65歳を過ぎてこれまでよりもこれからの時間が少ないことを気にするようになりました。
どんな死に方をするのか自分で選択できるのか考えてみました。
仏陀は
一切皆苦、諸行無常、諸法無我の真理を理解すれは輪廻からのがれ現世に戻ることなく涅槃寂静の世界にある。と言っていますが
悟りの中で死を迎えるのか、未練の中で死を迎えるのかわかりません。
安楽死、積極的安楽死を認めている国は4アメリカの州2です。
・スイス- 1942年
・アメリカ(オレゴン州) - 1994年「尊厳死法 (Death with Dignity Act)」成立
・オランダ- 2001年「安楽死法」可決。
・ベルギー- 2002年「安楽死法」可決。
・フランス- 2005年「尊厳死法」可決。
・アメリカ(ワシントン州)-2009年
オレゴン州の成立とオランダ、ベルギー、フランスの可決とスイスとワシントン州の記載がないこの差は何なのか理解していません。
それぞれの国で運用は違っています。
積極的安楽死は薬などで死期を早める安楽死。消極的安楽死は延命治療を控えて死に至らしめる安楽死。
ドイツのアドルフヒットラーは
ホロコーストで恩寵の死(安楽死)の名で障害者を殺戮しています。
日本においては安楽死は法的に認めておらず、刑法上殺人罪の対象となる。1962年(昭和37年)の名古屋高裁の裁判例により、
以下の6つの要件を満たさない場合は違法行為となるとされている(違法性阻却条件)。
1.死期が切迫していること
2.耐え難い肉体的苦痛が存在すること
3.苦痛の除去・緩和が目的であること
4.患者が意思表示していること
5.医師が行うこと
6.倫理的妥当な方法で行われること
4月18日の朝日新聞、世界の老後の記事の中でオランダの事が紹介されている。
年老いて、持病はないが耳が遠くなり、視力も衰えて家中手探りで暮らすようになり
「非常に苦痛を感じる。この人生はもう完了した。この先治る見込みもない」
と、安楽死を望むが、耳や目が悪くなったという理由だけで安楽死を認めてもよいのかと意見が、家庭医が引き受ける。
最後の3日間を子供たちと過ごし、それぞれに遺品をわたし、見守られながら死を迎えます。
刑務所収監者の安楽死(プライバシー保護の為に情報非開示)、臓器が全て臓器移植に使用されたり、鬱病や精神薄弱者への安易な自殺幇助など
考えさせられることもある。
協会に行く人が減る中
「命は神から授かったものという意識は薄れ、全てのことに自分で選べる選択肢があるべきだ。」という考え方が強まっている。
一方で
「よい緩和ケア、生活の質の徹底的に改善してから安楽死の議論」の考え方もある。
私は体の衰えが苦痛になったら、自分の意志で死を決意できる心を持つうちに死にたい。
自ら選んだ安楽死、生命保険は出るとかいな