気分はガルパン

ここの記事は、みんなの想いを込めた記事・・・。
心に響くは、バンツァー・リート !! (大笑)

「倉野川」の倉吉をゆく シーズン8の2 「波波伎神社の杜」

2016年12月10日 | 倉吉巡礼記

 ラッピングバスを見た後、国道179号線を北上して清谷町2丁目の倉吉青果・魚市へ移動し、そこの「すずや食堂」に行きました。


 この日は自宅を早朝に出てずっと走りっぱなしだったため、ここで朝食にしました。メニューを見ると、大体の品が揃っているようでした。先客が三人居ましたが、みんな牛骨ラーメンを食べていました。倉吉の朝ラー、というやつらしいです。


 そこで、今回は私も朝ラーを楽しんでみることにしました。物流センター等の施設内にある食堂のメニューは、どこの地域でも美味しいと言われていますが、ここ倉吉の「すずや食堂」も例外ではないようで、牛骨ラーメンの味も独特の旨さに満ちていました。


 白壁土蔵群エリアに戻る前に、久し振りに近くの波波伎神社に立ち寄ってみました。境内地付近の曲がりくねった道を進んで、鳥居前を少し過ぎた辺りの道端に車を停めました。向かいの家の方に挨拶して駐車の許可をいただきましたが、その際に「神社には東の山から回っていったら車でも入れますよ」と教えられました。

 実は、その道は20年前に一度だけ通ったことがあります。神社の北側の宅地内の路地道からいったん東の山中に進み、ぐるりと回り込む形で神社境内地の東側に着いたのですが、大部分が未舗装の泥道で、当時の愛車エテルナZR-4がやっと通れる幅しかなく、時にドアミラーをたたまないといけない箇所もあり、ものすごく緊張したことを今でも鮮明に覚えています。
 しかも、神社境内地の段差で車の底部をこすってしまい、鈍い音にドキッとしたのもつかの間、今度は向きを変えるのに充分なスペースが無く、本殿の横で苦労してUターンしたのでした。


 なので、この神社には車で入らない方が賢明です。南の鳥居から参道を歩いていった方が楽です。


 一帯は、倉吉市の保存林に指定されています。広い社叢の中心部にはスダジイの老木が数本聳えて神域を護るかのように並び立ちます。この神社には何度か来ていますが、建物よりもスダジイの印象が強いので、今回は木の写真は撮りませんでした。


 長い参道の右手には広い空き地があって、かつてはなんらかの施設があったように思われますが、詳しい事はよく分かっていません。
 社名の「波波伎」はハハキと読み、伯耆国の「伯耆」の古字体とされますが、史実であればこの神社が古代における伯耆国造の祭祀拠点であった可能性が考えられます。伯耆国造の祖は天穂日命ですが、波波伎神社の祭神は、かつて伯耆国造が祀っていた事代主命であるからです。境内に福庭古墳があり、七世紀に属する終末期の遺構である点から、伯耆国造氏の奥津城であった可能性が高いです。

 したがって、本来はこの波波伎神社が伯耆国の中心的な古社であったものと思われます。延喜式神名帳にも記載がある式内社であり、その由緒は古代に遡ると推定されますが、神階の授与がなされたのは平安期に入ってからです。承和四年(837)に従五位下に叙されたのが初めで、極位の正五位上に達したのは貞観九年(867)のことでした。つまりは平安期の初め頃にこの神社の位置付けが確定したものと理解されます。


 境内地は一段高い台地に設けられ、幣門が石段の上に見えますが、先日の地震によって多少の被害を受けたとみえ、屋根にブルーシートが懸けられていました。


 拝殿です。神社の拝殿建築にしては、どこか寺院建築のような趣をただよわせています。江戸期までの神仏混交の状況を色濃く残しているようです。


 本殿です。地震の被害がどこかにあったもののようで、周囲の玉垣には黄色の立ち入り禁止テープが巻かれていました。


 一般的に、伯耆国の神社、といえば、まずは一宮の倭文神社、二宮の大神山神社などが思い出されますが、それらの序列は多分に中世から近世にかけての信仰の蓄積にもとづいており、古代に遡ればむしろ波波伎神社の方が上位もしくは古社として崇められた形跡がうかがえます。前述のように、祭神が事代主命であるので、古代の伯耆の国づくり、まつりごとを担った伯耆国造氏との関わりが知られるからです。

