戯人舎

『夢あるいは現』日記

「夢あるいは現」日記26

2010-07-30 | 日記
 突然、ではあるが「親父が僕の公演を観ないのは初めてだな」と実感した。当たり前の話だが、そう実感した。演出した作品は当然として、その前の修行時代、暗転で、舞台転換をする僕を、身を乗り出して探したと言う話も母親を通じて聞いたことがある。「猫背なのですぐにわかった」と見つけたことを自慢していた。演出をやり出してからは、暗転で探すと言うことはないが、今度は、周囲の観客の反応が気になる風で、客席の後ろから見ていると、きょろきょろと落ち着き無く、本当の所、芝居に集中したなんてことは一度も無かったのかも知れない。
 次の回にチラシをスキャンして載せるが、10月15日、16日、17日、関西芸術座スタジオで清水邦夫「楽屋」をリーディングでやる。芝居は当面やらないので、リーディング形式にした。8月の頭から稽古で、台本とにらめっこの毎日であるが、突然、客席に親父が居ないと実感した。そもそも自分の芝居は、親父やお袋が観て、解るか否かが、創り方の判断基準だった。芸術性も、その判断基準をクリアしていないと採用しなかった。今回も、もちろんその創り方に変わりはないが、もう確かめようがない。