二人のピアニストに思う

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歴史認識(2)

2005-07-18 17:42:06 | 独り言
1980年ごろだったと思う。 日本と米国が戦争をしたのを、大学生の娘が知らぬのに吃驚した父親が余りに大袈裟に驚いたのを見て、心配になった娘が翌日大学に行って同級生に訊いて回った。
『知っている人も居たが、知らない人も居た。 私一人が特別な無知ではないことが判って、安心した』
という話が新聞に載っていた。

が、それから四半世紀過ぎた2005年の現在、太平洋戦争(日米が闘った事)を知らない日本人が38%
 「05/6/28朝日新聞」
だというから、遠からず、それを知っている方が少数派で、変人扱いになる。


以上は、前回の「歴史認識(1)」を見た佐久間先輩に注意されたことである。
私が戦後世代の発言を批判がましく書いたのを見た佐久間氏が、
「次の世代は、戦争が有ったか無かったかを、主観の問題だ、と云うようになるよ」、と窘めてくれたのだった。
 (池田晶子)氏は戦争の有った事を知っているだけマシではないか、と言われた。


その時、実は私は「歴史認識(2)」の草稿を殆ど書き上げていた。

佐久間先輩のブログ、出逢いの問題 (8)終章(続):O君の評価、にある話の

●山本周五郎の「樅の木は残った」の話。伊達騒動の悪の張本人とされて来た
原田甲斐が、実は大忠臣で、金も要らぬ、地位も要らぬ、名も要らぬ、「歴史に悪名を残しても」程度でなく、仕事の出来栄えが立派であればあるほど、その汚名が確定する役回りを引き受ける凄さ。「樅の木」の主題。
●司馬遼太郎の慎重さを以ってしても、尚且つ
乃木将軍の評価 を誤って、軍人として無能であったとした。 実は乃木は、当時としては世界でも例外的な名将であったことが、1905年になって旧ソ連の資料で初めて明らかになった。その様な事実が有ったのに彼は生存中は一切批判への釈明をしなかった話。
●徳川時代最悪の悪徳政治家との定評ある
田沼意次は、実は逆に極めて優れた政治家であったが、それが何故現在に伝えられるような評価を受けるに至ったかの解説。(大石慎三郎の著書:1992/2)
   等に少し補足をした文章を書いていた。

この様な事例を見てくると、有名な人物でも、歴史家の評価でも、人間の値踏みは難しい。
特に、乃木希典、原田甲斐のように、人を相手とせず、神仏の前で愧じない人生を歩むことだけを志した人間の評価、業績の判定、は人間には出来ないことだろう。
そして同時に世間で語られる人物評価は、自分の眼で確認しない内は私は信じないことにしたい。


ということを書いていた。
ここまで書いてきた処で、冒頭の佐久間先輩の注意を受けて、気が付いた。


伊達騒動、原田甲斐、乃木大将、などと言っても現代の若者は勿論、そのもう一つ上の世代でも知らないのではないか。
それらを引き合いに出しても、話の筋を理解して貰う事は出来ないのでないかと考えて、

上の佐久間氏の文章への補足を公開することを止めた。


それならば、前置きを省いて、直接に目的地に着陸しようと思う。

実は、佐久間先輩が書いた、「デノミの勧め・2」大学と大学教授、の中にある「大学名誉教授の話」である。

これもY君に聞いた話だから、佐久間先輩の記事と出所は同一である。
但し先輩と違って、私にはY君は遠慮の無い話を聞かせてくれるので、知り得た話である。

確かにY君の大学で名誉教授称号を業績の無い人物に安売りするのは褒めた話では無いにしても、大して問題で無い。
しかし、業績のある人物を除外した上でそれが行なわれているならば、それは滅茶苦茶である。


★大学紛争の最中にゲバ学生に突上げられて、Y君の大学のM学長は教授会構成員に学生を加えようとした。
それを決める教授会で、殆ど全ての教授が沈黙して決まりそうになった時に反対の発言をして、その決定を阻止したのは、本来教授会では発言権の無い庶務課長O氏と、O教授であった。
その直後にM学長は辞職し、O教授が学長代行になって学内に機動隊を導入し紛争を収めた。
当時、同様な状況で教授会規則を改定して構成員に学生を加えた国立大学が幾つか有ったが、紛争のシーズンが過ぎると文部省に苛められて予算その他で大層な不利益を蒙り、その回復に大変な時間と労力を要した。


Y君の大学がその後有利な歩み方を出来たのは、あの時に教授会規則改定を阻止した庶務課長O氏と、O教授の功績であった。


★しかし大学教授共には、学内に機動隊導入をした事実は誠に不人気であった。
その他にどの様な手立てが有ったかの話は抜きにして、「機動隊導入」は許し難い事
であった。
紛争が収まると学長代行から空席の学長に昇格しても不思議のなかったO教授はそうはならなかった。  それだけでなく、


Y君の大学で最大の危機の時に会議で沈黙を守った教授達に安売りするようになった名誉教授称号を、O教授には贈っていない。


実は、私が「歴史認識」の記事を書いて世間で語られる歴史評価、人物評価というものがあやふやである事を言おうと考えたのは、
佐久間先輩が書いた「デノミの勧め・2」に絡んでのこの名誉教授の話と、
「出逢い7,8」のO君の話を見てのことであった。


