『子供の情景』 ~子供たちは大人から暴力を学ぶ

2009-07-07 23:57:30 | 映画&ドラマ



 テレビや新聞では報道されないアフガニスタンの現実を、一人の少女の足どりを追いかけながら描いたハナ・マフマルバフ監督の『子供の情景』(08)を観た後で確信を持って言えるのは、「子供たちは大人のつくった世界で生きている」ということだ。ごく当たり前の話だが、だからこそ、大人たちには大変な責任があるということを、改めて問いかけられた。
 この映画には、タリバンを真似て戦争ごっこをする男の子たちが登場する。無慈悲で残酷で狂信的な彼らは、テロリスト予備軍といってもよく、気に入らない友達や女子を機関銃に見立てた枯れ枝で脅し、アメリカのスパイだと決めつけ断罪し処刑(ごっこ)する。
 彼らの死んだ魚のような瞳は、一般的な子供の瞳からかけ離れている。目を吊り上げ、口から泡を飛ばすような勢いで、犠牲者を吊るし上げる様子は醜悪で、不快を通り越して本物の恐怖を覚える。だが、似たような遊びを、我々もまたしなかっただろうか?(例えば『コンバット』のサンダース軍曹に扮して)
 となれば、これは極めて普通の情景でもある。他の国ならば、彼らは(基本的にはあってはならないことだが)普通に見かける「いじめっ子」の一人に過ぎないのだろう。

 30歳以下のアフガニスタン人は平和な時代を知らない。1979年の旧ソ連軍によるアフガニスタン侵攻に端を発し、今日まで紆余曲折があったものの、戦争が常態化されてしまっているのだ。これほど不幸なことがあるだろうか?
 一度は崩壊したタリバンを復活させたのは、タリバンを倒した筈のアメリカ軍だ。アフガニスタンをテロとの戦いの主戦場として爆弾の雨を降らせ、オバマ政権になってからは地上部隊も増援しているが、それらは「憎しみ」という火に油を注いでいるに過ぎないのではないだろうか? 
 ところで、日本は確かに平和な国ではあるが、「子供たちは大人のつくった世界で生きている」ことに対して自覚を持ちながら行動してきたとは到底思えない社会を目の当たりにしており、その意味では五十歩百歩だ。『子供の情景』は、そんなところでも胸に突き刺さる映画だった。

 ハナ・マフマルバフは、イランの大監督モフセン・マフマルバフの次女で、7歳のときに父の監督作品『パンと植木鉢』に出演している(姉のサミラも国際的に高く評価されている映画監督)。小さい頃から映画漬けだったハナだが、まだ二十歳の女性だ。カエルの子はカエルと言うけれど、彼女の若さに驚かされる。
 2006年、彼女が18歳のときに、本作の撮影をアフガニスタンで開始した。最初の構想では、6歳の女の子が、隣に住む男の子が面白い話をするのを聞いて、学校に通いたいと思い、学校に通うにはまずノートと鉛筆がいると聞かされ、どうにかしてそれらを手に入れ、何とか学校にたどり着く(男尊女卑が激しい国でもあり、女子の通える学校は少ない)という物語を通して、今のアフガニスタンが抱えている問題や文化といったものを浮き彫りにしようと考えていたようだが、アッバス・キアロスタミ監督の傑作『友だちのうちはどこ?』まがいの(より詩的にしたような)出来になり、自分が作りたかったのはこういう話ではないと思い、バーミヤンに行き、そこで見たものを物語に取り入れたという。
 この映画は大人の前に置いた鏡であり、「これでいいんですか?」と問いかける映画だと語っているが、正にその言葉どおりの映画だった。


 インタビューに答えるハナ。長編第一作が高い評価を受け、今後も期待大! ついでながら、『子供の情景』同様キャスティングの奇蹟(どうしたら、彼らを見つけられるのか? 彼らを見つけたから物語が語れるのか?)も含めて素晴らしい『酔っぱった馬の時間』『亀も空を飛ぶ』(バフマン・ゴバディ監督)、『アフガン零年』(セディク・バルマク監督)も、機会があったら是非ともご覧ください。


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