Entrance for Studies in Finance

Jパワーからの投資ファンドTCIの撤退

 日本企業株を取得した外国の投資ファンドによる増配要求に日本企業は戸惑いを見せてきた。この要求は、正式な株主提案の形をとるケースのほか、面会や書簡で要求してくるケースもある。しかし企業経営者側は、長期的な視点での企業価値の向上のため社内留保を増やしたいのが本音。とはいえこうした株主側の要求に配慮した形で日本企業の配当額が増える傾向がある。
 日本の経済産業省は、従来、投資ファンドを歓迎する立場だったが、このたび、英国のファンドの狼藉の前についに本音を示すことになった。私たちは、こうした投資ファンドに対して、Noというべきではないだろうか。

 電力卸大手のJパワーに対し、筆頭株主(8.8%)である英ヘッジファンドのチルドレンズ・インベストメント・ファンド(TCI)が、二人の非常勤取締役の受け入れを求めていることが明らかになったのは2007年12月上旬のことだった。TCIはすでに2007年6月のJパワーの株主総会で、大幅増配を求め否決されていた。TCIは、Jパワーに対して以前から配当が少ないことを問題にし、コストの低い負債(借入金)の活用を主張していた。このような主張は確かに教科書通り(=手元の投資するあてのないお金の株主への還元で株主価値向上、あるいは負債の活用による自己資本利益率改善)ではあるが、保有株の高値での買い取り要求など別の狙いを感じてしまうのは私だけだろうか。
 その後、関税・外国為替審議会はTCIによる株の買い増しに拒否の判断を下し(08年4月15日)、さらに政府が買い増し中止を命令した。
 両者の戦いの長期化も予想されたがTCIは不服申し立てをしないと発表(08年7月14日)。そしてこれを受けるように7月末にJパワーが事業再編計画を発表。しかし8月13日に事業再編にTCIは反対を表明。そして再編に反対する株主は会社側に保有株買取を請求できるという会社法の規定を使って買取を請求(9月19日)。交渉を経て08年11月上旬の買い取りがきまった。
 TCIは、結局、世の中を騒がしただけでお金を受け取ってJパワーから撤退することになった。こんなファンドを私たちは好きではない。

 この事件を通して政府側は、無原則な民営化、株式保有の解放がどれほど企業経営の妨げになるか、国策にも反するかを学ぶべきだろう。どの国でもすべての事業分野を無原則にその株式を自由に売買できるようにしているわけではない。国策に従った電力開発が宿命であるなら、そもそもそのような事業を行う会社を公開会社にしたことが妥当性を欠いているのではないか。
 少なくとも国策関連会社については政府や関係機関で一定割合以上その株式を保有することが必要だということを、これを機に関係者は肝に命ずべきだ。そしていいかげんに日本政府は盲目的市場開放主義の旗を降ろすべきだ。実は日本のように無原則にほとんどの分野で開放政策をとる国は世界中にどこにもない。ほとんどどの国も自国の国益に関するところは開放の枠外においている。

 07年12月の論争で経営陣は、06年春に株式分割で実質的に増配していること、07年03月期は減収減益あったこと、有利子負債水準は1兆4200億円とすで高水準にあること、長期の利益成長。安定配当などを主張して、配当の増加に反対している。
 りスクの高い海外投資(海外での発電所権益の取得)を積極化している経営陣にTCI側は懸念を表明しているが、国内需要の頭打ちをにらんだ戦略が悪いとはいえない。たとえば世界初の海水揚水発電所の商業化に乗り出すため、2007年後半にもインドネシアで事業化調査(2007年6月報道 1999年から沖縄で実証実験)。あるいは住友商事と組んでアラブ首長国連合で地域冷房事業に乗り出すなど(2007年11月報道)。Jパワーには公開会社である割に世の中に知られない事業があることも否定はできない。その事業の目的は、単純にJパワーの利益追求だけでは説明できないところだ。まさに国策会社ではないだろうか。

 他方、TCI側は総会で提案したものの、総会では全く発言せず、ほかの株主に説明することもなかった。これは一般株主の反感は買っても好意を得られる対応ではない。せっかくの安上がりのアピールの機会を生かさなかった。こんなファンドは要らない。仄聞するに機関投資家には手紙を送って面会を求めるのだという。個人投資家は相手にしないわけだ。
 またTCI側は自己資本利益率や総資産利益率の低下を問題にした。これに対してJパワーは、経常利益の絶対額や自己資本比率の目標達成を成果として主張した。

 Jパワーは国内については、浄水場建設などの水道関連事業に参入している。そして総資産利益率などが低下しているにも関わらず、電力料金の引き下げや役員報酬を引き上げたことも批判された。
 また企業価値の拡大と関連性のない上場株式の保有を解消するべきだとして、取引先と株式の持合を増やしていることも批判した。背景にはJパワーの株価低迷があると考えられる。
 確かにJパワーや電力会社などは巨額の資金を動かす会社であるだけに、投資についてさらにもう一段の透明性が必要だろう。つまり説明責任を果たす必要はあるだろう。しかしどうも、Jパワーの短期的な利益よりは、国家的見地から動いているのではないだろうか。そしてそこに透明性がないことも事実だ。こういう会社を民間会社とするから面倒なのではないか。政府は国策に関係する会社の民営化を制限するべきだ。そのあたりまえのことをしないからこうした混乱が生じたのだ。
 
 なお国内電力会社自体もいま、積極的に海外に進出している。たとえば関西電力ではタイ発電公社などと共同でラオスに水力発電所を建設する計画を進めている。総工費5億ドル。2009年着工2014年運転開始計画(2007年4月報道)。東京電力ではすでに2000年に台湾の中部と南部の二つの火力発電所に計65億円を出資しているが2007年7月には3箇所目として中部の火力発電所に30億円出資することを発表した。2007年6月には丸紅と共同で36億ドル(4200億円強)を投じてフィリッピンの火力発電所3つを買収(日本企業による海外発電所の買収で過去最大規模 買収相手は米電力会社ミラントのフィリッピン子会社 国際協力銀行JBIC 三井住友 みずほCB 6-2-2の割合で27億ドルの長期のシンジケートローン=融資枠契約を組み、JBICが融資リスクを保障する仕組み)。豪州やインドネシアなど6ヶ国の発電所に投資しているという(2007年7月現在)。
 
 2008年11月ようやくTCIはJパワーから撤退する。政府関係者は、盲目的な市場主義の結果がいかに多くの労力と時間をかけての収拾を要するかをこの事件から学ぶべきだ。またそうした無責任な市場開放主義を主張をした人たち(とくに一部の経済学者)が、宗教的な市場開放の信念を語るだけで、市場自由主義がもたらす混乱に対して全く責任をとらないことも今回の教訓として学ぶべきだ。

企業買収資金の調達における融資枠契約の役割については、以下でも述べている。
企業買収資金の調達について
  
 Written by Hiroshi Fukumitsu. You may not copy, reproduce or post without obtaining the prior consent of the author. 
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