!」「あ、そう、ナース、じゃあいいや」と喫煙続行。

 ぶちーん!!おまえごときにそんな扱いを受ける言われはまったくないわ!私はナースだが、じゃあおまえは何様だ!?社会のお荷物様か?!誰のお陰で治療を受けたり生活保護が貰えると思ってるんだ!この外人ナースの私でも高い税金払ってるんだぞ!偉そうなこと言うくらいならおまえらも働きやがれ!!

 ということがその瞬間には怒りで口から出ず、「もういい。ポーターに通報してやる」と言い捨てレセプションへ向かおうとすると、向こうも吸い殻をゴミ箱に捨て(!)エレベーターの方へと消えて行きました。やつらが去った後もしかし怒りが治まらず沸々とストレス蓄積。
 これはいかんと思いヨナスに電話すると、「あー、もう早くAmager以外の病院に移った方がいいね」と。たしかにAmagerはかつて「う○こ島」と言われるほど、汚くて貧乏で中毒者の巣窟だったので、Amager病院もそんな患者が確かに多いのですが、でも今やどこへ行ったって中毒者たちがいるし(北シェランとか高級エリアを除いて)、どの病院でも変わらないよ…どこまで行ったってこの国では中毒者とバッドマナースモーカーからは逃れられないんだ!!ああ!!

 ってことで怒りで激チャリしつつ、次にああいったシチュエーションに出会ったとき、スムーズに言葉が出るようイメトレしつつ、思いついて同業者でありソウルメイトであるぐっさんに「今から行くわよ!飲むわよ!」と電話しおしかけ、ついでに仲間は多い方がいいとSHOちゃんも電話で呼び出し、結局ビール6本くらい空けて帰って来たのでした。わいわいとしゃべってストレス解消。持つべきものは友です。

 しかし中毒者との闘いは病院で働く限り終わることはなく(今も病棟に「飲酒量:ウォッカ5リットル/日」という、完全に脳みそ破壊されている患者がいる)、まじでこちらも、そんな彼らとやりあう術を身につけなければなりません。日本語でだったらいくらでも言えるのに、くそう…。
 毎日通勤で片道7kmの道のりを激チャリしつつ、イメトレにいそしみます。
 

最近のこまごま

2007年10月20日 | わたくしごと
 其の一、新車に乗りかえ

 ヨナスと暮らし始めて最初に買った自転車(スーパーで1500kr。しかも自分で組み立てる)に、最近流行りのマグネットライト(走るとマグネットの磁気で自動で点灯)をつけた途端盗難に遭い、しかし自転車がないと本気で不便なコペンなので新車を購入しました。
 前からかわいいな~と思っていた、デンマークといったらこれ、なクラシックな自転車。今までの安い自転車と違って非常に乗ってて背筋が伸びて気持ちがいいです。が、「毎日乗るものだし、いいものが欲しいなあ」と帰省のことも考えずに血迷い、なんと自転車一台に10万円以上も払ってしまいました…。ちょっと後悔…。

 其の二、しょせんデン猫

 先日、猫のたびのエサ(ドライキャットフード)が無くなり、私は夜勤で寝なければならなかったのでヨナスに買いに行くよう頼んだのですが、翌朝仕事から帰って来てたびのエサ皿を見ると、なんとレバーパテを塗った黒パンという、超伝統的デンマーク料理が!!!(オープンサンドだけど小さく一口サイズに切ってある)ヨナス~!!
 しかしその日の終わりには、たびもすっかりきれいにそれを食べ尽くしており、「お前もしょせんはデンマーク生まれよのう…」と、ちょっと彼との心の、文化の距離を感じました。


ゴミ袋の手提げ部分に首がはまって抜けなくなった、たび。

 其の三、初ハロウィーン

 Jyllandさんのブログで拝見して以来気になっていた、ハロウィーンカボチャのジャックを今回初めて作ってみることに。まずカボチャをあちこちで値段を比較しつつ探したのですが、一番安かったアラブの八百屋にて25krで購入し、自転車の後ろの荷台に積んで帰宅。
 妙に顔が下になり、でこっぱちなジャックになりましたが、まあ初めてということでこんなもんでしょう。


