江戸前ラノベ支店

わたくし江戸まさひろの小説の置き場です。
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鬼-第7回。

2017年01月21日 23時06分57秒 | 
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-記憶の奥底に-

 太郎は老婆が居るはずの部屋を目指して進んだ。暗闇の中をすり足で、慎重に、慎重に──。
 そしてその部屋に近付くと、蝋燭の物らしき弱々しい光が、襖(ふすま)の隙間から漏れ出ているのがようやく見えて来る。
 久しぶりに見る光に、太郎は一瞬安堵した。だが、照らし出された自らの足が、そしてその足が辿ってきた跡が、赤く汚れていることに気付き、体を硬直させる。
「ヒッ!? 血っ!?」
 やはり先程太郎が踏みつけたのは、何者かの死体だった。それが人か、はたまた動物の物なのかはまだ分からないが、普通に考えれば家の中に動物の死体が落ちている筈もない。彼にとって最悪の事態が起こっているのはほぼ確定的だった。
「婆ちゃん!? 婆ちゃんっ!?」
 動転した太郎は、まだ生存している筈の老婆がいるであろう部屋へと飛び込んだ。最早今の彼に頼れる大人は、もう彼女しか残されていないのだ。
 しかし太郎は、再び体を硬直させる。薄暗い部屋の中央にポツンと正座する老婆の顔──それを確認した瞬間、彼は大きな違和感を覚えた。老婆の顔からは表情が抜け落ち、まるで人間らしさを感じさせなかったのだ。
「ば……婆ちゃん……?」
 言いしれぬ不安感に戸惑う太郎。しかし、老婆は惚けた調子で、
「太郎かい? オラぁ思い出したことがあるんだぁ。遠い遠い昔のことだぁ」
 ──と、今のこの状況には似つかわしくない昔話を始めようとしていた。
「ば、婆ちゃん! 今そんな話をしている場合じゃ──」
 太郎が今聞きたいのは昔話なんかではない。この家で一体何が起こったのかということと、家族の安否だ。だが、老婆の様子は明らかにおかしい。あるいは何か衝撃的な体験をして、正気を失ってしまったのではないか。それが事実ならば、もう話を聞くどころではない。しかし──、
「それはなぁ、鬼の話の続きだぁ……」
「え……!?」
 老婆の口からこの状況を生み出したと思われる存在の名が出た。獣が民家に侵入してまでして人を襲うことはそうそうある物ではない。ならば、太郎が先程霧の中で経験したことが、この事態に直結していると考えるのはさほど不思議な話ではなかった。だから彼は、老婆を問い質すことを一旦止めて、その話の続きを大人しく聞くことにする。
「お……鬼がどうしたの?」
 もしかしたらあの霧の中にいた鬼が、どういう訳かこの家まで辿り着き、家族を襲ったのではないか──太郎はそんな最悪の想像を確信に変えつつあった。ただ、そのことが老婆の昔話と直接関係があるのかどうか、それはまだ分からない。本来ならば昔話はただの昔話に過ぎないからだ。
 それでも今は、老婆の話を聞くことでしか、この状況を動かす術はなかった。
「その昔、一匹の鬼がいたんだぁ。鬼はとても長生きで、酷く退屈していた……。
 そこである時鬼は、人間に目を付けた。鬼にとって人間は殺して食うだけの獲物に過ぎなかったけんど、その人間を暇潰しに飼ってみることを鬼は考えたのさぁ。
 でもなぁ、捕まえた人間は獣の肉を与えても食わないし、ひたすら泣き暮らして最後には衰弱死するか、頭がおかしくなって暴れ回り、手が付けられなくなったから……と、鬼に殺されしまうか……。とにかく、まともに飼うことなんて出来なかったんだぁ……」
 老婆の奇怪な話は続く。しかし太郎には、その話が今この状況と何の関係があるのか分からなかった。
 それに老婆は、まるで自身が直接見聞きしてきたように語っているように感じる。それは一体何故なのか──太郎の脳裏には様々な疑問が浮かんでは消えていくが、老婆の異様な雰囲気に呑まれて声をかけることができなかった。
「やがて鬼は、人間は人間の世界の中でしか生きられないことを理解したんだぁ。だから鬼は別の視点から人間を観察することを思い付いたのさぁ……」
 老婆の語る物語は、いよいよ佳境を迎えようとしている。それは太郎にとって、
「つまり、鬼自身が人間の生活の中に潜り込んでみる……ってなぁ」
 ──絶望的な真実の物語であった。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

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