小説『雪花』全章

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小説『雪花』第七章-17節

2017-09-27 11:58:08 | Weblog

      十七

   凡雪と凡花は、祖父の家を出た。肩を並べた姉妹は深く頭を下げて、祖父に別れの挨拶をした。
「いつでも、来てもいいよ!」と祖父の声が微かに弾けた。
 すると、凡花は狂喜乱舞して「やったー!」と大きな声を出して、叫んだ。
 凡雪は顔を上げて、祖父をじっと見つめた。
 すらりと立っていた祖父は、優しい面差(おもざ)しに、目が少し潤んでいた。瞳の奥には一輪の高貴な花が咲いているかのように見えた。
 突然、背後ろから「先生、お早うございます」と、男性の声が聴こえてきた。
 凡雪が振り返ると、視界に山間地を背景にして一人の青年が映った。学生鞄を提げて、祖父に顔を向けていた。
 祖父は「ああ、凯(かい)だね。香山の農民の息子だ」と紹介すると、横に立っている楚が言葉を加えた。
「凯くんは、香山の〝秀才〟ですよ! お祖父様に日本語を教わっていますね」
 青一色の服を着ていた凯は、祖父に近づき、礼儀良く挨拶をした。
「凯は、今年七月に、江蘇省の外国大学の試験を受けるんだ」と祖父は目を凯に移した。
 祖父の穏やかな声が、山間地に漂って滲んでいく。凯は一歩退いて、清々しい立ち姿だ。
 空は縹(はなだ)色のような、明るい群青色になっていく。陽は、緋色と鮮やかな紅色が重なって見えた。二層に重なる染織の世界を思わせるほど眩しく美しく見えた。
 時折、飛んできた鳥たちは、一斉に歓声を上げるように鳴き始めた。
 再び目を凡雪に向けた祖父は、右の手を伸ばして「仁、宜しく頼むな!」と凡雪の手をしっかりと握った。目を潤わせた凡花は、祖父をそっと抱き締めて「老いた〝鳩〟でも、鳩には変わらないですよ」と甘い声で囁いた。
 凡雪は枇杷を右手で持ち、凡花と山間地の下り道を歩き出した。
「気をつけて」と祖父の声が聴こえ、楚の声も杜の声も聴こえた。
 一瞬の間に、惜別の思いに駆られた凡雪は、一度、目を瞬きした。心の中で「有り難う」と呟いた凡雪は、後ろに向かずに、一歩、一歩と足を進めた。
 遠くへ連なる緑の光景が、凡雪の目に映った。無辺な太湖が視界に入って、波の音も微かに聴こえた。進むにつれ、潮騒の響きがはっきりと聴こえた。
 凡雪は、同時に、香山の生を響かせている声も聴こえてきたように感じた。一瞬の間に、祖父の全ての人生に触れたように、凡雪は胸に高揚感を味わっていた。
 凡雪は、太湖のしなやかな音を心地良く聴きながら、太陽の下で足を進めた。
「姉(ジエ)ー、来週、仁さんと会うのが楽しみだね!」と凡花は、愛しい声を出した。
 目の奥が温かくなるのを感じた凡雪は、左手で凡花の手を、そっと握った。
「今度は三人で、香山に来ましょうか」
  次回は第八章を載せます。

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