 その場合、境内地にある福庭古墳の石室の造りが、倉吉市域でも大規模な古墳群である向山古墳群の盟主的存在の三明寺古墳のそれと共通するのが興味深く思われます。向山古墳群は約380基を数える群集墳で、その最終段階は八世紀に含まれるようなので、古代伯耆国の墓地的なエリアであったとみても間違いではないでしょう。
 そして、波波伎神社の周辺にも幾つかの古墳があるようです。未調査未解明の部分が大きいので確かなことは分かりませんが、古墳が多いのであれば、周辺一帯がかつては伯耆国造氏の本願地であった可能性が指摘出来るでしょう。

 伯耆国造氏は、先代旧事本紀収載の「国造本紀」によれば、成務天皇の治世期に出雲系の兄多毛比命(えたもひのみこと)の子の大八木足尼(おおやきのすくね)を国造に定めたことに始まるとされています。当時の伯耆は、古事記では「伯岐」と表記されていて、古くは表記が統一されていなかったことが察せられます。
 現在の「伯耆」に表記が統一されたのは、律令政府が七世紀に国を規定して国府を整備してからのことでした。その国司に山上憶良や淡海三船らが任じられたのは、周知の通りです。


 戻る前に、幣門両脇の狛犬を再び見ました。いずれも地震の被害が最も顕著で、向かって左側の吽形は、御覧のように基台の石が横ズレを起こして崩壊寸前の状態になっています。


 右側の阿形は、さらにまずいことに獅子像の台座が割れてしまっています。基台石の横ズレは少ないものの、このままだと獅子像が倒壊する危険があります。早急な修復措置が望まれるところです。 (続く)
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ローソンの「ガールズ&パンツァー 劇場版 キャンペーン」

2016年12月09日 | ガールズ&パンツァー

 2016年11月29日より、全国のローソンにて「ガールズ&パンツァー 劇場版 キャンペーン」がスタートしています。販売期間を三期に分けて段階的に展開し、2017年1月2日までのお年玉企画「オリジナルポスター」抽選をもって完了するようです。
 ローソンの公式サイトでの案内はこちら

 これまでのスポンサーであったサークルKサンクスが、今年よりファミリーマートに吸収合併されるため、それに代わる形で出てきたような感じです。今後も公式スポンサーとしてガルパン関連の企画を実施していただきたいところです。


 とりあえず、第一段階として11月29日より上図のクリアファイルセットが販売されています。取扱い店舗は私の近所にも幾つかありますので、そのなかで一番くじやアニメグッズ等の取り扱いを常時やっている店舗を選んで行き、普通に買ってまいりました。ローソンの通販システム「Loppi Web」でも12月15日から取り扱いますので、店舗での購入が出来ない方にもチャンスがあります。

 このキャンペーンの取り扱い対象店舗は、一応公式サイトの方で全て紹介されていますが、その全ての店舗でガルパングッズが買えるとは限りません。なぜかというと、キャンペーンを実施するかどうかは、取扱い対象店舗それぞれの判断、裁量に委ねられるからです。
 普段からその種の催事に積極的な店舗だと「ガールズ&パンツァー 劇場版 キャンペーン」も展開してくれますが、そうでない店舗は「ウチはやりません」と決めてしまいますから、行っても何も買えないことになります。そのあたりをよく見きわめた上で、取り扱い対象店舗のなかで、ガルパン関連もやってくれそうな所を選んで行ってみるのが良いでしょう。

 このキャンペーンがスタートした直後の12月初旬にガルパン仲間を倉吉に案内したのですが、その折に倉吉市内の取り扱い対象店舗四ヶ所を全て回ってそれとなく調べてみたところ、扱っていたのは一ヵ所のみで、あとの三ヵ所は最初からやらないと決めて発注もしなかったということでした。

