イラスト提供 サイ君
―観察日記より抜粋―
9月25日(木)
―またあの男がやってきた。今日もドーナッツを半分だけ食べたところで手を止め、U字型になったドーナッツを片手に持ったまま角度を変えては眺めながら、匂いのキツい煙草を吹かしている。20台後半に見えるケド、平日休みって…仕事は何をしてるんだろ。ニートかな。―
9月29日(月)
―また彼が来た。今日は珍しく同じドーナッツを二つ注文した。一つはすぐU字型に食べ、もう一つは手をつけず結局ずっと眺めていただけだった。なんかキモチワルイ!
あの煙草は近くの煙草屋さんに売っているガラムという煙草らしい。―
10月3日(金)
―また“U”が来た!今日は友達を連れてやってきた!ドーナッツを挟んで「死」がどうとか「欠如させる」とかボソボソと話していた。無性に気になる!お店が暇だったらもっと盗み聞きできたのに!
ガラム、買ってみたけど不味い。もったいないけど全部捨てた。カネ返せ!―
10月8日(水)午後3時35分、ちょうどスズキさんが電柱の上で電線の修理作業を終え、イケガミさんが湘南台でサイトウ宅の二度目のベルを鳴らそうとしている頃、なんと僕は東京の片隅で、こともあろうに医師の懸命な心肺蘇生を受けていた。
幸いにも、人間観察が趣味というモンスター・ドーナッツ(通称モスド)の女性アルバイト(21歳学生)が事の一部始終を目撃していた。
女性アルバイトの証言
「あの人、いつものようにコーヒーとドーナッツを一つだけ注文したんですけど、ちょうどそこの席、いつもこの席に座るんです。座ったあと、すぐに食べてしまったのか、気付いたらドーナッツは無くなってました。それから何か思いつめたような表情でしばらく―20分ぐらいかな。それぐらいの間じっと食べ終わったお皿の上をただ見つめてたんです。以前からおかしな行動はしてたんですけど、いつもならずっとドーナッツを見てるのに、今日はいつもよりボーッとただのお皿を見つめてるから何かあったんだろうなぁって私もいろいろと勝手な想像をしてたんです。そしたら、おもむろに“何か”を口に入れたようでした。でもそれが何かは見えませんでした。でもおかしいんですよ!テーブルの上には食べるようなものはもう“何も無かった”のに!!」
その後、不思議に思った彼女がコーヒーのお代わりを持って近づくと、僕は何やらモクモクとそれを反芻するように味わっていたかと思った次の瞬間には真っ青な顔色になって宙を掻くようにテーブルの上に倒れこんだらしい。
すぐさま救急隊が駆けつけたのだが、チアノーゼを認めただけで喉内に異物らしきものはなく、救急車内も困惑のうちに病院に担ぎ込まれた。
僕の死因は検死官によって“窒息死”と判断されたが、目撃証言から他殺の可能性は極めて薄いということで、原因の究明に関しては警察の側もうやむやのまま、この出来事は文書化されソソクサと棚にしまわれてしまったのだった。
もちろん知人の間でも様々な憶測が飛び交ってはいたが、僕をよく知る友人たちは皆「きっと、穴だね。」と口には出さずとも思っていたようだ。
なんの自慢にもならないが、おそらく“ドーナッツの穴”を喉に詰まらせて死ぬという珍事は、ドーナッツ200年の歴史の中でも僕をおいて他には例を見ないだろう。
正直なところ、“穴”を食べようとしたのは僕の意志だが、死ぬつもりなど毛頭なかったし、まして“穴”が喉に詰まるなどと、いったい誰が予測できただろうか。
事故というべきか自殺というべきか、僕は、ただ「よく判らない。」とだけコチラの友人にも話している。
ホントによく判らない。“僕が穴を食べたのか、穴が僕を食べたのか。”さえも。
10月15日(木)
―あの日、警察の人に“U”ことムラカミユウキが死んだと聞かされてから、もう一週間。私の中にポッカリと何かが開いてしまったみたいで仕事も手につかない…。―
―観察日記より抜粋―
9月25日(木)
―またあの男がやってきた。今日もドーナッツを半分だけ食べたところで手を止め、U字型になったドーナッツを片手に持ったまま角度を変えては眺めながら、匂いのキツい煙草を吹かしている。20台後半に見えるケド、平日休みって…仕事は何をしてるんだろ。ニートかな。―
9月29日(月)
―また彼が来た。今日は珍しく同じドーナッツを二つ注文した。一つはすぐU字型に食べ、もう一つは手をつけず結局ずっと眺めていただけだった。なんかキモチワルイ!
