はちみつブンブンのブログ(伝統・東洋医学の部屋・鍼灸・漢方・養生・江戸時代の医学・貝原益軒・本居宣長・徒然草・兼好法師)

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江戸時代の外科手術(2)-腹を納る法- (修正版)

2015-06-10 06:09:55 | 江戸時代の医学

 今回はお腹を刀などで切られてしまい、はらわたが出てしまった時の手術です。紹介はしますが、真似はしないでくださいね。身近な人のお腹が裂けてしまったら、応急救護をして救急車を呼びましょう。

 「寛政婦人解剖図」

腹ヲ納ルコト先ツ、気付ヲ用テ入ルベシ。大麦ヲヨク煮テ其汁ニテ腹ヲ洗ヒテ、モシ腹ニ疵アラバ人油ヲ付テ糸ヲ以テヌイ、右ノ麦ノ煮タルアツキヲフクサモノニツツミ、二ツモ三ツモコシラヘテ腹ニヲシアテ、腹をアタタムナリ。アタタマレハ、腹ヤハラクナリ、チイサク成ナリ。冷レハコハバリ、大キニフトルナリ。



 お腹を入れるに先立って、患者さんを気付けさせます。それから大麦を使うのですが、これは煮汁とカスを両方使います。煮汁はお腹の洗浄に使いますが、この中にはカンジシンが含まれています。これは血圧を上げたり、呼吸や心拍数を抑制したりといった作用を持っています。また煮出した麦は熱いうちにフクサに包んでホットパック(カイロ)を作ります。こうしてお腹を温めると、傷口の筋肉が過剰に収縮した状態を緩和できます。一石二鳥ですね。

サテ生レテ十七日ノ内ノ赤子ノフンヲ、鳥ノ羽ニテヨク腹ニクルリトツケテ、柳ノヘラニテソロソロト押シ入ベシ。イラズバ、人ヲシテ童ノアヲノキネタルヲ膝ヘアゲルヤウニ、病人ノ左ノ方ヨリ片手ハクビボンノクボヘ入レ、片手ハ足ノヒツカガミニサシ入レテ、ソロソロヲコサセテヘラニテ押入ルベシ。入レテ両ノ疵ノ口ニ人油ヲ引テヌウナリ。人油ヲ引トキシヅクモ内ハヲチヌヤウニ引ベキナリ。

 前回の「頭脳を納る法」でも出てきた赤子のフン、これは生後17日以内のものを使います。赤ちゃんのウンチは、生まれてからの日数とともに質が変ってきます。だんだんと臭いが強くなり、清潔でなくなってくるのです。なので外科医は、どの家にいつ生まれた赤ん坊がいるか、常に調べておく必要があったでしょうね。
 鳥ノ羽は、柔らかくて人体に与える刺激が少なく、フンをまんべんなく塗るために使います。これも清潔なものが良いですね。
 柳ノヘラはしなりがあり柔らかく、またサリチル酸を含んでいるので、痛みや炎症に少しは良いかもしれません。でもこれを使う最も重要な理由は、後に記されています。
 赤ちゃんのオムツを換える時の姿勢にするとお腹が緩み、はらわたを入れやすくなります。

サテ疵ノ大小ニヨリ、イク処ナリトモヌイテ、天利ヲモメンニ付テタマゴニヒタシ、上ニ付テ其上ニ青膏ヲ紙ニ付テ上ニ貼ヲクナリ。毎日天利青膏ヲ替テ療治スベキナリ。

 天利青膏は前回も出てきましたね。

多クハ入リ残リタル腹有ベシ。其レハ巴豆ヲ皮ヲ去リテ油ヲトリ、右ノ糸三筋バカリ一ツニ合セ、其糸ニ巴豆ノ油ヲヨク付テ腹ノ入リノコリタルキハヲ三ツ四ツマトヒテ、シツカリトムスビテ、糸サキヲキリテ、上ニ青膏ヲ付テヲクナリ。

 巴豆ノ油は歴史の長い毒薬です。主に下剤として使われてきましたが、とても毒性が強いので、現代ではほとんど使われることはありません。ありとあらゆる生物に毒性を示します。皮膚につくと強い灼熱感や炎症をひき起こし、水疱になることもあります。また白血球を増加させるというデータもあります。それを、お腹に入りきらなかった肉を縛るための糸に塗るのです。