たびも興味津々。


ヨナスにとっても初体験。ちょっとはしゃいでみる31才。


玄関前に飾ってこの通り。

 其の4、Nursing Business 11号に掲載

 お友達で、ナースとして大先輩ののんさんに紹介していただいたことがきっかけで、このたびメディカ出版さんより発行されている看護管理者向け雑誌「Nursing Business」11号に私の記事(海外ニュース)が掲載されました。
 さらにメディか出版さんより発行されている「糖尿病ケア」という雑誌へも、2008年1月号(12月発行)から1年間、「デンナースのヒュゲリな生活」ということでエッセイを書くことにもなりました。なので今、必死にネタを探り中です。そんなわけで、ナースのみなさん、「糖尿病ケア」をよろしくおねがいしまーす!!


こんな管理者向けの雑誌に私の記事が載っていいのでしょうか…。でもいい経験です。

Kung Fu Izakaya Bar

2007年10月20日 | デンマークのおすすめ店
 コペン在住日本人(酒飲み限定)、いや、欧州在住日本人(特に晩酌好き)が最も恋しいもの、それは居酒屋。
 おしぼりで顔を拭きつつ「えーと、とりあえず生4つ!」、そして大根サラダ、なんこつ&鳥の唐揚げ、串盛り、いかわさ、揚げ出しナス、ざる豆腐、刺盛り、だし巻き卵、シメはおにぎり&味噌汁。ああっ!こうしてあげているだけでヨダレが!!
 恋しいな~悲しいな~…とカールスバーグを飲みつつ、ピスタチオを剥いているデンマーク生活ですが、この9月、ついにコペンハーゲンにも居酒屋が登場したとのことで、さっそく行ってみました。

 場所はVesterbro、中央駅からVesterbrogadeを通って15分くらい歩いたところです。お店の名前は「Kung Fu Izakaya Bar」。なぜカンフーなのか…またしても「混ぜられてる?勘違いされてる?!」と嫌な予感を抱きつつ、お店の中へ。
 店内は真ん中にカウンターがあるものの、他は普通のカフェのようにテーブル席があり、店内のTVではブルース=リーのカンフー映画が流れています。

 我々はカウンター席に座ったのですが、ここはひとつ日本の居酒屋のトラディションとして、カウンター内の店員さんに「とりあえず生で」と、デンマークでは珍しいキリン一番搾りの生を注文。
 そして渡されたメニューを見てみると、なんと居酒屋たるもの前述のようなメニューが並ぶべきであるはずなのに、「タイカレー」などと書いてあります。出た!混ざってる!他にもアジアのあちらこちらから集められたと思われる料理の名が並び、すっかり「…居酒屋?」と混乱した我々は、「居酒屋タパスセット」なるものを注文(このネーミングがすでにおかしい)。

 タパスセットは2名以上から注文できるのですが、串焼き4本(×2人前)、小さな小鉢に入った冷菜(豆、海藻、野菜を中心としたヘルシーなもの)が6品、小さなお刺身皿、ごはん(ジャスミン米)です。
 お味の方はというと、白味噌や胡麻ペーストなどをメインにした味付けで、日本ではあまり使わないような食材とも組み合わせてあったりでなかなか斬新。たとえば、レンズ豆とパセリの白味噌和えとか。日本でもこういう創作料理系居酒屋など私は好きで時々行っていましたが、ちょっとそれに近い感じ。
 ただちょっとほとんどが味噌ベースの味付けだったので、途中で飽きてきましたが…。でもなかなかお腹いっぱいになる量で、このタパスセット300krは、デンマークではなかなかお安い方かと。まあ居酒屋の値段ではありませんが、それはこの際置いといて…。

 このお店のコンセプトとしては、「日本の居酒屋のように、ちょっと飲みつつ小腹程度食べれるスタイルで、これからクラブへ行く前に、家へ帰る前に、一杯飲みつつちょろっと食べていけるバー」だそうで、まあ、いかにもデンマーク人がアジアを十把一絡げにしたような料理の内容ではありますが、飲む時はなーんにも食べずにひたすら飲み続ける(そして最後帰る頃にホットドッグを食べる)デンマークにおいて、飲みつつ食べれるバーができたというのは、いいことです。
 日本の居酒屋にはやはりほど遠いですが、でも創作アジア料理は一度食べてみる価値ありですよ!

