小林恵のNY通信

NY在住47年、2011年より東京谷中に居住。創造力をのばすためのエッセンス、スパイスをいれた私の暮らしの手帖です。

貴女が主役。自分でやらなければ何も起こらない。伝統を破る勇気。

2016-03-21 17:13:57 | フックド・ラグ

 リンダ フリードマン シュミツ の挑戦

アメリカン フォークアートの代表的なものにキルトとフックド・ラグがある。
幾何学模様は知的な作業で永遠に新しい可能性を発見できる面白さがあり、
ラグのデザイン表現は材料に制限がなくチャレンジしたい人には最適な媒体である。

リンダはフックド・ラグは常識として100%ウールと思っていた人たちの度肝を抜いた。
捨てられた科学繊維をストライプに切ってかつて誰もやったことがないことで、社会的発言、
人種差別、偏見、政治的、宗教的、性的なものなど社会的リアクションを気にして
避けている
社会にラグで抗議した最初の人だと思う。
       

      NYフォークアート美術館のラグレクチャーのあとで。私の後ろがリンダ         
 
リンダはナチ収容所のトラウマを持つ両親の子供でアメリカで生まれた。彼女もまたアメリカ社会の偏見に悩み、
上等のキャンバスに描かれた絵画のみがアート年て認める社会の矛盾に抗議を続けている。 
    

     
  
ベビーカートにのっている父親。泣き叫ぶ子供。慟哭する人間の悩みなどフック。国連は2013年いかなるアーチストも表現は
自由であると表明しても一般の認識度は開かれているわけではない。リンダはまじめに自己批判と反骨精神をもって、人間
の苦悩を雄弁に表現し続けている才媛のラグ作家である。
テーマをストライプで表現する日米展を企画し日米で展示。日本では銀座ミキモトで開催した「暮らしの詩 日米フックド・ラグ展Ⅲ2009年」
にリンダも参加。
精神的にトラウマのある父親がストライプのシャツを着て乳母車にのっている戦争の悲劇を表現している。

「暮らしの色鮮やか」 の朝日新聞の記事参照。ナチ収容所が開放されアメリカ軍がドアを開けた時、今まで生き残った人たちが
解放されたドアの前で何人も死んだという。
父親がナチ収容所を出たときは17歳。アートは楽しいものでなければいけないと思っているけれど
リンダの反骨精神は発言を続け、人々の心を揺さぶり語りかけている。


     


 

 


3月11日から未来に向かって

2016-03-12 19:58:55 | 暮らしのジャーナル

2011年3月11日、この日私は・・・

 47年暮らしたニューヨークから帰国、2011年元旦から谷中に住み始めた。
谷中がどういうところとも知らず、駅から5分、散歩は上野の美術館迄25分。
家は一人で住むには十分な広さがありすぐ決めた。年末帰国、荷物のない
がらんどうの家に越してきたのは1月1日だった。12月30日最低必要品を
買うと元旦にお届けしますと。本当に注文したすべてが元旦に届いたのは驚いた。
しかもチップなし。アッという間に取り付けていき、帽子を脱いで「ありがとうご
ざいます」と言って帰ったのには驚いた。日本のプロはすごい!
 御隣の大家さんからお盆一杯の手料理が届いた。

 
谷中銀座の本屋でこの辺のことを書いた本がありますか?と聞くと、森まゆみさんの本を
3冊出してくれた。ニューヨークから荷物が来る前、毎日森まゆみさんの本を手に谷中
じゅうを歩き回った。

 私の家は六阿弥陀通り、修正院という日蓮宗のお寺の前にあり、すぐ前の富士見坂を
登って諏訪台通り
へ、長い石垣と古い町屋が数軒残っている散歩道から経王寺の角に出る。
諏訪台通リは上野に続く高台で日暮里の駅まで家から7分。森みゅみさんのおかげで知識が増え
ニューヨークと全く違う江戸の町を楽しみながら歩きに歩いた。3月9日ニューヨークから荷物
がとどいた。日本の引っ越し業者の働き方は世界一だとおもう。短時間ですごい仕事をする、
数時間で指示した通りに家具がおかれ100個ぐらいのボール箱の整理は私の仕事。
夢中で整理をしていると地震発生!外に飛び出すと30本ぐらいの電線が頭上で
大揺れに揺れている。
「家に戻りなさーい!」「木の下は危ない!」どこからともなく人々が叫んでいる。家の戻る。テレビに
釘打ちになる。高台から叫ぶ人、通りから海の見えない人はそれが分からず、吞み流されていく。
大きな津波が窓をぶち割り、引き波にベッドに寝ていた人がベッドのまま波に吞まれていった。
映画ではない。ショッキングな記憶である。

あれから5年の月日がたった。日本は変わった。

特に東日本大震災のあと皆自分が何をすべきかを考え若者たちの精神年齢はシニアを驚かせる。
可愛い子には旅させろというように痛手の経験から真剣に生きることを考えている若者たちがいる。
経験から”人の役に立ちたい”と。そして協力する若者たちがいる。素晴らしい!
この若々しいコミュニティマインドはアメリカの開拓時代を思わせる。お互いの協力なしには生きれな
かった時代、男性は木を切り倒し家を建て、女性たちは寂しい家をキルトやフックドラグで飾った。
 自立とは風雪に堪え自分たちの手で生きることだ。私もこのことをアメリカ生活から学んだ。


今私は最も自由に個性を伸ばせる手ずくりのアメリカのフォークアート、フックド・ラグを教えている。
優秀な生徒に囲まれて展覧会を企画し、出来得る限り発表するチャンスを作り各自が自信を持つように
なってほしいと願っている。
私の企画は一人ではできないことだ。才能のある生徒たちに囲まれて、皆に助けられ,できる限りを生きている。
生きているのは素晴らしい。みなさんこれからもどうぞよろしく。