初めて上京し、ポカンと口を開けて東京タワーを見上げ続けて首が痛くなったオレは、腹が空いたので目の前にあった食堂に飛び込んだ。
古びてこじんまりした店内には何人かの客がおり、皆、一様に首を回したり肩を叩いたりしている。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」
四人がけのテーブルに着くなり、ウェイトレスが水を運んできた。座ったばかりでうろうろしていると、テーブルに置かれたメニューが目に入る。
カレーライス、ハヤシライス、オニオンスライス……。
オレは迷わずオニオンスライスを注文した。その瞬間、厨房の方で「クッ」と、笑うような声が聞こえ、白いコック帽をかぶったオヤジが黒板に「正」の字を書くのが見えた。
ややあって、皿に盛られた野菜の薄切りと一緒に、ナイフ、フォークが運ばれてきたが、肝心のライスがいつまで待ってもこない。
皿に盛られた野菜の薄切りをためつすがめつした後、思い切ってナイフとフォークを使って食べてみた。玉葱の味がする。
ピリツンとしたその刺激にケツを押され、
「ライスはまだですか?」
と、厨房のオヤジに催促した。
「フッ、お客さんの目の前にあるのが、オニオン・スライスっていうやつでございまさぁ」
こちらに向き直ったオヤジは、へらへら笑いでタバコに火をつけながら答えた。
「玉葱は英語でオニオン、薄切りはスライス。田舎の飯屋さんには、そういったメニューはございませんかねぇ?」
その言葉で頭に血が上ったオレは、首が痛いのも忘れて厨房に殴りこんだ。
「おいオヤジ、オレが田舎もんや思て、なめとったら承知せえへんど、お、こらぁ!」
オヤジのむなぐらをつかんで凄んで見せたが、慣れているのか、相変わらずへらへら笑っている。オレは続けた。
「お前のさっき書いた『正』の字、あれは田舎もんがオニオンスライスを注文した数やろ、ちゃうけ!」
「えっへっへ、さようでございます。うちの人気メニューでございますが、お客さんのように『ライスはまだか?』とおっしゃる方も、たまにおられますなぁ、えっへっへ」
「ライスやないのになんで、カレーライス、ハヤシライス、オニオンスライスときてチキンライスに続くんや。何でわざわざ間にはさんで書いとるんや、このメニューは!」
グウの音も出ないように詰め寄ったはずだったが、オヤジは、
「ええ、東京じゃ、カレーライスやハヤシライスのお供に、オニオンスライスをご注文いただきますもんでねぇ」
と、たばこの煙をオレの顔に吐きかけた。
ゆ、許さん!
オレは怒りに震える手で、無造作に転がされてあった包丁を握った。
「な、何のマネでぃ!」
オヤジは声を上げ、青ざめて後ずさりした。
それを見てオレは玉葱をまな板に置き、目にも止まらぬ速さでスライスしていった。
「氷水、ボウルに用意せぇ!」
檄を飛ばすと、オヤジは慌ててボウルに氷水を用意し、オレはそこにスライスした玉葱を放り込んだ。
続いて、玉葱を晒している間にドレッシングをこしらえる。
〝富士山頂の水〟に、バルサミコ酢、ナツメッグ、クミン、ペッパー、バジル、〝チョモランマの塩〟を入れ、グレープシードオイルを垂らしてかき混ぜる。
あらかじめ火にかけておいた鍋のだし汁が沸き上がってきたので、みりんを加え火を落としてから〝いにしえ造りの醤油〟を注した。
「丼に、飯ぃ盛れや!」
オヤジが盛った丼飯に熱々のつゆを回しかけ、その上にドレッシングにくぐらせたスライス玉葱を載せて削り節を散らし、三つ葉を添えて完成した。
「これが正真正銘の〝オニオン酢ライス〟ちゅうもんじゃい、どや!」
オヤジの目の前に出来たての丼を叩きつけるように置いて腕を組み、オレの足元にオヤジがひれ伏すのを待った。
「えっへっへっへ~、お客さん。そういうのを、うちじゃあ……」
ところがオヤジはひれ伏すどころか、ますます尊大な態度でメニューを手にしたかと思うと、裏表をひっくり返してオレに突きつけ、その一点を指差しながらこういった。
「そういうのを、うちじゃあ〝オニオン酢どんぶり〟って、呼んでございまさぁね。アッハッハッハ~、アッハッハッハ~、アッハッハッハ~、アッハッハッハ~、アッハッハッハ~」
