中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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モンブラン登頂記(10):メールドグラス氷河を遡る

2010年04月08日 06時56分33秒 | フランス・スイス;モンブラン登頂

                     <楽しい氷河歩き>

       モンブラン登頂(10):メールドグラス氷河を遡る
              (アルパインツアー)
         2005年9月4日(日)。その3。快晴。

 長い鉄バシゴを何段も降りて,メールドグラス氷河の終端付近に降り立った私たちは11:30頃アイゼンを装着して,氷河の上を歩き始める。私たちにとって,氷河を歩くのは,もちろん初体験である。
 Sガイドが,
 「氷河を歩くときは薄い手袋をした方が良いですよ」
と参加者に注意する。万一,氷河の上で転倒したときに手のひらを氷河に突くと,質の悪い怪我をすることがあるそうである。氷河の表面は,土砂混じりの氷が,まるでサンドペーパーのような状態になっているので,ひどい擦過傷を受ける可能性がある。しかも,土砂には細菌が住み着いているので,傷口がかなり化膿してしまうとのことである。
 
氷河の上流を見上げると,大きな氷塊が私たちに迫ってくるような錯覚に陥る。
 歩き出すと,ところどころでクレパスが口を開けている。クレパスの脇を慎重に通り抜け,開口部が狭くなっているところでクレパスを通過する。始めて見る凄惨な光景である。

<クレバスの間を進む>

 ところどころに,えぐれてすり鉢状になった窪地がある。氷河の水が溶けて,底の方に流下していく孔である。孔の周辺は青く澄んだ氷になっている。
 ガイドが,近くにある岩塊を,この孔に放り込む。岩塊がロート状になった孔に飲み込まれるように落ちていく。孔の周辺にぶつかる音が,地中からゴロゴロと何時までも聞こえてくる。こんなところに落ち込んだら百年目。絶対に生きて戻ることはできないだろう。
 ガイドは,また石を投げ込む。
 「日本人には,これが一番良いんだ」
と分かったような分からないようなことを言ってニヤリと笑う。
 ガイドと雑談をする。
 お互いの年が気になる。
 私はステファンさんに,
 「多分,貴方は40歳代中頃でしょう」
と真面目に質問する。本当に,その位の年格好に見えたからである。
 「まだ,24歳だよ」
とステファンさんが苦笑する。
 私は,
 「スミマセン,スミマセン」
を繰り返しながら平謝りする。
 どうも,日本人は実際の年よりも若く見られるし,白人は,年寄りに見えるような気がする。
 やがて氷河が二股になっているところに到着する。向かって右側がダキュウル氷河(Glacier du Tacul),右側がレショー氷河(Glacier du Leshaux)である。私たちは左側の氷河の右岸を目指して上り続ける。
 氷河に沿ってなだらかな登り坂を登っていく。途中,行く手を遮るクレパスがあると,クレパスに沿って,渡れるところまで遡る。もちろん,参加者全員は冬靴を履き,12爪のアイゼンを装着している。そして手にはピッケルを持って,慎重に一歩一歩歩いている。
 11時54分,氷河の真ん中で立ち休憩を取る。上流に向かって右側には張りのように尖った山塊がいくつも連なっている。妙義山を10個ほど寄せ集めて鋭く尖らせ,氷河で覆ったような風景である。日本では絶対に見ることができない光景である。12時05分,再び歩き出す。今度は氷河を右岸の方に横切るように歩く。そして,12時55分,リーダーの指示でアイゼンを外す。
 ここからは,氷河に混じって,岩塊や礫岩が多い歩きにくいガラ場になる。そして,14時27分7,降りたところとは反対側の氷河壁の麓に着く。標高2060メートルである。そして,ほとんど休憩も取らずに,今度は長い鉄バシゴを登り始める。


 今度の上りの鉄バシゴは,先ほど下った鉄バシゴよりもっと厳しい。最初の長い鉄バシゴを登る。登り切った途端に,垂直に切り立った岩場に10センチメートル四方ほどの鉄の板が60~70センチメートルほどの間隔で打ち付けてある。これが足場である。足場の上1メートルほどの所に,鉄の棒が渡してある。この鉄の棒を手で握りながら,足場を頼りにトラバースする。数十メートル下の川底が丸見えである。怖いけれども,そんなことは言っていられない。無我夢中で,岩場をトラバースする。すると,すぐにまた恐怖の垂直鉄バシゴが現れる。もう登るしかない。夢中になって目の前の鉄バシゴを登る。今度は幅が20~30センチの鉄製のスノコが岩場に突き刺さるように取り付けられている。ヨコバイになってこのスノコを渡ると,また次の鉄バシゴが現れる。
 途中のスノコで,下ってくる2人連れとすれ違う。この2人連れは岩に張り付くようにして,カラビナで身体を確保しながらスノコに立っている。その2人の外側を回り込むようにしてすれ違う。まるで生きた心地がしない。
 

 