あの煙草は近くの煙草屋さんに売っているガラムという煙草らしい。―
10月3日(金)
―また“U”が来た!今日は友達を連れてやってきた!ドーナッツを挟んで「死」がどうとか「欠如させる」とかボソボソと話していた。無性に気になる!お店が暇だったらもっと盗み聞きできたのに!
ガラム、買ってみたけど不味い。もったいないけど全部捨てた。カネ返せ!―
10月8日(水)午後3時35分、ちょうどスズキさんが電柱の上で電線の修理作業を終え、イケガミさんが湘南台でサイトウ宅の二度目のベルを鳴らそうとしている頃、なんと僕は東京の片隅で、こともあろうに医師の懸命な心肺蘇生を受けていた。
幸いにも、人間観察が趣味というモンスター・ドーナッツ(通称モスド)の女性アルバイト(21歳学生)が事の一部始終を目撃していた。
女性アルバイトの証言
「あの人、いつものようにコーヒーとドーナッツを一つだけ注文したんですけど、ちょうどそこの席、いつもこの席に座るんです。座ったあと、すぐに食べてしまったのか、気付いたらドーナッツは無くなってました。それから何か思いつめたような表情でしばらく―20分ぐらいかな。それぐらいの間じっと食べ終わったお皿の上をただ見つめてたんです。以前からおかしな行動はしてたんですけど、いつもならずっとドーナッツを見てるのに、今日はいつもよりボーッとただのお皿を見つめてるから何かあったんだろうなぁって私もいろいろと勝手な想像をしてたんです。そしたら、おもむろに“何か”を口に入れたようでした。でもそれが何かは見えませんでした。でもおかしいんですよ!テーブルの上には食べるようなものはもう“何も無かった”のに!!」
その後、不思議に思った彼女がコーヒーのお代わりを持って近づくと、僕は何やらモクモクとそれを反芻するように味わっていたかと思った次の瞬間には真っ青な顔色になって宙を掻くようにテーブルの上に倒れこんだらしい。
すぐさま救急隊が駆けつけたのだが、チアノーゼを認めただけで喉内に異物らしきものはなく、救急車内も困惑のうちに病院に担ぎ込まれた。
僕の死因は検死官によって“窒息死”と判断されたが、目撃証言から他殺の可能性は極めて薄いということで、原因の究明に関しては警察の側もうやむやのまま、この出来事は文書化されソソクサと棚にしまわれてしまったのだった。
もちろん知人の間でも様々な憶測が飛び交ってはいたが、僕をよく知る友人たちは皆「きっと、穴だね。」と口には出さずとも思っていたようだ。
なんの自慢にもならないが、おそらく“ドーナッツの穴”を喉に詰まらせて死ぬという珍事は、ドーナッツ200年の歴史の中でも僕をおいて他には例を見ないだろう。
正直なところ、“穴”を食べようとしたのは僕の意志だが、死ぬつもりなど毛頭なかったし、まして“穴”が喉に詰まるなどと、いったい誰が予測できただろうか。
事故というべきか自殺というべきか、僕は、ただ「よく判らない。」とだけコチラの友人にも話している。
ホントによく判らない。“僕が穴を食べたのか、穴が僕を食べたのか。”さえも。
10月15日(木)
―あの日、警察の人に“U”ことムラカミユウキが死んだと聞かされてから、もう一週間。私の中にポッカリと何かが開いてしまったみたいで仕事も手につかない…。―