活版印刷紀行

いまはほとんど姿を消した「活版印刷」ゆかりの地をゆっくり探訪したり、印刷がらみの話題を提供します。

栗羊羹のシーズンだ

2016-11-03 14:34:46 | 活版印刷のふるさと紀行

 岩手県奥州市の御菓子司回進堂の岩谷堂羊羹「くり」を食べました。奥州市がどんな町か知りませんし、岩谷堂羊羹も初見でした。ごらんのようにパッケージは古めかしい、よくいえば風格があって食べる前から期待をもたされたのですが、旨かった。おおきな栗が入っているのに、羊羹の味を損なうことなく、バイプレーヤーとして完璧、つまり、極上の栗羊羹でした。高島屋の催事で求めました。

 栗羊羹というと、私が愛してやまないのは浅草の「にしむら」のそれです。が、この回進堂にも一目おくことにします。もう一度、このシーズン中にめぐりあいたいもの。

 実は私の羊羹好きは父親譲りです。いまでも目をつむると、和服姿の父が、陶工だった祖父の焼いた独特の釉の大きな火鉢にかかった鉄瓶の湯から無造作に茶をたて羊羹で一服の図を思い出します。住まいは愛知県の岡崎でしたから羊羹は旭軒のでした。たまに到来ものの東京のとらやの羊羹に接すると大事にひとりじめしておりました。

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ハローウィンが終わって「文化の日」

2016-11-03 13:53:10 | 活版印刷のふるさと紀行

 10月の月末はまさにハローウィン狂騒の日々でした。とくに今年は仮装のオンパレ。3~4年前まではショーウィンドウの。飾りつけなどで、何となくカワユイと好感をもっていたのにと、いささかあきれ気味。

 そして11月、「文化の日」、たしか70年前の新憲法公¥布が由来であったはずですが、どうも文化の日というネーミングは芳しくなかったのではと思わされます。この3~4日、メディアをにぎあわしている沖縄の人たちのヘリパッド反対闘争をみるにつけても「憲法を護る日」としておきたかったと思います。

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東京・中央区の産業文化展をのぞく

2016-10-31 11:48:49 | 活版印刷のふるさと紀行

 すっかり秋めいてきた休日、勝どきのトリトンスクェアで開催されている産業文化展をのぞいてみました。今年で19回目と聞きました。晴海運河ぞいのプロムナードでピーターラビットの「花じゅうたん」が出迎えてくれました。クレーンを使った高所観覧車?で子どもたちがキャーキャーいいながら何枚もの花じゅうたんの景色をたのしんでいました。高所恐怖症の身では無理。

 さて、目的の『へそ展』会場トリトンスクェア グランドロビーに直行。中央区は日本一の産業・文化の中心、時代のマンナカにあって”シン”のある中央区と区長の弁、なるほど、うれしいのは協賛企業の大半が印刷・製本でうまっていたこと、2日目にはミズノ・プリンティングの水野雅生社長の講演もあること。

 ただ、残念なのは「印刷産業」はこうした場合もわかりやすい展示をして観客に簡単に見せることができないことです。わずかに製本コーナーで白紙を製本したノートが人気を集めておりました。私、日本のへそ、福井県出展のコーナーで「焼きサバ」を求めて帰ってきた次第、ごめんなさい。

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天の夕顔

2016-10-11 11:47:30 | 活版印刷のふるさと紀行

 夏からいっきに秋になったような体育の日、あちこちから聞こえる運動会のにぎゃかな音にひかれて散歩に出ました。このところかわいそうに叩かれ続けてすっかり色あせた感じの豊洲の町を選びました。

 築地市場の移転の問題から豊洲の町全体が有毒土壌の上に広がっているような印象で受け止められているのは残念です。高層ビルと緑の多い、若者と 子どもの声が響く元気であたらしい東京のイメージが横溢している町なのに。晴海通り沿いのレストランの前でふと見上げると夕顔が金網に巻き付いて意外にきれいでした。夕顔は夏の花でした。

