by堀江貴文
そういうところはあったと思う。
ただ机に向かうということだけでなく。
机に向かう習慣をつくること
机に向かう目的、目標を定めること
そのために何を、いつまでに、どれくらいやるかを決めること
自分が、自分とかわした約束に従って実行すること
計画通りに進んでいるか確認して、必要に応じて修正すること
結果をふりかえり、現状から目を背けないこと
できなかった原因を認識して、改善策を考えること
諦めずに前を向くこと
そういう一連のことが意識しなくてもできるようになる。
それが学習習慣の効用だと思う。
しかし、大人は、勉強の成果を
プロセスではなく、結果で判断する。
勉強で大人を説得できるのは、結果を出した人だけだ。
翻って、大人になったらどうか?
やはり、仕事で大人を説得できるのは、結果を出した人だけではないか?
ただし、答えが決まっているペーパーテストと違って
仕事の結果は時として曖昧だ。
データの見方、指標の置き方、評価する人の思考や志向により
結果の受け止められ方は違うから。
公平な評価なんて存在しない。
この不条理の中でも諦めずに前を向くことができる人だけが生き残る。
そういうところはあったと思う。
ただ机に向かうということだけでなく。
机に向かう習慣をつくること
机に向かう目的、目標を定めること
そのために何を、いつまでに、どれくらいやるかを決めること
自分が、自分とかわした約束に従って実行すること
計画通りに進んでいるか確認して、必要に応じて修正すること
結果をふりかえり、現状から目を背けないこと
できなかった原因を認識して、改善策を考えること
諦めずに前を向くこと
そういう一連のことが意識しなくてもできるようになる。
それが学習習慣の効用だと思う。
しかし、大人は、勉強の成果を
プロセスではなく、結果で判断する。
勉強で大人を説得できるのは、結果を出した人だけだ。
翻って、大人になったらどうか?
やはり、仕事で大人を説得できるのは、結果を出した人だけではないか?
ただし、答えが決まっているペーパーテストと違って
仕事の結果は時として曖昧だ。
データの見方、指標の置き方、評価する人の思考や志向により
結果の受け止められ方は違うから。
公平な評価なんて存在しない。
この不条理の中でも諦めずに前を向くことができる人だけが生き残る。