 一体,何本の鉄バシゴがあったのだろうか。無我夢中で登っていたので,ハッキリとは思い出せない。そして,15時丁度に最後の鉄バシゴを登り終える。実に30分以上も,ひたすら鉄バシゴを登っていたことになる。一体,どのくらいの標高差を登ってきたのだろうか。手元の地図で確かめるが,ハッキリとは読みとれない。しかし,多分,150メートル程度は一気に登ったことになりそうである。
 鉄バシゴを登り切ったところは,少し平らになっていて,全員が腰を下ろして休むことができる。一同,ホッとして一息入れる。登りに弱いドッジさんは,いつの間にか,皆よりもかなり遅れてしまう。皆よりも15分ほど遅れて,ドッジさんはSガイドにザイルで確保して貰いながら到着した。
 16時24分,再び歩き始める。
 今度は,通常の岩と礫だけの登山道である。登りやすい筈だが,この辺りから,私は何時もとは違った妙な疲労を感じるようになった。鼻水が止めどもなく流れ出す。身体の心底から疲労が湧いてくるような感じがする。私のすぐ先を行く消防署長やノシイカさんの歩きに付いていけなくなる。足腰の強いフクロウは,もうずっと前を歩いている。意気地のない私は,
 「ノシイカさん,少し休みましょうよ」
と弱音を吐く。
 ノシイカさんは,私の弱音を無視して,ドンドン先へ行ってしまう。ついに私は途中で,立ち止まって数分休憩する。ただ,ドッジさんが私より,さらにずっと遅れているのが救いである。私が休憩していると,ドッジさんを見守っていたSガイドが現れる。
 「ドッジさん,どうしていますか?」
私は自分のことを棚に上げて,Sガイドに質問する。
 「まだ,ずっと後ろですが,大丈夫ですよ。もう少しで小屋ですから頑張ってください」
と答える。
 私は歩き出す。
 遙か50メートルほど先に,ノシイカさんの後ろ姿が見える。ノシイカさんのさらに50メートルほど先に消防隊長が歩いている。何時もの私ならば,50メートル程度の距離ならば,簡単に追いつけるのだが,今日は勝手が違う。追いつくどころか,どんどんと離されてしまう。私は一人,喘ぐように登り続ける。もう,前の2人に追いつこうという意欲もない。ただ,惰性で歩き続けるだけである。
 氷河の谷を下って,反対側の斜面の中腹にグーベルグル小屋が見え出す。すぐそこに小屋があるように見えるが,歩いても,歩いても,到着しない。鼻水がとめどもなく流れだし,息が上がる。10メートル歩いては立ち止まる。私はひょっとして高山病に罹ったのかなと思い始めた。でも,この辺りの標高は,決して高くない。やっと,最後の曲がり角を曲がる。小屋まで,もう50メートルほどしか離れていない。この50メートルが難儀である。

<小屋が見え出すが・・ここからが遠い!>


<もう少しで小屋だ!>

 16時58分,私はやっとの思いで,グーベルグル小屋に到着した。先に到着していたフクロウ,ノシイカ,消防署長が,私を哀れむように拍手しながら出迎えてくれる。ガイドのピエールさんが,私を労るような仕草をしながら,登山靴の置き場を指示する。
 やっとの思いで,部屋に入る。部屋は通路を挟んで2段のベッドになっている。
 仲間が気を利かせて,
 「山欠菌さんは,風邪気味ですよ。声が変ですよ」
と言いながら,一番奥まった静かなスペースに寝るように勧める。私は心の中で,仲間の暖かい心遣いに,とても感謝している。
 消防署長が,私に,風邪薬とヨーカン一切れを分けてくれる。心遣いが泣けてくるほど嬉しい。
 看護士のノシイカさんが,消防署長の差し出す数種類の薬の中から,私の症状に合致した薬を選んでくれる。頼りになる。有り難いことである。
 疲労困憊した私は,そのままベッドに横になる。一同,部屋の外に出て,辺りの風景を眺めながら雑談しているらしいが,私は,一人,ベッドで休んでいる。ベッドにはマットレスが敷いてある。適当に柔らかで,寝心地はとても良い。寝具も清潔である。ベッドの長さも,背の高い白人に合わせてあるためか,十分に長くて,とても寝心地がよい。
 今日はCWXを履いていた。どうも窮屈である。CWXが大腿部の血行を阻害しているような気がしてならない。すぐにCWXを脱ごうとするが,ちょっとした弾みに両足が攣りそうになる。そろりそろりと時間を掛けてCWXを脱ぐ。
 そうこうしている内に,一番最後を歩いていたドッジさんが小屋に到着する。
  18時頃,夕食になる。
 余り食欲はないが,とにかくある程度食べておかなければ,明日,バテててしまう。うす緑色のスープと固いパン,それに固いポーク肉,フルーツポンチの夕食である。お世辞にも美味しいとはいえないが,山小屋の食事だから止むを得ない。

<華麗なる夕食?>

 喉が渇いている。やたらに水を飲む。
 トイレに立つ。
 不思議な便器である。どちらを向いて座るのか良く分からないが,大きなお皿状の便器に,しゃがみ込む方式である。一応,水洗になっているが,一物は簡単には流れない。そこで,壁際に置いてある柄付きの「たわし」で,孔の方に押しやる方式になっている。
 21時,就寝。
 こうして,驚きの一日が終わった。
                                                   (つづく)
「モンブラン登頂記」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/1207112dc1fdff4edeb4c34faeebd82c
「モンブラン登頂記」の次回の記事
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