江戸前ラノベ支店

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斬竜剣10-第6回。

2015年06月18日 00時22分49秒 | 斬竜剣
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―奔る紅蓮―

「カアァァァァーッ!!」
 苛立ちの入り交じったリチャードの雄叫びが周囲に轟き渡る。
 彼は先ほどからフラウヒルデに対して有効なダメージを何1つ与えることができずにいた。それどころか自身が今何人の敵と相対しているのか分からなくなるほど混乱しつつある。
 だが、フラウヒルデもまた、リチャードの強固な皮膚を未だ斬り裂けずにいた。
(……『無形陣』は面白いように効いているが……、このままでは攻撃に集中しきれんな……。剣に全てを集中すべきか……)
 フラウヒルデにわずかな迷いが生ずる。どの道、敵を惑わせて翻弄する忍びの術、『無形陣(むぎょうじん)』を続けたところで、それが破られるのは時間の問題だ。ただフラウヒルデが放った気配を無視して、何か別の方法で彼女の動きを捉えようとすれば、それだけで彼女にとっての有利な今の状況は一気に崩れかねない。
 尤も、並の人間ならば元より備えた技能――例えばメリジューヌのように相手の発散する体温を読み取る術など――が伴わなければこの『陣』を破ることは不可能に近い。それらの技能は一朝一夕で身に付くものではないからだ。打開策を閃いてもそれを行動に移せなければ意味が無い。
 だが、リチャードは気付きさえすれば、今すぐにでも対策を講じることができる。彼は最早人間では無いのだ。
「っ!!」
 フラウヒルデの放った斬撃をリチャードの刃が受け止めた。死角からの攻撃だったのだ、本来ならば受け止められるはずが無い。だが実際には彼女の放った斬撃は死角を突いてはいなかった。いや、最早彼には死角が無かった。
「もうくだらない手品は効かんぞ……!」
 リチャードは獰猛な笑みを浮かべる。そんな彼の全身にはいくつもの瞳が浮かびあがっていた。これによって全方位を見渡せるようになった彼の視覚に、最早隙は無い。
「……案外早く気付いたな」
 フラウヒルデの顔にわずかな苦笑いが浮かぶ。が、さほど動揺は無い。早い段階で『無形陣』が破られるのは想定の範囲内だ。
「だが、少々意外だな。無形陣を破るとしたら、もっと簡単な手段を使うと思っていたのだが……」
「簡単な手段? それはこれのことか?」
 リチャードが嗤う。その瞬間、彼の身体が光に包まれたように見えた。全身に形作られた無数の瞳が、あらゆる方向に向けて一斉に光線を撃ち放ったのだ。
 そう、周囲を無差別に破壊し尽くせば、相手の動きを読む必要など無い。
「きゃああああっ!」
 メリジューヌ達の間近にもリチャードの撃ち放った光線が着弾し、凄まじい爆発を引き起こす。衝撃によって吹き飛ばされ、地面に倒れ臥したメリジューヌは次の瞬間、自身にのしかかる存在に気が付いて小さく悲鳴を上げる。
「シ、シン!?」
 そこには血にまみれたシンの姿があった。彼は自身よりもメリジューヌの安全を優先して彼女を庇ったのだ。
「お怪我はありませんか、殿下……?」
 シンはメリジューヌを気遣うように笑った。
「あ、あなたこそ……!!」
 メリジューヌの瞳が涙で潤む。シンはかなりの重傷を負っているように見えた。
「今すぐ手当を致します。あなたは寝ていなさい」
「私のことなぞ放っておいて、殿下はご自身の安全を優先して下さい。また攻撃が来ないとも限りませぬ故……」
 シンはメリジューヌを護る為に立ち上がろうとした。だが――、
「自分の命を一番に考えなさいっ!!」
 メリジューヌが珍しくも怒声を張り上げたので、シンは立つことができなかった。
「私よりも先に死ぬようなことは許しません! もうこれ以上私を悲しませないでください! これは命令ですっ!」
 そう泣きながら訴えるメリジューヌを前にシンは返すべき言葉を失った。
「はい……」
 シンはやや気恥ずかしそうにしながら、静かに身体を地に横たえた。そんな彼に対して、メリジューヌは手早く治癒魔法を施し始める。
 その脇で、
「お、お2人で盛り上がっているところを悪いのですけど……わ、私も居る……のですが……」
 アイゼルンデが半分気を失いそうになりながら血だるまで地面に転がっていた。下手をするとその受けたダメージはシンよりも大きそうだ。
「あ……」
 ここにいたって、ようやくその存在を思い出したメリジューヌが、顔を真っ赤に染めながら慌ててアイゼルンデに駆け寄る。シンの為にそこまで冷静さを失っていたのかと思うと、なにやら恥ずかしさと戸惑いで一杯な心境であった。
 だが、その所為で治療を受けるのが遅れたアイゼルンデは、それ以上意識を保つことができなかった。おかげで彼女は『河原』で憧れのベルヒルデと対面することができた。数年前に亡くなった父にも会えた。
「夢のようだった」
 と、後(のち)にアイゼルンデはそう語ったという。本人はまんざらでもなかったようだが、何とも不幸を一身に背負ってしまう少女であった。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

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