帰省準備いろいろ

2007年10月16日 | わたくしごと
 9月があっという間に過ぎたと思ったら、急に年末の予定などささやかれる季節となり、病棟の掲示板にはJulefrokost(忘年会のようなもの)のお知らせまで貼ってあります。早!
 そんな感じなので、そろそろ私も年末帰省するためのチケットを予約しますかね、とシンガポールエアラインに電話したところ「クリスマス前後はすでに予約でうまっていますね~。27日ですとキャンセル待ちの方が30名ほどいらっしゃいます」とのこと。これまたみんな早!今年は夏がなかったせいか、年末を南国で過ごす人がさらに多いようで…。
 一応、今年の1月帰省した際に、いつものごとくシンガポール経由の1年オープンを買い、復路便も12月12日発で予約してあるので、いざとなればそれで帰れないこともないのですが、仕事が…ていうか勤務表作成者、完全に「日本人は仏教徒、香苗はクリスマスとか祝わないだろう」と思ったのでしょう、12月24、25、26日となんと日勤となっており(しかも他のクリスマスに勤務となっている人は、ムスリムの人とクリスマスに実家へ帰らない外人)、でた!デンマーク人め!という感じです。私クリスチャンだし、デン人の彼氏とその家族とクリスマスを祝う習慣がありますが?!
 とりあえずまだクリスマス後のキャンセル待ちの便が取れるか取れないかわからないし黙っておりますが、もしクリスマス後に帰るようでも、ちょっとせめて1日はクリスマス期間休ませてもらう予定です…。

 さて、そんな年末モードすでに全開の今日、じゃあ帰省した後デンマークに戻って来るための飛行機でもみてみますかね、とネットをみていると、「出発7日前予約、7日前購入、1年オープン、直行便SASでいくヨーロッパ」というのがあり、しかも77000円(ここに空港使用税などなど入る)。「出発7日前予約、7日前購入」しかもあのSASというところがかなり博打な感じですが、でも安いかも!
 3年前初めてデンマークに来た時以来、私はシンガポールエアラインで、東京~シンガポール(8時間)、待ち時間(5~12時間)、シンガポール~コペンハーゲン(14時間)の旅を毎回ぐったりしつつも続けていたわけですが、それもこれも1年オープンならシンガポール航空が安いから。でもここで直行便で行けるとは、しかもシンガポールの1年オープンより安いとは…。

 SASのメリットはというとなんといっても直行便ということなのですが、しかし最近の噂ではそれ以外に何もメリットがなし。食事=最悪(昔から決して良くはなかったが、最近は変なまずい弁当箱を配られるらしい)、飲み物サービス(私の中でかなりハイプライオリティー)=2杯目以降は料金がかかる、スチュワーデス=どすこい系の北欧姉ちゃん(サービス低)、荷物=20kgまで。しかもなんと言ってもオーバーブッキングやストライキでフライトをキャンセルされる可能性が高い。

 それに比べシンガポール航空は遠回りではあるけれど、お望みとあらばシンガポールで途中降機可能なので、シンガポールでショッピングやおいしいものを食べれるし、シンガポール人の友達マグの家にも遊びにいけます。ちょっとがんばればタイやマレーシアに遊びに行くことだって可。
 それになんてったってシンガポール航空といえばそのサービスに定評ありで、食事=おいしい!、飲み物サービス=言うこと無し(タイガービールやシンガポールスリングが飲める)、スチュワーデス=民族衣装のサロンケバヤを着た見目麗しい方々でサービスも良し、荷物=20kg、状況により25kgまで。以前はなんと30kgまでオッケーだった…。
 長旅ではあるけど、それを耐えられるだけのサービスはあるシンガポールエア、直行便だけどサービスは皆無のSAS、迷うところです。まあ値段が最終的にはものを言うのですが…。