亦色々ニ入レテモ、腹大キニフトリ、コハバリテ入リガタクバ、ヘラニテ腹ノ痛マヌヤウニ、ワキヘヲシヨセ、切カタナニテ腹ヲ五分バカリキリヒロゲ入ルベシ。

 なかなか腸がお腹に収まらない場合は、メスで傷口を切り広げて入れる場合があります。

先ツ萆麻子ヲツブシ、ソクイノヤウニヲシテ、アツアツトカミニ付テ、疵ノトヲリノウシロニ、大キサ四寸四分バカリニシテ付テヲキ、腹モ入テ療治シ、マイタラハ背ノ付薬ハトルベシ。

 萆麻子はひまし油のひましです。少し毒がありますが、排膿や抜毒、止痛や患部の腐敗防止の効果などがあります。
 ソクイというのは続飯のことで、ご飯粒をつぶして練って作った糊のことです。

又モヤシ麦ヲ細末ニシテ腹入時ヒネリ懸ルハ一段トヨシ。入レサマニ内ヘ磁石滑石等分ニシテ細末ニシテウス茶一プクバカリ湯ニテ用ユ。其跡ニテモ日ノ内二三度用ヨ。

 モヤシ麦とは食べ物ではなく、燃やし麦のことで、炭化した麦です。炭は毒物の吸着に優れていて、内服薬としても用いられます。現代でも尿毒症の時によく服用します。
 磁石滑石はどちらも薬です。磁石は、ここでは磁鉄鉱のことではなく、おそらく朱砂をさしています。朱砂は水銀鉱物で化膿に使われていました。今ではほとんど見かけなくなった赤チンも水銀です。でも有機水銀ではないので中毒の心配はありません。
 滑石は加水ハロサイトのことです。現代の漢方薬にもよく使われていますが、浸出の多い皮膚炎などに外用薬としても使われていました。

其後ハ内薬ハ補気調血飲ヲ用ユルナリ。

 補気調血飲とは煎じ薬のことで、「諸々ノ金瘡尤モ反張アル者、治之如神」と言われていました。配合は当帰、川芎、生地黄、人参、白芍薬、白茯苓、白芷、沢瀉、蒲黄(生)、紫檀、枳殻、沈香、大黄(半生半炮)、肝木(葉クキトモニ日ニホシ各等分)、甘草(少)などですが、症状により他の生薬を加えます。詳しくは割愛します。

大事ノ者ナリ。不功者ナレバ見アヤマリ死スルナリ。脉ヲタシカニシテ、問薬ヲ用ヒ、能タメシテ療治スベシ。若シ死レハ、ヘタニテ療治シコロシタルト人ニイワルルナリ。様子ヲヨク見テコトハツテスベシ。

 お腹を切られて、はらわたが出ている患者さんは命を落とす危険がある大事ノ者である、ということです。程度の低い医師だと見誤り、患者さんは死んでしまいます。慎重に慎重を重ねて治療しなければなりません。治療した後に患者さんが死んでしまうと、「ヘタニテ療治シ、コロシタル」と言われてしまうからです。診断とインフォームドコンセント(説明と同意)の重要性を、医師の立場から説いています。
 問薬というのは、薬を飲ませて患者さんの生死を試定する診断法のことです。小児の臍帯を刻んで煎じて用います。これを服用させ三度吐くと、必ず死ぬと言われていました。また陰干ししたイノシリ草や虎の肉を使う方法もあります。残念ながら、この診断法の仕組みや精度は不明です。

偖又、始終腹ヲ指ニテイロフベカラズ。毒ナリ。ヘラニテイロフベシ。モシワタニモキズアラバ、ソレモヌウテ青膏ヲツケズニ入テウヘヲヌウベシ。

 イロフとは弄ふのこと。始終、お腹を指で触ってはいけない、それは毒になると言っています。面白いですね。院内感染予防の父と呼ばれるゼンメルワイスが、産褥熱の研究から院内感染の原因が医師の汚染された手である、と主張したのは19世紀中頃のことです。それより半世紀以上前、江戸時代にそのような思想があったのですからね。柳のヘラで処置する理由は感染の予防のためなのです。

つづく

(ムガク)

(これは2010-09-14から2010-09-28までのブログの修正版です。文字化けなどまだおかしな箇所がありましたらお教えください)



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