どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ385

2009-02-03 23:02:31 | 剥離人
 薄暗い空、肌に触れる冷気、霜が降りているフロントガラス。

「キュキュッ、グロぉおおおん」
 私にとって三台目の社有車であるトヨタ『カルディナ(ライトバン)』のエンジンキーを、ドアを開けた車外から捻る。
 二台目の社有車もトヨタのカルディナだったが、そいつはN市の都市高速のS字コーナーで、ルパン三世が運転する車の様に、それは見事に空を飛んだ。私の体は無傷だったが、カルディナ初号機は大破し、警察の高速隊員には、
「よ、良く生きてましたね、しかも無傷で…」
 と真顔で言われた。
 ちなみに巻き込んだ車はゼロ、被害は高速道路の中央分離帯と路面の擦過痕のみという事で免責扱いになり、減点も罰金も弁済金も一切無し、つまり『豪快な自損事故』扱いだった。事故としてカウントをされないので、何故かゴールド免許もそのまま更新されてしまい、一番本人が不思議に思った。たぶん現在の交通法規の盲点だ。

「ドボドボドボ…」
 暖機運転は近所に迷惑なので、お湯を入れたペットボトルでフロンガラスの霜を除去すると、すぐさま車に乗り込む。
「バンっ!」
 ドアが閉まった瞬間、私の鼻腔を強烈な灯油臭が襲う。
「ガッデム…」
 私はアメリカ人ではないが、そんな気分だ。

 十五分ほど走ると、ハルが住んでいる賃貸アパートの前に到着する。
「おはよー!」
 ハルがすぐに玄関から出て来た。
「バンっ!」
 車のドアが閉まった瞬間、ハルが変な顔をした。
「木田さん、何?この臭いは」
「えー、灯油です」
「っちゃあ、それは分かるけど、どうしてこんなに強烈な臭いがするのよ」
「えー、実はですね…」
 私は車を発進させると、昨夜起こったことをハルに説明した。
「でもさ、なんであんな物が引っ繰り返るのよ?ちゃんと縛ってなかったの?」
 ハルは後ろを振り返るが、ロボ暖くんはすでに私の家に下ろしてある。
「だってねぇ、あんなに重くて安定してるヒーターが、普通は引っ繰り返ると思います?」
「いや、確かにネ」
「でもね、理由が分かったんですよ」
 カルディナは高速道路のインターに入り、車のスピードが上がる。
「引っ繰り返った理由?木田さんが物凄いスピードで曲がったんじゃないの?」
 ロードノイズに負けないように、ハルの声がやや大きくなる。
「いやいや、違うんですよ、原因はロボ暖くんの脚なんですよ」
「脚?」
「ええ、ロボ暖くんの前脚は、小さい車輪が付いてますよね」
「そうだね、あれで移動させるんだもんね」
「後脚がどうなってたか憶えてます?」
 ハルは少しだけ考えたが、すぐに首を左右に振った。
「後脚はね、鉄パイプがR加工されてるんですよ」
「えー?どんな形だっけ?」
「英単語の『C』をひっくり返した形状ですよ」
「んー?」
 ハルは頭の中で思い出そうとしている。
「ああ、こうなってるよね、こういう風にさ!」
 ハルは指で空中に脚の形を描く。
「そう、その形状ですよ。つまり、ちょっとスピードを出して右折したら、遠心力の影響で重心が後にか掛かって…」
「ああ、その丸い部分に沿ってひっくり返っちゃったの?」
「そういう事です」
「うひゃひゃひゃひゃ!そりゃ大変だね」
「いや、引っ繰り返ったのはまだしも、灯油が漏れ出したのが痛かったですね」
「で、この車が強烈に灯油臭いってこと?」
「申し訳ないです…」
 私は素直にハルに詫びた。
「今日の帰りにカーショップに寄って、強力な消臭剤を買いますんで」
「うひゃひゃひゃ、そうした方がいいねぇ。ところでさ、今日だっけ?社長が現場を見に来るのって?」
「あー、そうですね、今日でしたね…」

 この日は、我がR社の社長が、コンクリートのハツリを見学に来る予定だった。
 




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