 さて、話変わってその後のうちの母ですが。
 あの衝撃告知(母にとって)の電話以来、今日初めて再び電話で話してみたのですが、母なりに色々考えたようでずいぶんと前向きな言葉が聞かれるようになりました。
 まず、今まではヨナスについて話題が及ぶと話題をそらす、もしくはヨナスのことも「あんたの彼氏」とかしか呼んだことがなかったのですが、今日は「ヨナスは…」と珍しく彼を名前で呼び、「ところであんたたち何語で話してるの?あ、日本語なの?ふーん」と。ていうか母さん、すでに今まで100万回くらい我々の会話は日本語だとお伝えしたはずですが…まあいいけど…。ヨナスが日本に来るとなってようやく「どうやって会話したらいいんだ?」と疑問に思い始めたようです。
 そして私が12月中に帰ること、ヨナスは1月の最後2週間しか来ないこと、母と約束していた沖縄旅行には彼は来ないことを説明すると急に安心した声になり、ころっと素直に。どうやら母は、私と共にヨナスがやって来て、私がいる間中ずっと一緒についてまわり、実家にもずっと滞在すると思っていたようで、昔、兄のアメリカでのホストファミリーがうちに1週間ほど滞在したことがトラウマとなっている(?)母にとって、ヨナスが来ることは「娘さらいの白人来襲」という、黒船来襲並みにショッキングなことだったのでしょう…。
 が、なんとかその辺のことは今回の説明でやや安心したようで、安心したついでにほろほろと驚くべき言葉が。
「もしそっちであんたに何かあったらお母さん言葉もわからないし、遠くてどうしたらいいのかもわからない。もし何かあったらと思うとそれだけで死にそうに心配に不安になるのよ。でも色々考えたけど、そっちであんたのことをそばにいて守ってくれる人がいるっていうのは、それだけでもお母さんはよかったって安心しなきゃいけないんだなと思って。本当はそんな遠いところにいるのは嫌だけど、でもしょうがない、お母さんの代わりにあんたのそばにいてくれる人がいるんだから、我慢しなくちゃね」と。
 今までで初めてのこんなに素直な母の言葉で、本当に心から嬉しかったです。まだこれから私が外国に住むこと、外国人であるヨナスと結婚することについて色々と私も母も悩み、受け入れていくこともつらいかもしれないけど、でもとりあえず今回はこの3年以上のすれ違いの中で、一番大きな一歩でした。ヨナスにもこのことを伝えるととても嬉しそうだったし。

 そんなわけで、ちょっとまたさらに日本帰省が楽しみになったのでした。


スコットランド旅行記3~グラスゴーWest end地区~

2007年10月15日 | 旅の話
 さて、グラスゴー二日目。あやちゃんと一緒にいると、本当に喉が枯れるほど色々話すのですが、この日も朝起きてから小学校時代の思いで話などしつつ白熱し、昼近くになってようやく「じゃあそろそろ出掛けようか」と腰をあげ、この日はグラスゴーの西側、West endという地区へ行ってみることに。

 West endはコペンハーゲンでいうところのウスタポートという雰囲気のエリア。グラスゴー中心街よりもちょっとこぎれいな感じで、でもグラスゴー大学もあることから、若者が多い街でもあります。


デンマークにはない川も流れていたり。

 中心街から歩いてWest endへ向かいつつ、歴史のある建物の並ぶ街を眺めつつ、ふと気がついたことがひとつ。コペンハーゲンのような、街中にスプレーでの落書きがほっっとんどない。若者の街であろうと、パブの並ぶ繁華街であろうと、ちょっとやさくれたエリアであろうと、あの醜い落書きがないのです。
 コペンといえば、どんなエリアでもあのバカな落書きが目につき、特に私の住むノアブロなんて例のUngdomhusetの若者のせいで落書きのメッカ、汚れていない建物を見つける方が難しいほどです。
 アンデルセンやキルケゴールなど、デンマークの有名人が眠るノアブロの墓地の壁なんて、歴史ある古い壁なのにお構い無しに落書きの嵐。最近一部塗り替えられたばかりなのに、1日と持たずに再び落書き。本当に、あの落書きをするバカどもはロシアの監獄に送り込みたいくらい腹が立ちます(落書きをきれいに消すのも税金なんだよ!)。
 そんな落書きに毎日辟易としていたもので、スコットランド人の行儀の良さにやや感動すらおぼえました。(貧乏でスプレーを買えないのでは…という噂も…)