 そこで、ふっと思い出したのが『天の夕顔』、戦前の中河与一の小説です。横光利一などと同時代の人ですが新感覚派でしたが、私にとってはすばらしい作品で何度も読みました。おそらく、もう、書店にはないでしょう。その中河与一の天の夕顔からもうひとつ、なんども読んだ作品を思い出しました。江馬 修の『受難者』です。こちらもページが擦り切れるほど読みました。

 どちらも、あえて、あらすじは紹介しません。はげしい恋愛小説です。

 

 

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伝統の未来って

2016-10-10 12:14:14 | 活版印刷のふるさと紀行

 会期が6日間と短いので気になっていた日本デザインコミッティの企画展「伝統の未来」の最終日にギンザ松屋に飛び込んで来ました。今年1月から順次開催されてきた小展の集大成という触れ込みです。

 「伝統の未来」というこの展覧会のタイトル、気になるのは私だけでしょうか。木工、金工、漆器、陶磁器、刃物、紙、染織、建築などの日本の伝統工芸を未来資源として再確認するというのが開催趣旨ならば、「日本の伝統工芸こそ未来資源」というようにわかりやすいタイトルにすべきではないでしょうか。

 会場ではアーカイブ展示物が人気を集めておりました。たとえば、角がすり減った木製の小物入れなど。まさか「カワユイー」とはいっていませんが、そんな表情でスマホをパチパチやっている若い女性の多いこと。私なんか、子どものころ田舎のおじいさんの家でよく見たもので、「懐かしい」感は大アリでしたが。

 酒のコーナーと旅館のブースはちょっと異質でした。もっとも日本酒のラベルがいっぱいのディスプレは気になりましたが。それと、わたくしにとっては身近な印刷の領域でこんな伝統工芸の展覧会ができたらなと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、手仕事による伝統的な出品物には魅力的な作品がたくさんありました。とくに日頃、こういう機会でもないと接することの少ない金工、染織、紙などに目をとめました。伝統工芸、たとえば私にとって身近な印刷にあってもこういう領域での展覧会がほしい気がしました。

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シェリーを楽しむ

2016-09-11 12:42:58 | 活版印刷のふるさと紀行

 はやくも9月の終わり。個人的なことで恐縮ですが、この夏は暑さも暑さでしたが体調を崩してあまり〈いい夏〉ではありませんでした。それにオリンピックのテレビ観戦はともかく、台風による大水で多くの人が苦しんでおられるニュースは見ているだけでもつらい夏でした。

 多少、歩行が楽になったので、ひさしぶりに町歩きに出ました。近くの酒店で最近ブームの日本酒「獺祭だっさい」のコーナーからワインコーナーに目を転じたら懐かしい赤ラベルのシェリーを見つけました。「フィノ・キンタ」でした。もともと、シェリーをキンキンに冷やして、食前・食中にたしなむのが大好きですし、この銘柄には思い出がありますので、さっそく求めました。

 ずいぶん前の話ですがマドリッドで「日本のポスター展」を催したとき、顧問役をお願いした田中一光さんが大のシェリー好きで毎晩このフィノ・キンタを所望されました。もう、亡くなられてから何年になるでしょうか。

 それから、ずっとあとですが、このシェリーのふるさとヘレスを訪ねたことがあります。真っ先に「ティオ・ペペ」の工場を見学しました。シェリーのスペイン語は「ピノ・デ・ヘレス」だったと思いますが、遠くからティオ・ペペの人なっこいブランド看板を見たときは妙にウキウキし、見学者用売店で日本で見かけないような瓶を買いました。へレスのフラメンコも町歩きも愉快でした。