古びてこじんまりした店内には何人かの客がおり、皆、一様に首を回したり肩を叩いたりしている。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」
四人がけのテーブルに着くなり、ウェイトレスが水を運んできた。座ったばかりでうろうろしていると、テーブルに置かれたメニューが目に入る。
カレーライス、ハヤシライス、オニオンスライス……。
オレは迷わずオニオンスライスを注文した。その瞬間、厨房の方で「クッ」と、笑うような声が聞こえ、白いコック帽をかぶったオヤジが黒板に「正」の字を書くのが見えた。
ややあって、皿に盛られた野菜の薄切りと一緒に、ナイフ、フォークが運ばれてきたが、肝心のライスがいつまで待ってもこない。
皿に盛られた野菜の薄切りをためつすがめつした後、思い切ってナイフとフォークを使って食べてみた。玉葱の味がする。
ピリツンとしたその刺激にケツを押され、
「ライスはまだですか?」
と、厨房のオヤジに催促した。
「フッ、お客さんの目の前にあるのが、オニオン・スライスっていうやつでございまさぁ」
こちらに向き直ったオヤジは、へらへら笑いでタバコに火をつけながら答えた。
「玉葱は英語でオニオン、薄切りはスライス。田舎の飯屋さんには、そういったメニューはございませんかねぇ?」
その言葉で頭に血が上ったオレは、首が痛いのも忘れて厨房に殴りこんだ。
「おいオヤジ、オレが田舎もんや思て、なめとったら承知せえへんど、お、こらぁ!」
オヤジのむなぐらをつかんで凄んで見せたが、慣れているのか、相変わらずへらへら笑っている。オレは続けた。
「お前のさっき書いた『正』の字、あれは田舎もんがオニオンスライスを注文した数やろ、ちゃうけ!」
「えっへっへ、さようでございます。うちの人気メニューでございますが、お客さんのように『ライスはまだか?』とおっしゃる方も、たまにおられますなぁ、えっへっへ」
「ライスやないのになんで、カレーライス、ハヤシライス、オニオンスライスときてチキンライスに続くんや。何でわざわざ間にはさんで書いとるんや、このメニューは!」
グウの音も出ないように詰め寄ったはずだったが、オヤジは、
「ええ、東京じゃ、カレーライスやハヤシライスのお供に、オニオンスライスをご注文いただきますもんでねぇ」
と、たばこの煙をオレの顔に吐きかけた。
ゆ、許さん!
オレは怒りに震える手で、無造作に転がされてあった包丁を握った。
「な、何のマネでぃ!」
オヤジは声を上げ、青ざめて後ずさりした。
それを見てオレは玉葱をまな板に置き、目にも止まらぬ速さでスライスしていった。
「氷水、ボウルに用意せぇ!」
檄を飛ばすと、オヤジは慌ててボウルに氷水を用意し、オレはそこにスライスした玉葱を放り込んだ。
続いて、玉葱を晒している間にドレッシングをこしらえる。
〝富士山頂の水〟に、バルサミコ酢、ナツメッグ、クミン、ペッパー、バジル、〝チョモランマの塩〟を入れ、グレープシードオイルを垂らしてかき混ぜる。
あらかじめ火にかけておいた鍋のだし汁が沸き上がってきたので、みりんを加え火を落としてから〝いにしえ造りの醤油〟を注した。
「丼に、飯ぃ盛れや!」
オヤジが盛った丼飯に熱々のつゆを回しかけ、その上にドレッシングにくぐらせたスライス玉葱を載せて削り節を散らし、三つ葉を添えて完成した。
「これが正真正銘の〝オニオン酢ライス〟ちゅうもんじゃい、どや!」
オヤジの目の前に出来たての丼を叩きつけるように置いて腕を組み、オレの足元にオヤジがひれ伏すのを待った。
「えっへっへっへ~、お客さん。そういうのを、うちじゃあ……」
ところがオヤジはひれ伏すどころか、ますます尊大な態度でメニューを手にしたかと思うと、裏表をひっくり返してオレに突きつけ、その一点を指差しながらこういった。
「そういうのを、うちじゃあ〝オニオン酢どんぶり〟って、呼んでございまさぁね。アッハッハッハ~、アッハッハッハ~、アッハッハッハ~、アッハッハッハ~、アッハッハッハ~」
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