 さて、歩くこと30分ほど、West endへ入ってから「お腹空いたね!(歩きつつしゃべり疲れたので)」と、実はまだ私が試したことのなかった、英国といえば!なフィッシュ&チップスを食べよう!と昼間からアジア人の娘2人がパブ探し。
 みつけたパブは伝統的ながらも広くて開放感ある造り。学生達もおばさんたちもわいわいと真昼のビールを楽しんでいる明るい場所です。写真を撮らなかったのが残念なのですが、「これぞパブ文化の国!」なカウンターにずらりと並んだ生ビールの蛇口!(って言うのかな?)常時10種類はあるようです。
 ラベルをみつつ、「どれにしよう~~!」とわくわく、でもバーテンに「これってどういう種類のどういう味?」など聞いてはいけない。なんてたって相手はスコティッシュ。しかも訛りが恐ろしくきついグラスゴー人。親切に色々説明してくれるんですが、内容の60%を理解できればいい方です。

 今回、本当にあらゆるところでこのスコティッシュイングリッシュにやられまくったわけですが、私のようなはじめから英語が苦手な人間には、「あっはは~!全然わかんないや~!なに?ほにゃらら”ッツァ”って?(See you laterはlaterのterの”ッツァ”としか聞こえない。)」とあまりのわからなさに笑えてくるのですが、英語、スペイン語、デン語を使いこなし、英語で日々だんなと生活しているあやちゃんにとって、このスコティッシュがわからないというのが非常に屈辱的なようです。いや~、私はあやちゃんでさえわかんないんだったら私は無理無理!と完璧に開き直っているので楽でしたが。

 そんなわけで、バーテンに聞かずに頼んだ2杯目のビールは(昼から何杯飲んでるんだ!)、私のビール人生最悪の味に当たってしまいましたが(腐ってる?!すっぱい!)、初めて食べた本場のフィッシュ&チップスはなかなかおいしかったです。でも食べつつ、周りのお客さんを見渡しつつ、この国の肥満率22%に納得(デンマークは11%)。


 お腹も満足したところで、いよいよこのWest end地区最大の見所、グラスゴー大学へ。

 医療者ならみなさん必ず聞き覚えのある、意識障害の評価分類に使われる「グラスゴー・コーマ・スケール(GCS)」はここ、グラスゴー大学で発案されたものです。ウィキペディアによると、グラスゴー大学は1451年に創立された、英国で4番目に古い大学だそうで(1、オックスフォード、2、ケンブリッジ、3、セントアンドリューズ)、特に医学部はイギリスで最高位に評価されているという、名門大学です。


正門?West endを見下ろす丘の上に立っていて威厳あり。
 
 デンマークにはない、英国らしいゴシックな歴史のある建物で、そのずしーんと重みのある雰囲気と貫禄から、「やっぱ英国だね~」と妙に納得。ハリーポッターの世界です。「一年中雨の国スコットランド」らしい、実に鬱鬱とした雨模様が似合います。







 迷路のようなキャンパス内をぐるぐるとまわり、キャンパス内にあるお土産屋さん(?)で大学グッズを見ていると、スコットランドと言えばこれ!な、タータングッズに遭遇。しかもグラスゴー大学のカラーである黄色とブルーのタータン。ハリーポッターに出てくる、クラスごとの色分けされたマフラー?もあり、学部ごとにことなるカラーのマフラーもあります。ちょっと感動!医学部のマフラー欲しいかも!(学生じゃないけど)
 大学を出ておらず、しかも歴史も浅い、出来たばかりの看護学校卒業の私としては、こういう愛校精神のシンボル(大学Tシャツとか)には弱いです。日本のは別にだけど、海外の大学のシンボルってなんてかわいいんでしょう。私もグラスゴー大学であのマフラーをし、タータンの帽子をかぶってみたかった…。

 あまり意欲的に観光をしなかったものの、パブとフィッシュ&チップスを堪能し、お土産屋も堪能し、学生たちをうらやみ、おばけが出てもおかしくない歴史ある建物でゾクゾクし、グラスゴー2日目は終了。次回はこの手の歴史好きヨナスを連れて来ようと心に決めたのでした。

スコットランド旅行記2~ショッピング天国グラスゴー~

2007年10月15日 | 旅の話
 コペンでは色々ありましたが、ロンドンでも3時間ほど空港内で何するわけでもなくひたすら暇を持て余して疲れましたが、今度はコペンでのようなトラブルもなく飛行機にも乗ることができ、いざグラスゴーへ!

