deep forest

しはんの自伝的な私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

26・モンゴル行

2020-07-29 11:03:45 | Weblog
 モンゴルに行かないか?と、担当編集者のみきさんが唐突に切り出した。
「編集部で、モンゴルに行かせるならきみだろう、ということになって」
 なにがなんだかよくわからないが、「見てくれがモンゴル感性っぽい」このオレに白羽の矢が立ったようなのだった。
 聞けば、スピリッツ誌面での企画で、「こんな旅があったら面白い」的なプランを読者から募集をしたのだそうな。そのコンクールで最高賞を獲ったのが「現地人と同じ生活を経験するモンゴル行」というプランで、受賞者にはご褒美としてその通りの旅が用意されたわけだ。その旅に、マンガ家をひとり同行させ、旅程を元にしたマンガを描かせよう、というのだ。簡単に言えば、取材旅行だ。編集部にとっては不良債権のようなオレだが、そこそこの評価は受けていて、役立ちどころを探してくれているようだ。ありがたや。
「いきますいきます!」
 原稿仕事に煮詰まり、すでにフリーアルバイターの立場に身をやつしていたマンガ家崩れ(25)は、もちろん二つ返事で快諾だ。海外旅行なんて生まれて初めてだし、ましてや旅費はタダ。スケジュールはスカスカ。久しくサボっているマンガの本誌掲載も約束される。枠が決まってしまえば、意欲を奮い立たせて描くしかない。精神病みの沼から脱出するチャンスでもある。いいことづくめではないか。早速荷造りをし、成田空港に駆けつけた。
「おっ、きたきた。サイトーです。よろしく」
 そこで待っていたのは、サイトーというスピリッツ編集部のデスクで、要するにみきさん(数々の人気作家を担当する敏腕編集者なので、日程は空けられないようだ)の代わりとなる担当編集者だ。みきさんよりも年上でポジションも上位のようだが、いかにも遊び慣れていそうな浅黒い肌で、金のネックレスなど、首元にチャラつかせている。しかし東大出とあって理屈っこきだ。めんどくさそうな人物が現れたものだ。ふと見ると、荷物がやたらとでかい。コロコロ付きの大振りなトランクふたつが足元の両サイドに、そのハンドルにさらにブランドもののバッグが下げられている。女慣れはしていても、旅慣れはしていないようだ(後に判明することだが、旅慣れしすぎてこうなってしまうようだった)。ヒッチハイクと野宿で鍛えられたオレは、モンゴル九日行に、手提げひとつだというのに。そもそも、トランクというスタイルからして、草原や砂漠をさまよい歩こうという装備ではない。その中身も気になるが、東大を出ていると言うのだから、この男なりにいろいろと考えがあるにちがいない。
 さて、旅のメンバーだが、編集者とマンガ家の他には、晴れてコンクールの一席受賞となったアクティブっぽい美女に、二席を獲得したおとなしめ美女、カメラマンのおっさん、そしてツアー添乗員という顔ぶれだ。この企画は、大手旅行会社とのタイアップが組まれており、新コース開拓という事情が介入している。旅行社からすると、この旅がうまくいけば定番ツアーに組み入れたい、という魂胆があるのだ。ちょうど閉鎖的なモンゴルの外交が世界に開かれようというタイミングであり、その地は、旅行社にとっては垂涎のツーリズム未開拓エリアなのだった。
 フライトは、中華航空の中型機で、まずは北京へ。モンゴルとは言っても、ウランバートルが首都のモンゴル国ではなく、中国国内の内蒙古自治区、すなわち、流浪の民であるモンゴル民族が平原をウロウロしている間に中華圏との国境線が引かれてしまい、その地に取り残されてしまった(のかどうかは知らないが)、中国の中のモンゴル人居住区画だ。北京で乗り継いだ現地の飛行機は、予想されたことだが、足元が不安になるサビサビのオンボロ機。心もとないこの機が、無事に内モンゴルのフフホトに到着し、ここから小型バスでさらに移動する。まだ中国の田舎の雰囲気が残る広大な畑地帯から、ひとに耕されたことのない、ましてや建物などなにもない草原へと出る。空と大地だけのシンプルな光景を前に、心が開いてわくわく・・・というより、肩の力が抜けてのびのびと大らかな気持ちになっていく。

つづく

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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