 さて、体調を考え、今夜はグイ飲みは控えて、ライムかなんかを添えたのカクテルで楽しみましょうか。

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天正遣欧少年使節の肖像画の話

2016-08-11 14:11:10 | 活版印刷のふるさと紀行

 暑いときは難解な本に取り組むのに限るというわけでもないのですが、「経済学古典の将来とその受容」というタイトルの京都大学の松田 博先生の著作を書棚から取り出しました。サブタイトルに━スミス『国富論』初版、マルクス『資本論』初版の所蔵状況を中心に━とあります。

 以前、私が千々石ミゲルの本を出すとき表紙のデザインにミゲルの画像がほしくて、京都大学の図書館所蔵の天正遣欧使節の図像の使用許可をいただく斡旋を松田先生にお願いしたのがお目にかかったさいしょでした。

 松田先生は古典籍研究会でも活躍しておられ、その後もいろいろ教えていただきました。その中でとくに参考にさせていただいたのは、少年使節が滞欧中、あるいは帰国直後に彼らに関する書物はヴァリニャーノが書いて使節たちが帰国する途中でマカオで出版した「遣欧使節対話録」以外、日本で出されたものは一冊もありません。おそらく切支丹弾圧の影響もあったのでしょう。

 それに対してヨーロッパではローマ、ヴェネチュア、ミラノをはじめ各地で、使節がローマ法王の謁見を受けた1585年から16世紀中に日本の使節もの約80冊は出版されているといい、それらの書物の表紙だけのコピーを先生から頂戴したときは本当に驚きました。いかに、日本の少年使節の到来が当時のヨーロッパではセンセーショナルな出来事であったかです。

 ところで、この有名な少年使節の図版ですが、ドイツのアウグスブルグで印刷された木版画で、京都大学の第11代総長浜田耕作博士がオランダのナイホフ書店で購入、所蔵されていました。1952年にご子息が京大図書館に寄贈されたといいます。

 かなり高額な買い物だったらしいのですが、━7月25日ミラノ到着、8月3日出発の日本王侯㈣青年の来往━という記述があるそうですが、この肖像画のひとり、ひとりの名前が入っていたわけではありませんから、確定にいたるまで、かなり悶着があったようです。

 ちなみに、中央は使節の補導役のメスキータ司祭,上段右が伊東マンショ、左が中浦ジュリアン、下段右が千々石ミゲル、左が原マルチノです。少年使節はドイツに行っておりません。オランダとも縁はありません。なのに、アウグスブルグの新聞がどうしてこの肖像画入りで記事にしたのか知りたいし、オランダの書店が高値で売ったのかも知りたいものです。この木版画を印刷したのはアウグスブルグのミヒャエル・マンガーで1586年とのこと。

 




 


 

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リオの思い出

2016-08-06 16:57:14 | 活版印刷のふるさと紀行

 いよいよ、今日、はじまりました。カラフルな開幕イベントをテレビでみながら無事に五輪が開会出来てよかったと思いました。ブラジルの政局不安、経済の混乱、開催都市リオの治安悪化、選手村のトラブル、ロシア選手団の問題などなど心配な出来事があまりにも続いたせいです。

 リオへは一度だけ行きました。印刷関連の国際会議にはコンプリントと世界印刷会議の2つがありましたが、たしか世界印刷会議の会場にリオが選ばれたときです。ロス経由で36時間かかりましたが、治安は今より良かった気がします。

 それでもこんなことがありました。ホテルはビーチ沿いで当時は日本のA建設の経営でなにかと快適でした。ただ、会議場のホテルのトイレで現地の屈強な青年3~4人に取り囲まれて、あわやの思いをしました。たまたま、どやどやと会議のメンバーが数人固まって入って来てくれたので事なきを得ましたが。

 会議の打ち上げのパーティでホステス役のブラジルの女性と組んで踊ることになりました。豊満なで均整の取れたボディ、ちょっと浅黒くて彫りの深い顔、豊かな髪。実に魅力的でした。が、いかにせん、背が高いのです。向き合って踊ると彼女の胸が私の眼鏡をこするのです。なんだか、女性というよりはカモシカと組んで踊っているような気がしたものです。