 ロンドン~グラスゴー間は、これまた格安航空会社Rianairを使用。格安飛行機に慣れていたつもりの私ですが、乗ってみてややびっくり。
 いくら短距離飛行とはいえ、シートが合皮の黒!そして折りたたみテーブルや頭上の手荷物入れなどはまぶしいほどの黄色(黄色と黒のコンビネーションは最も目につく色で、警戒を促すに持って来いらしい。でも飛行機内ではちょっと…)!非常時の案内は前の座席に貼られているので、ちょうど目の高さにあるそれを2時間の飛行中、ず~っと眺め、非常事態を空想して過ごすにもってこい。シートポケットはなく、雑誌はすべて貸し出し&使い回し。もちろん飲み物などのサービスはお金がかかるし、スチュワーデスはこれまたまぶしいほどのブルーと黄色のスーツ。すごいセンスだ!目がチカチカする!落ちつかねー!

 そんなこんなで無駄にアドレナリンを放出しながら2時間のフライトは終了し、グラスゴーはプレストウィック空港へ23時到着。
 空港には関税もなければパスポートを見せるところもなく、さすがイングランド(と、言ってはスコッツに怒られるんだけど)、国内線感覚です。空港に迎えに来てくれたあやちゃんとだんなハンスとも無事に出会い、グラスゴーの彼らのアパートへ。あらかじめ聞いてはいたものの、本当にグラスゴーの真ん中も真ん中に住んでいます。結局その日は遅かったので、翌日に備えてビールを一杯飲んで就寝。

 さて、1日目はさっそくグラスゴーの街並散策ということで、ショッピングストリートへ!


グラスゴー市庁舎


スコットランド名物?ストリートバグパイプミュージシャン。なぜかみんなすこぶる美男子で目の保養にもってこい。

 グラスゴーは(ガイドブックによると)イングランド最大のショッピングタウンなのだそうで、たしかに洋服屋をはじめとしたお店がた~くさん。いわゆる欧州系チェーン店が多いのですが、それにしても沢山のお店があって、ウィンドウショッピングだけでもかなり楽しめます。

 そんな中でも今回非常に感動したのが、「PRIMARK」という用品店。

 どでかい店内にとにかく沢山の品物があり、野暮ったいものも「誰がこんなの着るのよ?」なものまで様々。でもその膨大な量の洋服をかき分けていると、時々「あら、このデザインならベーシックでオッケーだわ」的なものが発掘されます。たとえば、シンプルなタートルネックやニットなどブランドが特定できないようなものなら全然オッケー。
 「そんなのZARAとかH&Mであるじゃん」というあなた、ちっがーう!値段が!値段が違うんです!今回私は柔らかくて温かい、素材も悪くないタートルセーターを買ったわけですが、なんと5ポンド(55dkkr、1300円弱)。ユニクロよりも安い!
 今回は他にもエスニックなチュニック(5ポンド)、膝下ストッキング5足組(1ポンド)、ヨナスにはパーカー(5ポンド)を購入。全部で5千円ほど。安い~!この店、回転も早いので毎週月曜日にいくと新商品が入荷していたりと目が離せません。アメリカ人の友人カロラ曰くアメリカにもあるそうなので、コペンにも早く来て欲しいです。

 その後、ショッピングにも疲れたよね~を言い訳に、スコットランドにて初のカフェビール!さんさんとした太陽の下の席で、私はおいし~いGrolsch(オランダ)のめずらしい白ビール(生)を、あやちゃんはチェコのバドワイザー(生)を。うーん、最高です。



 さて、あやちゃん家で夕食を済ませ、その後、彼らが1週間分の買い物をする時に利用するという郊外の特大スーパーマーケットへ。

 グレートブリテンには大まかに4つのスーパーマーケットチェーンがあるのですが、そのうち最も一般的かつ庶民的と思われるスーパーがTESCO(テスコ)。この日訪れたのはそのテスコの特大版「TESCO EXTRA」、あり得ない大きさのスーパーです。日本でもよく郊外の方へいくとそんなショッピングセンターありますが、でもこの「TESCO EXTRA」はその巨大なスペース全てがスーパーなのです。


