アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

黄金のバックル

2014-12-31 09:34:16 | 刑事コロンボ
『黄金のバックル』 ☆☆★

 今年もついに大晦日となりました。私も昨日まで仕事に忙殺されていましたが、なんとか一区切りつき、今日は心静かに過ごしたいと思います。皆様も、良いお年をお迎え下さい。

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 刑事コロンボ39番目のエピソード、『黄金のバックル』。今回は同族経営の美術館における殺人で、犯人は女性館長、被害者はその弟である理事と警備員。美術館は財政難から維持が難しくなり、理事は美術館を売り払うことにするが、一生を美術館経営に捧げてきた姉ルースはそれを許せず、犯行に及ぶ。彼女はぐうたらで盗癖のある警備員をクビにする際に、「保険金が欲しいから美術品を盗み出すふりをして欲しい。金を払うからあなたは国外に逃亡して新たな人生を送ればいい」と持ちかけ、夜中に美術館に侵入させ、射殺する。そしてその場にやってきた弟も射殺し、二人が撃ち合って死んだように見せかける。泥棒とそれを発見した理事が殺しあった、というわけだ。

 本エピソードの原題は「OLD FASHIONED MURDER」で、そのタイトル通り古風なミステリのムードが横溢している。音楽もいつもより哀愁漂う感じだし、舞台となる美術館の中は重厚で、静謐で、薄暗く、経営するリットン一族は名門。そして特に、犯人ルース役のジョイス・ヴァン・パタンが陰翳と気品がある演技で観るものを惹きつける。

 ルースは館長として美術館に誇りを持っているが、その裏で、若い頃から美しく、皆にちやほやされてきた姉にコンプレックスを持っている。ルースも決してブサイクではなく、それどころか結構美人だと思うが、自分は男に相手にされず、姉の引き立て役に甘んじてきたという鬱屈がある。それは冒頭の理事との会話から仄めかされるが、後のコロンボとの会話によって、生涯で唯一自分が愛した婚約者を姉に獲られたというものすごい事実が明らかになる。それでも彼女は姉や姪と同じ家に住み、頼りない姉や姪を助け、一族を支えるという役目を担ってきたのである。さすがのコロンボもこれには驚く。今回のエピソードにはそのような心理的な背景があり、その悲劇的な翳りが全体の品格を高めている。

 しっとりした物悲しい雰囲気が良いだけでなく、犯罪もかなり込み入っていて面白い。込み入っているがゆえに、コロンボの最初の現場検証でさまざまな不審点が出てくる。死んだ警備員の服装、虫に食われたような後、一つだけポケットに入っていた盗品、意味不明のメモ…。実際、コロンボがこれは計画殺人だと断言するまでの前半はかなり面白い。特に、その断言の根拠となった、ルースが現場の電灯を消したミスは致命的で、かつ、その伏線を冒頭シーンで張ってある(ルースは節電が癖になっていて、勝手に電灯を消したことを弟に注意される)のは丁寧だ。

 しかし、その後がいけない。ガクンと失速する。コロンボの発見はほぼ電話の時刻が偽装されていたこと、バックルの件の二つだけだ。あのルースが姪に罪を着せようとする展開も違和感たっぷりだけれども、仮にそれが彼女の本心だった(彼女は姪を愛していなかった)としても、あのバックルによる最後の詰めがあまりにも弱い。シリーズ中一、二を争う詰めの弱さだ。コロンボが立証したのは、ただバックルが盗まれていなかったということだけである。状況証拠によってルースが嘘をついた、姪に罪を着せようとした、までは想定できるとしても、殺人そのものとは直接結びつかない。

 ただ、その代わりにと言ってはなんだが、コロンボはルースと姉に関わる過去の事件の真相も解明する。最後に、観念したルースは今回の殺人を認めるかわりに「過去の事件は嘘だと言って」とコロンボに迫る。コロンボは「嘘です」と前言を翻す。このやりとりは緊張感があって良い。悲劇的な過去、という本エピソードの趣向が貫かれている。また、姪のジェニーが、叔母様はこれまでずっとみんなを助けてくれた、あなたは何も分かっていない、とコロンボを非難するところが、またこの一家の人間関係の複雑さ、ルースの屈折を暗示していて悪くない。

 後半、特に詰め部分があまりに弱いという決定的な欠点があるけれども、雰囲気は良く、個人的には嫌いではないエピソードだ。これで後半の組み立てがシリーズの水準程度であれば、と思うと実に惜しい。



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