気分はガルパン、ゆるキャン△

「パンツァー・リート」の次は「SHINY DAYS」や「ふゆびより」を聴いて元気を貰います

ガルパンの聖地 ・ 大洗を行く23 その3 「太平洋の朝です!!」

2016年04月02日 | 大洗巡礼記

 翌朝は6時過ぎに起きました。フェリーで寝ると特有の横揺れに悩まされることがありますが、今回は太平洋も凪いでいたようで、さほどの揺れも振動も感じられず、熟睡することが出来ました。


 第七甲板の展望デッキに出てみると、右舷側の遠くに陸地が望まれました。


 船尾から続くウェーキは一直線に続いていて、船がずっと0時方向に直進していることを示していました。


 この船の操船デッキは前方の最上部にあり、すぐ後ろに赤いレーダー塔やマストが並びます。


 太陽は、既に高く登っていました。


 救命用の浮き輪です。訓練などで何度か使用されたのか、あちこちで塗装が剥げ、古びた感じになっていました。


 通路後部の自販機で、コーヒーを買って飲みました。昨夜話したドイツの方も起きてきて、同じようにコーヒーを買い、上のリビングルームで話さないか、と誘ってきました。自販機の向かいの階段を登ると、リビングルームにあがります。ソファーやカウンターテーブルがあり、談笑するのにはもってこいの空間です。
 同じガルパンファン同士なので、自然と話題もまとまりました。最初の質問は、こうでした。
「Whether the German armored division of Garupan is, what happened then?」(ガルパンのドイツ機甲部隊は、あれからどうなったのかね?)

 周知のように、海外ではまだ劇場版が公開されていません。しかしネット上では既に情報が出回っていますので、海外のファンは皆がものすごく気にしているわけです。黒森峰女学園チームのことを「ドイツ機甲部隊」と形容しているあたりも、ドイツ人らしい直截さでした。
 彼もまた、劇場版が日本各地で上映されていることは知っているようでしたが、その具体的な内容はまだ全然知らないようでした。それで、ネタばれになるような内容は話さず、ヒント程度にとどめておこうと判断しました。
「Please rest assured. They are alive and well.」(心配には及びません。彼女たちは健在でした)
「Is that so. It will be to turn mouse also was active?」(そうなのか。今度はマウスも活躍したのかね?)
「No, the mouse did not appear. The number was also reduced.」(いや、マウスは登場していません。編成数が減りましたので)
 驚いた表情をみせつつ、何両になったのですか、と尋ねられたので、右手の指を四本立てて示しました。それを見て、ワッツ!と低く叫んで、左手で目を抑えて可笑しそうに肩を揺すっていました。テレビシリーズでは20輌を揃えて堂々たるパンツァーカイルを構成していたのですから、それが4輌になったのを、何かのジョークと受け取ったようです。
 それで、指を四本立てて確認してきましたが、私が大きく頷くと、ジョークでないことを悟ったようでした。顎に手を添えて考え込むような目つきになりました。
「・・・Do They lost the Oarai team again?」(・・・彼女たちは、また大洗チームに敗れたのかね?)
「No.」(いいえ)
「While I do not think the win in just four tank?」(たった四両で勝てるとは思えないがね?)
「It does not say so. German armored division, They did not lose her our likeness to the end.」(そうとも言えませんよ。ドイツ機甲部隊は、最後まで自らの道を見失いませんでしたから)

 そう答えると、相手は目を見開いていましたが、やがて微笑してかすかに頷き、残りのコーヒーを飲み干しました。何か感じるものがあったのでしょう。弾むような手つきで、テーブルをポンと小さく叩きました。
「For now, Let's wait to enjoy the broadcast.」(それでは、放送を楽しみに待つことにしよう)


 下に降りて、廊下を歩いて客室に戻りました。ドイツの方は、もう一眠りするよ、と片手を上げて自身の客室に戻ってゆきました。向かいの355号室に席があるようでした。


 客室内はまだ寝静まっていました。私も毛布をかぶって一時間ほど横になりました。


 7時半過ぎに再び起きて、朝食をいただきにレストランに登りました。バイキングでしたので、好みのメニューを選んで上図のようにまとめて食べました。


 9時過ぎに、再び展望デッキに出て、周囲の景色を見回して撮影しました。


 船は、相変わらず直進を続けていました。


 第七甲板の左舷側デッキより、レストランルームの施設を見たところです。右に並ぶ円筒形の装備品は、救命用筏の容器です。非常時は海面に投下して自動的に空気が入る仕組みになっているそうです。


 右舷側に移動して、陸地を遠くに眺めていると、ノルウェーの方がやってきました。30代ぐらいの物静かな人で、昨夜の会話でもほとんど聞き役に回っていましたが、今朝は少し話をしました。大洗のガルパングッズを買うのに必要な費用はどれくらいか、と聞かれたので、私たちの平均的な費用を答えておきました。するとスマホの画面で計算していました。片方の眉を寄せたところをみると、彼にとっては高すぎる額だったのでしょう。首を少し振っていました。


 ノルウェーの方に撮って頂きました。しきりに私のデジカメを「いいカメラだ」と褒めていました。吹き付ける風に寒そうにしていると、向こうは「寒いのか?こんなに暖かいのに」と言いました。さすがに北欧の方は寒さに強いですね・・・。


 相手は朝食をとりにレストランルームに移動していきました。私も第七甲板の最後尾に行きました。


 第六甲板の後部もなかなか広いです。でも乗客が自由に歩き回れるスペースは、限られているようでした。


 しばらく客室で一眠りした後、本を読んだりして過ごし、12時を回った時に、右舷側の景色を確かめに行きました。船内の現在地案内モニターによれば、茨城県の海岸沿いに南下している形でしたが、外に見える陸地の様子もそれらしい雰囲気になっていました。低丘陵がずっと続いて見えました。もう近いんだろうな、と思いました。 (続く)

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2 コメント

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お疲れ様です。 (ESPER)
2016-04-02 21:16:42
お疲れ様です。
今日の当方は、144トンのフェリーに乗船してました。

40代までは、転勤時に日本海フェリーや太平洋フェリーで移動してました。
2泊3日の太平洋フェリーは楽しかった。
また冬の日本海は、なかなか濃いですよ。(笑)
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144トンのフェリー (ホシノ)
2016-04-02 22:09:24
大津島へのフェリーの旅を楽しまれましたか。

すると、旧海軍の人間魚雷回天の記念館に行かれたわけですね。10数年前、友人と島の各所の遺跡巡りをしました。
その翌日に、呉の阿賀から情島まで行きまして、航空戦艦日向の遺品の数々を見た思い出があります。
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