 これは、サークルKサンクスでも同様でしたから、コンビニのキャンペーンというのは、必ずしも取り扱い対象店舗の全てで展開されるわけではないということです。あらかじめ問い合わせたりして、事前に調べておいたほうが、無駄な店舗巡りをやらずに済みます。その店のスタンスを日頃からよく観察して、一番くじやアニメグッズ等の取り扱いに積極的かどうかを見定めておくのも良いでしょう。

 劇場版に続いて最終章が展開されると決まった現在、この種のコンビニでの関連企画は今後もあると予想されますので、今回のローソンの出方と取扱い店舗の動向をおさえておくことも、一つの目安に繋がり得るのではないかと思います。
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「倉野川」の倉吉をゆく シーズン8の1 「ひなビタラッピングバス」

2016年12月08日 | 倉吉巡礼記

 2016年11月12日、ひなビタイベントの秋バージョンとして予定されていた「もみじ祭」が、地震のために内容を縮小して開催されることを知り、その一日目分の見物を兼ねて倉吉に出かけました。朝7時に家を出て、9時17分に倉吉の鉄道記念館前に着きました。


 当日は晴れ、記念館横の蒸気機関車C11型の車体にも陽光が当たり始めていました。


 とりあえず、鉄道記念館内に進んで、ベンチに腰かけて少し休憩をとりました。持参したお茶を飲んで、喉を潤しつつ、展示機関車のデッキに立つ芽兎めうのパネルを見ました。


 芽兎めうは、今日も元気でした。がんばれ倉吉、地震に負けるな「ちくわ軍」、めうー。


 さてこの日の最初の目的は、鉄道記念館の向かいの明治町観光駐車場での、ひなビタラッピングバスの披露展示でした。


 今回のイベントの目玉の一つとして、計2台のひなビタラッピングバスが、日ノ丸自動車さんの協力によって初公開展示となったのでした。右手前が市内路線用の乗合バス、左奥が長距離路線用の大型高速バスでした。


 長距離路線用の大型高速バスは、車体も大きいので、ラッピングデザインも大きくゆったりとレイアウトされています。


 車体左側には、日向美ビタースィーツの5人が並びますが、山形まり花、春日咲子、霜月凛の3人は二体ずつ描かれてありました。


 車体右側には、5人がそれぞれ二体ずつ配置されています。いずれも倉吉の街中に配置されているパネルと同じデザイン画です。先頭には、先ほど鉄道記念館で見たパネルと同じデザインの芽兎めうが元気な笑顔を輝かせています。


 背面には、倉吉絣をまとった5人の姿が大きく描かれます。今回のイベントで新たに加わった5人のパネルと同じデザインです。


 市内路線用の乗合バスです。これのラッピング車はもう1台あるそうで、同じ仕様になっていると聞きました。共に倉吉市内の路線で運行される予定なので、今後は運が良ければ乗ったり見かけたり出来ることでしょう。


 こちらも日向美ビタースィーツの5人が並んであでやかさを競っています。多くはCDジャケットのパッケージデザインと同じ図柄なので、ファンにはどれも馴染みである筈です。


 背面のデザインは御覧の通りです。確か「乙女繚乱、舞い咲き誇れ」のジャケット画でしたかね・・・。


 設定では、戦国期の舞御前を和泉一舞、舞御前の側近の橘姫を春日咲子が演じて、倉野川市の「倉野川時代祭り」のパレードで活躍したことになっています。
 舞御前は、いちおう武家の武装姿になっているようですが、甲冑は最低限以下なので、どちらかというと足軽クラスの軽装に近いです・・・。と言うか、こんな武装姿は、実際の戦国期には有り得ません・・・。 (続く)
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ガルパンの聖地 ・ 大洗を行く26 その14 「ラストはアキバです!!」

2016年12月07日 | 大洗巡礼記

 旧上岡小学校での見学は、校庭一周にて締めくくりました。時間もあまり無いので、ゆっくりしていられないのが残念でしたが、劇中登場スポットは全て見ましたので、満足感の方が大きかったです。


 最後に、全景を撮影しましたが、校舎が長いのでカメラのファインダー内におさまりませんでした。


 校庭から校門を見ました。この景色も劇中に登場しています。右の門柱の下にカモさんチームの三人がしょんぼりとうずくまっている横を、サンダースギャラクシーの飛来に気付いた面々が勢いよく駆け抜けてゆくシーンが、印象的でした。


