どこの国の政府も戦場の実相は国民にひた隠しにする。マスコミも戦争の過酷さ、悲惨は伝えない。いくら訓練を受けて戦場に送りこまれても、普通の人間は、はじめて人を殺し、傷ついた死体をみれば、みな自分の魂が壊れたと思う。目に見えても見えなくても兵士たちは必ず全員ダメージを受けて帰ってくる。米国防総省はこの先、精神的治療が必要になる兵士は10万人を越すだろうと予測している。
米兵は兵役中は国防総省の傘下だが、帰国すると「帰還兵」という立場になり、VA(Veterans Association=退役軍人協会)と呼ばれる機関が全て面倒をみる仕組みになっている。帰還兵がVAによって受けられるサービスの内容は、戦争でダメージを受けた心と体のケアから、再就職の手伝い、家賃が払えない帰還兵には無料でアパートを提供するなどさまざまだ。ところがブッシュ政権は、イラク戦争が始まってから、軍備・戦争予算と軍のリクルート予算を増やす一方で、毎年一億ドルずつVAの予算を減らしていった。その結果帰還兵のための病院が多数閉鎖され、医療機器やスタッフ不足に苦しんでいる。ニューヨーク州では現在診察予約が取れるのが一年先の状態だ。(堤未果『アメリカ弱者革命』海鳴社2006)。
罪のない一般市民や女性、子供を殺してしまったイラク帰還兵の多くは戦場体験を契機とする精障的後遺症(PTSD)に襲われ、なかなか正常な日常生活、社会生活に戻れない。ブルックリンにある専門学校を卒業してすぐ入隊したハロルド・ノエル(25)は、2003年の8月にイラクから帰国して以来、ニューヨークの路上で生活している。「帰国してからひどいPTSDに悩まされてる。不安症や不眠症、一番きついのは怒りの抑制ができないことなんだ。誰かが背後に立つだけでものすごい恐怖を感じて、先に手がでちまう。こんなんじゃ仕事は続けられない。妻は二歳の息子を連れてホームレスシェルターにいるよ。俺はいつまでたっても入れない、帰還兵だからね」「この国の政府は、イラクで戦って帰ってきた俺たちに野たれ死ねっていっているんだよ」
米国のホームレスシェルターの申請には優先順位がある。家庭内暴力を受けた女性が最優先だが、「帰還兵」は項目に入っていないため、申請してもリストの一番後ろに回されるのだ(堤未果 同上)。
ホームレスとなった退役軍人の多くに、強いアルコール、薬物依存が見られる。精神的なダメージをそのような方法でしか癒すことができないのだ。ベトナム症候群(ベトナム・シンドローム)、湾岸シンドロームそしていまイラク帰還兵のイラク・シンドロームである。
2005年8月に自殺した自衛隊第11師団司令部所属の三佐は「郊外のさびしい山中で、車に練炭を入れて一酸化中毒死した。イラクでは警備責任者の中隊長だった。政府はサマーワを『非戦闘地域』というが、実際には迫撃砲やロケット弾が撃ち込まれ、心労と緊張は頂点に達していた」「イラクで自衛隊が米軍に誤射されそうになったこともあり、帰国して日米共同演習のとき、『米兵には近づくな、殺される』と騒ぐなど異常な言動をみせていた」という(「しんぶん赤旗」同上)。
国を守るため、家族を守るためといわれて戦場に送られる兵士たち。真実は、支配階級の特権的利益を守るために捨石にされたと気づいたとき、かれらを待っているのは過酷で悲惨な運命である。
安倍首相は、米軍の新たなイラク増派策を無条件で支持し、「(国際貢献で)自衛隊の海外派兵はためらわない」(NATO理事会で安倍首相)と、自衛隊の海外派兵のいっそうの推進を表明した。自衛隊OBの一人は「自衛隊の海外派兵は憲法違反であり、イラク派兵のような海外活動が増えれば、一般隊員を危険にさらし、さまざまな犠牲を強いることになる。“一将功成り万骨枯る”という悲惨な海外派兵=海外活動の本来任務化は絶対反対だ」と話している(「しんぶん赤旗」同上)。
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