小説『雪花』全章

心身ともに、健康を目指す私流生活!!
食事や食材、ダイエット、美容などの豆知識がたくさんあります。

小説『雪花』第五章-5節

2017-07-10 11:13:33 | Weblog

          五  
  
  人民路の自転車専用道で、仁の走る自転車の後ろを、凡雪も、自転車で走った。
 まるで、国境線もない、未知な未来へ連れて行かれるような快い浮遊感が、凡雪の心を押し包んだ。しっとりした風は頬を撫でるように吹き、凡雪の浮き立った気持ちを応援しているように思えた。
 凡雪は、仁の後ろ姿を見て、小さな声で「仁ー」と呼んでみた。すると、心の平地に、仁が泰然と立っているように思った。
 耳元で、人の笑い声が聴こえた。とっても愛嬌のある甘い声だった。
 その時、凡雪は、脳裏に、凡花のふざけるように笑う姿を浮かべた。上を向いた凡雪は、凡花を想像してみた。公衆電話を取った凡花は、仁の電話番号を直向に回す。
 凡花は、電話に出た仁に震え声で「凡花と申します。茶楼で名刺を受け取った人は、姉です」
 空は、あっという間に暗くなり、気の早い星が、あちこちで瞬き始めた。
 十分ほど走って、仁は速度を緩めながら、右側の竹(ツオ)輝(フェイ)路(ロゥ)に入った。気が付くと、凡雪は仁と肩と肩を並べ、揃って走っていた。
 二百メートルほど進むと瀟洒な佇まいの飯店が見えてきた。新しい《竹輝飯店》だった。
 仁は飯店の前に足を止めた。微かに弾んだ声で「此処だよ」と告げた。
 凡雪は店を見て「えっ、そんな高級な場所で」と心の中で呟いた。
 仁は、僅かに声を低めて「ちょっと此処で、待ってて」と断って、すぐ近くにある車輪場に自転車を停めに行った。
 戻ってきた仁は、再び凡雪の自転車も持っていって停めてくれた。
 直後に二人は、飯店に入った。幾つかの洋式の餐(レス)厅(トラン)が見えた。窓玻(ガ)璃(ラス)の中に、灯が褸められた水晶のように静かに輝いていた。まるで異国の中を行くような雰囲気が周りから漂い、何か異境に足を踏み入れたような新鮮さを感じた。
 その時、仁が微笑んで、「この先に、日本の料理の店があるよ」と伝えた。
 凡雪は視線を前に向けた。前方に日本風のネオンが道の左右で点灯している。
 前に進むと、《和食》という漢字の店が現れた。
 仁は、そっと足を止めてドアを開け、少し避けながら「どうぞ」と凡雪に勧めた。
 凡雪が中に入ると、尺八の滑らかな日本の民謡の音色が聴こえてきた。

 つづく