 校門の外から改めて撮りました。なんとか全景を切り取ることが出来たようです。


 大子商店街に戻って観光協会に自転車を返却した時点で、まだ少し時間がありました。それで曲松商店街の出店に立ち寄りました。相変わらず大忙しの大里さん達でした。


 私も「つみれ汁」を頂きました。アツアツで美味しかったです。


 常陸大子駅に戻り、朝に知り合った東京のガルパンファンの方と同席の形で11時23分発の列車に乗り込み、ガルパン談義を楽しみました。
 その方は、私と同じような、大洗「みとや」特製のガルパンキャップを被っておられて、朝に駅前でそれとなく挨拶し合って少し話をしていたのでした。名刺を渡すと、出たー、とか言っていました。拙ブログを御存知のようでした。私よりも大洗訪問の頻度が多くてあんこう祭等のイベント類にも積極的に行っているそうで、色々と興味深い話を伺いました。その方はその日は大洗に泊まるということで、水戸駅で握手して別れました。

 後で知ったことですが、ガルパン仲間のナガシマさんが長女とこの日に大洗に遊びにきており、その東京の方と同じ宿「あんばいや」に泊まって語らったそうです。当然ながら私の名前も出たそうで、ナガシマさんはびっくりされたそうです。世間は狭い、とか言っていましたが、ガルパンファン同士の世間が狭い、というほうが当たっていると思います。


 水戸駅で特急に乗り換えて、秋葉原へ移動しました。埼玉戸田の知人Kさんに連絡して、秋葉原駅の電気街口にて合流しました。
 Kさんとは以前に大阪でガルパンピンバッジを共同で箱買いし、9月の訪洗時に「タグチ」の店先で再会して以来、ガルパン戦車プラモデル制作の仲間として交流が続いています。それで今回の機会に秋葉原で模型ショップ巡りを楽しもう、ということで予定していたのですか、私の予定に常陸大子行きが加わったため、時間を午後にずらして合流しました。


 時間があまり無いので、Kさんの提案でラジオ会館と模型店一ヵ所に絞り、まずはラジオ会館内の各ショップを回りました。プラモデル以外も色々見て回り、アニメ中古グッズコーナーにガルパングッズがかなりあるのに驚かされました。
 上図のように、豊富に揃えている店舗もあり、Kさんはカラコレやスイングなどを色々と買い漁っていまたが、私は企業系のガルパン缶バッジを二個買ったにとどまりました。


 模型店一ヵ所、とは上図の「レオナルド」でした。ここでは相当の時間をかけてパーツ類を購入しました。Kさんは、「星野さんのブログ見てて戦車以外の車輌も作り始めてるんですわ」と笑いながらその系統のキットを探し回り、四点を購入していました。

「星野さんは、装輪車輌とか支援車輛も全部作るんでっかね?」
「今のところは、そこまでは考えてませんね・・・。キット化されてないのも幾つかあるんで、全部を作るいうのがそもそも無理ですから」
「ああ、それはそうですな。僕もやっぱりそういう感じに落ち着くかな」
「戦車は全部作られるんでしたね」
「一応はその積りでして・・・。星野さんは大学選抜とかを外しとられますけど、自分はとりあえず全部取り組んでみたい気分ですよ」
「カールもですか?」
「いやあ、ははは、それなんですがね、場所的にきついものがあるんで、これは無理っぽいかなと。キットも高えしね」
「ですな」
「せやから、全部を作るぞ、って考えるよりは、星野さんみたいにチーム毎に絞って段階的に揃えていって、余裕が出てきたら残りの分に手をつけていく、ってのがええかなとは思っとるんですわ」
「そうですか」
「あと、ちょっと気になっとるんですが、継続のBT-42、あれ星野さんは途中で中断してますよね。まだ情報待ちなんですか?」
「そうなんですよ。パロラ博物館にメールで二度問い合わせたんですが、それの返事がまだ頂けないんですよ。忘れ去られている可能性が高くなってきているんですが、念のためにフィンランドの知人にも連絡してそちらからの交渉もお願いしておいたんです。それの返事も全然無いわけでして」
「うーん、そうでしたか。それ、もう半年ぐらいは経ってるんでしたよね?」
「それ以上ですよ・・・」
「それ、大丈夫なんですか?」
「いやもう、何というか、自分は諦めかけてますよ・・・」
「そうすると、BT-42の制作は中断のままになると・・・?」
「現時点ではそうです。進めようがありませんのでね。新たにインテリア無しで作るという選択肢もあるんですが、折角インテリア付きで作ってきてますんで、時間がいくらかかってもいいから、一通り作ってみたいわけですね・・・」
「まあ、それは確かにそうですね」