車の大きさと比べて見てみると、そのでかさ(特に看板の)がすこしわかりますね。

 よくそんなに売るものがあるなーと、すっかりデンマークのしけたスーパーに慣れている私は感心もするのですが、入ってみるとTVから化粧品、食品、なんでも売ってるのですね。種類も豊富だけど在庫も豊富。すばらしい。BILKAの2倍くらい?
 私は海外旅行で一番好きなことが、スーパーマーケットへ行くことなのですが(超庶民的趣味)、イギリスのスーパーはひとつのものをとっても種類が本当に豊富なので、とっても楽しめます(例えばヨーグルト一つにもサイズから脂肪量フルーツの種類などなど20種類近くある)。パリやバルセロナのように見るからにおいしそう!なものは少ないですが、加工食品やドレッシングなど、日本のように興味を引かれるものが沢山あって、なんとなく懐かしい感じです。




広いスーパーを歩き回るのが大変な方には、こんなカートスクーターも貸し出し中。


誇り高きスコティッシュによる、スコティッシュのための朝ごはん。

 この日は結局「TESCO EXTRA」の他にもSaindsberysというオーガニック系食材の豊富なスーパーへも行き、そこのオリジナルビールFrench Lager(6本入り)を購入。このビール、さっぱりフルーティ(しかもオーガニック)ですっごくおいしいので、機会があったらみなさんお試しを。

 念願のスーパーでのお買い物も終了し、この日はほくほくであやちゃん家へ戻り、お風呂上がりに二人でまたしてもビールを飲んで就寝。
 やっぱりショッピングってたのし~!(超庶民的買い物だけど、いいんです!)ショッピング好きには貧乏な買い物も高価な買い物も両方できるグラスゴーおすすめです!


さぼり魔退治

2007年10月09日 | デンナースのお仕事
 仕事を再開し1週間が経ちましたが、1ヶ月半も休んでいたためいろいろ忘れちゃったんじゃないかとか心配していたものの、そこそこ働けているのでちょっと安心。

 がしかし、やはりスタッフはスタッフで当然ながら変わらないわけで、相変わらずむきーーー!!っとなることもしばしば。

 そんな中、先日の夜勤は当病棟きってのアホアシスタントのバーティルとだったのですが、復帰早々彼に怒鳴り散らす羽目に。

 まず、いくら夜勤だからって開始早々、ラウンドもせずにインターネットを始め1時間経過(なぜかネットオークションでインコを調べている)。その時点で私の怒りボルテージ60%に上昇。
 やっと仕事を始めたと思いきや、検査結果の用紙を更新された順にカルテに綴じていくのですが、このとき処分すべきふるい用紙の上に順番も考えずに綴じているし、綴じ方が汚い。それが終わったと思ったらまたインターネットをしようとしているので、デスク周りの掃除を命じると「オッケー」といって姿が見えなくなり、30分以上経っても帰って来ないのでどこにいるのかと探しにいくと、休憩室で電気を消してTVを見ている!!怒りボルテージ80%。
 
「何してるの?チェックリストに載ってる仕事は全部終わったの?」
「終わったよ」
絶対嘘だ!!!来た時からインターネットしてたし、片付けるものも片付けられていない!
「じゃあ私が頼んだ掃除は?」
「君がそこで仕事をしているからできないんじゃないか。君がカルテやファイルを広げて仕事できるように、掃除は待ってるんだよ」
「そんなの他の場所から始めればいいじゃん!私は一つの机しか使ってないんだし、掃除したいんだったら”ちょっとこっちに移って”とか言えばいいでしょう?」
「僕は君のために待ってたんだよ」
ぶっちーん!怒りボルテージ100%。

「だったら今やりなさいよ!私だったらいくらでもどいてやるわ!今日はベッドも空いてるし、緊急入院でいっきに3人とか受け入れることになるかもしれない。患者さんが急変するかもしれない。のんびりTVみて待ってるんじゃないわよ!片付けられるうちに片付けなさい!だいたい来た時からインターネット1時間もやってて、仕事を何だと思ってるの?ナースの方が仕事量が多いってのに、傍らでネットやられてすっごいムカつくんだよ!そんな暇あったら何か手伝えることがないかとか聞けよ!こっちばっかり忙しくてフェアじゃない、そう思わない?!あんたでもできる仕事なんていくらでもあるし、どんどん回してやるわよ!わかったらさっさと働け!」

「オーケーオーケー!他のナースは誰もそういうこと(他が仕事中にネットをするなとか)を教えてくれないからわからなかったんだよ、誰も僕が何したらいいか教えてくれないんだってば。わかったよ。今から掃除するよ」
はあああ?!おまえ何年ここで働いてるんだよ!ていうか何年生きてるんだ!

