『バベットの晩餐会』 ~貧しい芸術家はいない

2007-01-13 22:00:00 | 映画&ドラマ


 

 久し振りに『バベットの晩餐会』(87)を観た。何度観ても色褪せない作品だけれど、初めて観たときから、早やニ十年の歳月が経過しようとしている事実に驚いてしまった。映画がいつまでも瑞々しいのか、それとも自分が全く成長していないのか、おそらく両方当てはまるのだろう。やれやれ・・・

 『バベットの晩餐会』を観ると、いつもお腹がいっぱいになってしまう。まるで自分も一緒に飲んで、食べて、笑い、歌ったような気持ちになって、心が満たされるからだろう。でも、空腹時にはなるべく観ないことにしている。お腹が空いて空いてたまらなくなるから。『バベットの晩餐会』を観た後で、友達や恋人と食事に行くのもいいかもしれないが、自分の場合は、食後の満ち足りた雰囲気の中で見る方が性に合っていると思う。




【物語】 デンマークの田舎の漁村で、敬虔なプロテスタントの老姉妹が、フランス人の女中のバベットと暮らしている。二人は、牧師で預言者だった父の遺志を継いで、貧しい信者達に食事を配り、集会を開いては、賛美歌を歌い、父の教えを朗読し、祈りを捧げる日々を送っていた。
若い頃の姉妹は大変美しく、二人を目当てに若者達が教会に礼拝に来るほどだった。預言者の父は、二人が自分の両腕となって神に仕えることを望み、むらがる求婚者をことごとく拒絶した。姉のマーチーネは謹慎中の陸軍士官ローレンスと、妹のフィリパはパリのオペラ歌手のパパンと、それぞれ運命の出会いを果たすが、二人は信仰の道を選んだ。
数十年後の嵐の夜、フランス人の中年女性バベットが、パパンの手紙をたずさえて姉妹の元を訪ねてくる。手紙には、パリのコミューンで家族を殺され、命からがら亡命してきた彼女をよろしく頼むと記してあった。バベットはたちまち才覚を発揮し、二人にとって必要欠くべからざる人物になったが、14年後のある日、バベットの元にフランスから郵便が届いた。宝くじが当たって賞金1万フランが手に入ったというのだ。
「これでバベットはフランスに帰国するだろう」
覚悟を決めた二人に、バベットは「亡くなった牧師の、生誕100年記念の晩餐会をどうか自分に開かせて欲しい」と頼み込んだ。
バベットがフランスから運ばせた、ウミガメやウズラや牛の頭といった大量の食材を見て、質素な食事しかしてこなかった姉妹は恐れおののく。そして、信者を集めて、「自分たちがうっかり了承してしまったために、皆に魔女の料理を食べさせることになってしまった」と懺悔した。信者たちは、「料理について、何も見ず、味あわず、喋らない」ことを誓い合って、「サバト」に備えるのだった。
晩餐会には、将軍になったローレンスも、伯母と共に招待されていた。ローレンスは、「自分の人生は無意味で辛いものだった」と、過去の自分に問いかけた。

 12人の信者相手にバベットが用意した〈晩餐会〉は、質素なパンとワインによる〈最後の晩餐〉ではなくて、12人分でちょうど1万フランになる、パリの高級レストラン〈カフェ・アングレ〉のフランス料理だった。バベットは、パリ・コミューンが起きるまで、〈カフェ・アングレ〉の料理長を務めていて、「料理を恋愛に変えることができる女性」と、称賛されていた。彼女の料理は、多くの人々を幸福にしてきた「芸術」だった。
 彼女は、あらん限りの想いと、長年の経験と、芸術家としてのプライドをかけて、フランス料理など一度も食べたことのない人々を接待した。選んだ飲み物や食材の価値を知るローレンス将軍がその場にいなくても、彼女は疑心暗鬼にかられる人々の心を溶かし、皆の心を一つにまとめる奇蹟を演じたに違いない。
 この話は寓話だけれど、料理で心が溶かされてゆく経験をしたことがない人は、おそらくいないと思う。「おいしい顔」をしているとき、人は幸せなのだ。もてなす側が最高の食材を揃えるのは当然かもしれないが、それは見栄とか自慢ではなくて、客人に料理を食べて幸せになって欲しいという気持ちのあらわれなのだ。肝心なのはやはり「心」であり、そして会話だと思う。気の合った仲間達と会話を楽しみながらする食事ほど、「おいしくて」この世に楽しいことはない。




                   

(上)マーチーネとローレンス。お互いに心惹かれ合うが・・・
(下)フィリパとパパン。『ドン・ジョヴァンニ』から誘惑の二重奏「お手をどうぞ」を歌うが・・・


〈晩餐会のメニュー〉

*食前酒 アモンティヤード(シェリー)
1.海亀のスープ
2.キャビアのドミドフ風プリニ添え
*ヴーヴ・クリコ1860(シャンパン)
3.うずらのフォアグラ詰めパイケース入りソース・ペリグール
*クロヴージョ1845(ワイン)
4.季節のサラダ
5.チーズ・カンタル・フルムタンヴェーヌ・ブルーオーヴェルニュ
6.ラム酒風味のフルーツ・サヴァラン
7.新鮮なフルーツ(葡萄・パパイヤ・イチジクなど)
8.コーヒー
*コニャック〈ハイン〉




                                         




 晩餐会が終わり、星降る空の下、人々は満ち足りた気持ちで手をつなぎ歌を歌いながら家路に着き、ローレンス将軍は感極まって、「今夜、私は知りました。この美しい世界では何もかも可能なのだと・・・」と、マーチーネに告げる。フィリパもまた、その昔パパンと歌ったときのように艶のある美しい声で、賛美歌を歌った。料理で奇蹟をもたらしたバベットは、クロヴージョをグラスに注ぎ、一人祝杯を上げた。
 晩餐会が終わって、バベットがたった1度の晩餐会で1万フランを使ってしまったことに驚いた姉妹は、申し訳なさそうな顔で、バベットに言った。
「それでは、あなたはこの先ずっと貧乏のままだわ・・・」
 バベットは胸を張って、二人にこう答える。
「貧しい芸術家はいません」




フェルメールの絵のような画面と最高のおもてなし・・・
公開時のコピーは確か、「天使の味を召し上がれ」
国内盤DVDは廃盤だとか・・・上のDVDはリージョン1の米国盤。  


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