 Kさんとはその後、駅前の喫茶店で雑談を楽しんで模型のジャンクパーツ類の交換も約束し、16時前に東京駅にて別れました。11月下旬に倉吉へ行きたい、と言うので、その案内をすることも決めました。


 今回持ち帰ったガルパン缶バッジの数々です。新規に出ていたものが少ない時期でしたので、全部で9個にとどまりました。上図右の「大洗マーク」と「西住姉妹雛祭りバージョン」の2個が、秋葉原にて購入した中古品です。

 以上にて「ガルパンの聖地・大洗を行く26」のレポートを終わります。
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ガルパンの聖地 ・ 大洗を行く26 その13 「あの場所とあの小屋です!!」

2016年12月06日 | 大洗巡礼記

 校舎内の見学コースを最後まで回って、正面中央玄関に戻り、外に出ました。


 木造校舎の外観が懐かしいです。というのも、私自身が通っていた小学校にも木造校舎があり、雰囲気的には似たようなものであったからです。普段の教室は鉄筋コンクリート校舎に入っていたのですが、理科室とか音楽室とかが木造校舎のほうにあって、そちらで授業を受ける機会も多かったのでした。


 いまでは登録文化財に指定され、外観もそのまま保たれています。改修されがちな窓枠部分などが古くからの状態をとどめているのが貴重です。そして外壁の黒っぽい板と白く塗られた窓枠とがコントラストを成して印象に残ります。


 校舎の右手に回る道があったので、試しに歩いてゆくと、上図のような場所に着きました。講堂などを含めた奥の校舎の脇でした。既視感のある景色でした。ああ、あの場所だ、とすぐに思い出しました。


 劇場版で、あんこうチームの面々が夕方のひと時をぼんやりと過ごしていた場所です。上図右の校舎端の倉庫の脇で、秋山優花里だけが臨時の炊事場を設けて楽しんで夕食の準備をやっていた場面がリアルに思い出されます。
 その際のシチューみたいなのが、劇場版に登場していた唯一の食事メニューではなかったかな、と考えました。あとはポテトチップスとか干し芋とかのおやつ類だった筈です。


 戻る途中で表校舎の脇の流し場を見ました。これとよく似た設備が私の小学校にもあり、手洗いや清掃作業でよく使用したことを思い出しました。横の教室は広くて共同学習室のような趣がありました。


 校庭に出て、東側に小屋のような施設があるので近づいて見ました。これまた、どこかで見たような感じのある建物でした。


 小屋を囲むフェンスの出入り口に回って中に入ると、小屋の様子がよく分かりました。ああ、あの小屋だ、と気付きました。劇場版にて、カモさんチームがやさぐれて引き籠っていたウサギ小屋、でした。遅刻を取り締まってくる、と言って冷泉麻子が講堂からここにやってきたわけです。


 内部もそのままでした。カモさんチームの三人が座り込んでいた位置が、そのまま廃タイヤの位置に示されていました。そしてキュウリをかじっていたわけです。そういえば、金春希美がキュウリの短い方を園みどり子に渡していましたね・・・。


 実際にウサギやニワトリの飼育小屋として使用されていたようで、動物の名前を記したプレートも、劇場版にてそのまま再現されていました。折り畳み椅子が積み上げてあるのも、そのまま描画されていた筈です。


 とにかく、何から何まで忠実に劇中にて再現されているので、見ていて楽しく過ごせました。時間的には一時間に満たないコースでしたが、劇場版の各シーンと重ねてリアルに見られるので、濃厚かつ感動的な聖地スポットであると思いました。ガルパンファンならば、なんとかして行くべき価値のある場所です。 (続く)
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