 それとリオは夜景がきれいでした。小高い丘にキラキラ無数の電飾が光っているのです。「あれは貧民街の裸電球なのです。実はあのちょっと暗い方は高級住宅街でひと筋離れて向かい合っているのです」と説明を受けました。翌日、街を歩くとビル建設が盛んでしたが、足場がみんな木製なのにはおどろきました。テレビで見る限りビーチは変わっていませんが、町並みはすっかり近代的になったようです。(写真はNHKのテレビの画面から)

 

 

 

 

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筑波宇宙センターを見学

2016-08-04 13:32:50 | 活版印刷のふるさと紀行

 車からロケット広場の50メートルもあるH-Ⅱロケットが視界に飛び込んで来て、実物の迫力に圧倒されるところから見学がはじまるのです。テレビでさんざん見ているくせに現物ははじめて、宇宙服も見慣れているのはテレビの上だけ、実際に目の当たりにすると「なるほど」と、妙に親近感をおぼえました。

 筑波研究学園都市の一画に約53平方メートルとたっぷりの敷地にこの宇宙センターが出来たのが1972年だといいますから、われながらいかに宇宙オンチであることか。

 見どころは「スペースドーム」という展示館。日本の宇宙開発の中枢JAXAの沿革と現在を全部で10のコーナーで見ることができます。個人的には国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟の実物大モデルでした。人工衛星による宇宙利用でどのような未来が人類にもたらされるのか、理系オンチの典型みたいな私にはなかなか理解できませんでしたが、期待するや大です。

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すばらしい南島原市のメッセージ

2016-08-04 01:12:55 | 活版印刷のふるさと紀行

 これはザビエルに遅れること30年、1579年に来日していまの長崎県南島原市口之津港に上陸したアレサンドロ・ヴァリニャーノのブロンズ像です。

 すでに何度かこのブログで紹介していますし、ご存知の方が多いと思いますが、ヴァリニャーノこそ日本にグーテンベルク方式の金属活字を使う活版印刷をもたらした大恩人です。

 彼のふるさとはローマから300キロ離れたキエーティ、450年以上たった今、故郷が生んだ偉人ヴァリニャーノの生家跡が市役所になっていて、その正面に口之津と同じ彼の像が鎮座ましますといいます。つまり、口之津のはレプリカなのです。口之津開港450年にこの像が贈られたことでわかるようにヴァリニャーノを絆にして南島原市とキエーティ市の間に深い友好が重ねられています。

 実は先日、以前から親しくさせてもらっている加津佐の教育委員だった松藤さんに連絡をとったところ即刻、貴重な返信をいただきました。なかでも「平成遣欧使節がみたヨーロッパ」というCDにはすっかり惹きつけられました。伊東マンショや千々石ミゲルら4人の天正遣欧少年使節のあとを追って南島原市が8人の中学生をポルトガル・イタリアに派遣したのです。ローマ法王の謁見を受けるヴァチカンでの貴重なひとときをはじめ、430年前に天正少年使節が辿る「平成使節」の様子に釘付けになりました。

 私自身も2度訪ねたところが多いということを懐かしさもありますが、天正使節も訪ねられなかったキエーティまで旅程に組んであることには感心しました。

 それだけではありません、南島原市は有馬のセミナリヨの再現授業を行ってラテン語でグレゴリオ聖歌を歌うような経験を中学生にさせています。このセミナリヨのあった日野江城や島原・天草の乱のあった原城なども地元ですし、長崎教会群はもちろん長崎もおとなりです。こうした歴史環境を生かした教育は南島原市の発するメッセージ、いきいきとした情報発信として素晴らしいものです。

 なお、口之津のヴァリニヤーノ像は松藤幸利さん撮影のものす。

 

 

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