しかし、考えてみると、今の若い人は、「昔、大学紛争というものがあった」、のは知らぬ人が増えているだろうし、銀行の業務形態が今と昔でその様な差の有った事等知らないだろうから、何処まで理解して頂けるかは期待を待たない方が良いだろう。

ただ私の見た真実を書き残しておく事が、意味があると信じている。
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7 コメント

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Unknown (mmmm)
2005-07-19 17:30:16
納得の内容です。歴史に埋もれた立派な人の方が多いのでしょう。ここで書かれた例は私の世代では良く分かる話です。

「太平洋戦争を知らない日本人が38%」残りは知っていると言うことですね。今の若者を一色で見ない方が良いと思います。例えすぐには分からなくても理解しようとする人が多く出てくると思います。

例えばネットに1970年代の音楽を詳しく書いているサイトがあったり、太平洋戦争の記録を熱心に書いているサイトがあったりしますが結構若い人がやっていますね。 

「ただ私の見た真実を書き残しておく事が意味があると信じている。」仰るとおりだと思います。

一つ指摘させてください。乃木将軍ですが「乃木希典」だったと思います。私は坂の上の雲を読んだだけですが、名将(戦略に優れた将ではなく統率力と言う意味で)だと思っていました。
mmmm様にお礼 (二人のピアニスト)
2005-07-19 23:13:30
明治、大正、から戦前、戦中の日本人の大部分が、そして勿論私も、心から敬愛していた乃木大将の名前を迂闊に間違えていたのを指摘、訂正の機会を作って戴いた事をお礼申上げます。

実は、日本の誇る電子技術の大先達、岡部金冶郎先生のお名前を迂闊に岡部金次郎にしてしまって、ご子息の岡部教授にご注意を受けたのに、数年後またぞろやってしまい、再度のお叱りを頂いたことが有ります。キーボード入力は怖いですね。岡部先生の時は、お寺さんが同じ間違いをして墓石の作り直しをしたことまで有るからとの、奇妙な理由で、お叱りを軽減して頂きましたが、人名は注意しないと。

話を戻して、人間的にあれ程尊敬されていた乃木大将だが軍事技術面では評価が低かったのが、実は評価する側が間違っていた事が、今年になって明らかになったんは本当に嬉しいですね。
Unknown (mmmm)
2005-07-20 01:22:49
すいません。今年になって明らかになった事を知りませんでした。どこで分かるのか教えてください。
Unknown (二人のピアニスト)
2005-07-20 05:52:19
NHK・TVに「その時、歴史が動いた」という番組があって、今年の4月頃(不確実で済みません)に、この話題を報じたのを見て、私も知ったのでした。

メモを取るでもなく、見流してしまったので、良く憶えていなくて申訳ありません。

日露戦争当時の旅順市内のロシア軍側の記録写真が今回発見されて、乃木大将の考えていた戦略が正しかった事が分ったが、歴史的には日本軍最高指導部の方針で、乃木司令官の意向が捻じ曲げられて、あの悲惨な結果を招いた、という話だったと記憶しています。
Unknown (mmmm)
2005-07-20 13:05:28
有難うございました。

NHKのHP http://www.nhk.or.jp/sonotoki/2004_06.html#02

に紹介がありました。内容が記載されていないのが残念です。
よくぞ此処まで (Aips)
2005-07-22 21:27:20
今年も8月15日が近づいて来たが、歴史認識は主観でとか客観的事実としては存在しないなどと臆面もなくいう若者がいると聞いて愕然とすると共に、国家の為に一命を捨てた人が聞いたら何と言うだろうかと思うと、無性に腹が立つ。私の兄は兵隊として徐州作戦(と言っても判らない者が多いと思うが)に参加して矢玉の下を潜ってきたが、「戦争はいけねーや」と言う言葉には実感がこもる。其れは戦争と言うものを体験した者の偽らない心境と思う。戦争と言う事実を事実として捉える事が出来ない者に何が判ると言いたい。

二人のピアニストさんも佐久間象川さんも恐らく、私とは年齢的に近い方だろうと思うが、それだけにお互いに正しい事を正しく語り継いで行く役割を痛感する。そんな時にこの一連の論説を読んで、よくぞ此処まで書いて下さったと感謝する。

具体的なデータを挙げ、深耕し分析した、歴史認識、日本海海戦、出会いの問題等、一連の論説には私が言いたい事を言い尽くして頂いたという思いが在る。

偶々五味川純平さんの娘さんの事を伺って戦後始めてとも言える戦争をテーマに取り上げた作品を思い出した。主人公の梶上等兵は何も変っていないのに戦時中は左翼と言われて虐げられ、戦後は右翼と言われて迫害された筋書きは現在の社会にも歴然として存在している事を見極めなくてはならない。余談ながら象牙の塔と言われる中味にも当事者以外には判りにくいご意見を伺って参考になった。
Alpsさんにコメントお礼 (二人のピアニスト)
2005-07-28 05:43:34
温泉などに出掛ける習慣の無い私が初めて、近所の友人数家族と一緒に塩原温泉に行って来ました。alps様の兄上様(或いは、もう少し下)の年代のご老人と湯船の中でゆっくりと話すと、この人達の平和願望は本物だなあ、と感じます。

コメント頂いた「若者の歴史認識」として私が引用したものは池田晶子という(哲学者だという)人物が週間新潮に連載しているコラムから丸写しした文章であって、変に歪ませて引用したものでもなく、また特別に不出来な若者の発言でもありません。Alps様が(私同様に)愕然とされたというので、出典を明示して置きます。

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