「じゃあ、聞け。なんでもわからなかったら聞けば?!」

 深夜の怒鳴り合いはこうして終わったわけですが、本当にこのバーティル、いかに勤務時間を楽に時間を潰して過ごすか、いかに手を抜くかしか考えておらず、例えば失禁してシーツまで汚れている患者さんの、形上オムツだけ取り替えて、患者さんはびっしょりのシーツとパジャマのまま、なんてことはざら。日勤でも受け持ち病室の患者はできるだけほったらかし、カーテンも開けず、ベッドも直さず、電気も付けずに昼近くまで放置。
 昨日も転院する患者さんの身支度を命じたのに(念を入れて3回も伝えた)、迎えの車が来てから慌てて支度を始める始末(この時もなにかあり得ない言い訳をしていたけど、無視)。
 ケアというのはその人のセンスや生活などよく出るわけですが、彼の場合本当に彼という人がよく現れています。自分をまともにケアできないんだろうから、人のケアなんてもっとできないわけです。ああ、患者さんがかわいそう。

 ちなみに彼、胃もたれしている私に向かって「香苗、そういう時は胃薬を飲むといいよ!胃薬がどこにあるかわかる?薬品庫に入って右側の、いい?右側の棚にあるから!」と、毎日その薬品庫で患者さんの薬を調合しているナースである私に、丁寧に説明してくれたり、座薬の入れ方を説明してくれたり、大変親切です。

 なんだか今月来月と、彼との夜勤がやたら多く気が重いのですが、とりあえず私と働く時はさぼらせないよう、びしばしいきたいと思います。

母へ報告

2007年10月04日 | わたくしごと
 なんだかんだでなかなかスコットランド旅行記が進みませんが。

 5月に婚約をしてから、母に報告する機会を逃しに逃し、というか実はそれを報告することでまた母が鬱になってしまうんじゃないかとか怖かったのですが、でももう少し待とうと引き延ばしているうちにもう秋だし、季節のせいかまた母が下降を始めちゃっていかんなと思い、今日電話でようやく報告したのでした。

 2年前に帰省して車で迎えに来てくれた母と再会し3秒で、「またデンマークへ戻るよ」と伝えたときほどではないものの、やはり電話口で絶句してしまい、しかも電話を強制終了されてしまいました…。ああ…。

 ヨナスとはもう3年も一緒に住んでいるわけだし、今後結婚する予定であることは知ってはいるであろうけれども、やっぱりきちんと伝えられるのはつらかったようです。かといって黙ってヨナスを1月に連れて行くわけにもいかないしねえ…。
 まあ、これからしばらくはこまめに電話しつつ、様子をうかがって行くしかありません。「近い将来孫に会えるよ~」などと甘い言葉で誘いつつ…。「抱けない、写真でしか会えないなら余計悲しいから嫌だ!」とか言われそうですが。

 親もある程度の年になってくると子供っぽくなるというか、親子の立場が逆転してくることもあるようですが、父親を兼任してきただけに、たぶん他の親に比べてもはるかに頑固で妙なところ子供っぽいうちの母。こうして離れているということは、すべての論争の原因でもあるけれど、でも離れているからこそ私も優しくできるところがあり(帰省して毎日顔を合わせていると必ずケンカになる)、母にはつらいだろうけど、時間をかけて納得できるようにしていくしかないのでしょう。
 そして自分が母親になったとき、私はきっと母にしてきたことを悔いるというか、申し訳なく悲しくなることもあるんでしょうね、きっと。

 まあ、そんなときのためにも、今はとりあえず母と向き合うことをめんどくさがらず、ヨナスと幸せになれるようがんばるまでです。