deep forest

師範の私小説世界です。
生まれてからこれまでの営みをオモシロおかしく備忘しとこう、という試み。

15・前夜

2017-04-26 09:57:15 | Weblog
 ひと月ばかりをかけて、30ページを描き上げた。「パラダイス」というタイトルは、あるしごきじみたボールキャッチの練習方法がラグビー部内でそう呼ばれていたのと、「花園」(大阪にある高校ラグビーの聖地「花園ラグビー場」のこと。野球における「甲子園」と同格の言い回し)の英訳じみた耳あたりを狙っている。
 神保町の小学館まで赴き、スピリッツ編集部の担当氏に見てもらう。
「いいじゃないっ」
 いつも御木さんは、ほがらかに褒めてくれる。ダメ出しのときは苦笑いだが、おおむね、後ろ向きなことは口にしないでいてくれる。ありがたきお人柄。
「新人賞にまわしとくからっ」
 ひとつの関門をくぐった。しかし、次に待つ審査が最重要なのだ。祈って待つしかない。祈っても無駄だが、とにかく、結果が出るのはひと月後だ。そこに、人生の転換点が待っているのだろうか?
 御木さんは、「メシいこうかっ」と夜の街に連れ出してくれる。行き先は、我が身が凍るような高級和食店だ。さらにタクシーに乗り込み、銀座や六本木の高級クラブに向かう。素晴らしいドレスで着飾った女性の横で、いまだデビューも果たしていないペーペーマンガ家は、緊張に身を縮こまらせている。一流を知り、振る舞いを身につけさせよう、という御木さんのありがたき計らいなのだろうが、まったくこの店めぐりをする間に、どんどんと背筋が丸まっていく。終電がとっくに出た深夜、タクシーチケットをもらって江古田への帰路につく。売れたら、自分でもあんな支払いをするようになるのだろうか・・・?ぼんやりと考えてみるが、イメージできない。あの夜遊びがおもしろく感じられるようになるとは思えない。貧乏が性に合っているのかもしれない。
 タクシーを降りて、イングレインに飛び込む。愚かな仲間たちが、まだダラダラと飲んでいる。ありがたいことに、この安酒場は、明け方の5時まで開いているのだ。ご馳走でふくらんだ腹をさすりつつ、ジンで舌を洗う。その苦味で、ようやく現世に連れ戻される。
「へえ、作品の完成、おめでとう」
 妖怪のようなママが、ベビースターラーメンをあてにサービスしてくれる。しみじみとうまい。
「賞を獲ったら、お祝いしなきゃね」
「別に、いいよ」
 ふと、自分には野心も野望もなにもないことに気づく。「天下奪ったる!」みたいな体温だ。そういう、腹の底から湧き上がるもの、いわば情熱が、自分には皆無なのだ。ただ、周囲に対して恥ずかしくないだけの結果が出さえすればいい。このひとたちによろこんでほしい。ゴージャスな生活はめんどくさそうだ。「漂えど、沈まず」・・・開高健の言葉を思い起こす。自分の生き方そのものではないか。すでにオレの人生は、よくわからない方向に流れはじめている。
 ひと月半ほどたって、結果が知らされる。
「佳作だよっ。おめでとうっ」
 御木さんと、また夜の旅に出る。ぐるぐると高級店をめぐる間に、考える。いよいよデビューというわけだ。二度目の賞で、高揚感がないわけではないが、我が行く末が心配になってくる。いったいオレはどこに向かっているのだろうか?

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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14・制作開始

2017-04-05 10:17:03 | Weblog
 数ヶ月間もアシスタント仕事をするうちに、最低限のペン使いは覚えた。線もこなれてきた。コマ割りの作法も理解した。いよいよ新作で勝負をかけるタイミングだ。背景を描くのは相変わらず苦手(と言うよりも、嫌い)なので、舞台はだだっぴろいグラウンドと決める。これなら、めんどくさい家並みや、部屋内の調度品を描く必要がない。テーマは、学生時代に勤しんだラグビーにする。高校に設定を移し、あの練習のダラダラ感をスケッチしましょう、というわけだ。
 勝手知ったる世界なので、原稿を描きはじめると、面白いように光景が立ち上がり、キャラが走りまわってくれる。たいしたストーリーもなく、オチと言えるようなピリオドも打たず、ただデッサン力と躍動感を核にした画の個性をご覧いただく、という手法だ。起承転結よりも、勢い重視。新人にしか許されないあこぎなやり方だが、とにかく、編集部の審美眼に引っ掛からなければ意味がない。「ラグビーマガジン」からいいシーンを拾い、画面中にキャラの運動を散らかしまくる。
 それにしても、マンガとはなんとしんどい表現手段だろう。ボールペンで気軽に描き殴っていたあの夏休みがなつかしい。線一本に、汗をかくことおびただしく、セリフひとつに、神経が衰弱すること著しい。汗をかくのは貧乏下宿の西日のせいで、神経が衰弱するのは身銭と明日の我が身が心細いからなのかもしれないが、まったく身を削る職業と言える。酒なしにはやってはいられない。こうしてオレは、なにかと理由をつけ、飲みにいくのだ。
 わが憩いの場末酒場・イングレインでは、この夜も少数の常連たちが集まっている。みんな同世代で、いろんな職業の者が集まる。居酒屋の店員に、ヘビメタ、二級建築士、ジーンズショップの店長、それに音楽事務所の関係者。どうしようもない連中だが、なにかと気が合う。この酒場では、ご禁制の賭け事が流行っている。カードやサイコロを使うような本式のやつではない。相撲や、高校野球、F1など、テレビの中には勝負事があふれている。そいつの勝者を当てましょう、というだけの可愛らしいものだ。一人ひとりが千円ずつを出し合い、ズバリ当てた者の総取り。シンプルなだけに、熱くなる(※法に触れる行為なので、みんなはやっちゃダメ)。少人数間のやり取りなので、回数をこなすうちに勝ちガネは平均値になって、つまりほとんど金は動いていない状態となるのだが、それでも盛り上がる。たまに、当たりが出ない回があって、そんなときは場が流される。その流れた掛け金は、酒場の一本のボトルの首輪に、神社のおみくじのようにくくられてストックされる。この金が相当にたまっていて、えげつない額にふくらんでいる。こいつでどんな大ごとをやらかそうか、と企画を練るのもたのしい時間だ。
 酒場には、森園みるくさんがちょこちょこと現れて、よく可愛がってもらう。ゴージャスで麗しい魔女である彼女は、暗い店内でもサングラスをかけているので視野が暗く(なにも見えていないのではないだろうか?)、テーブル上のグラスを手探りでたぐり寄せなければならない。そのため、よく酒をこぼしている。このひとは、見かけによらずまったくの天然で、心根が可愛いのだ。とても社交的で、金の使い方は豪快だ。あるとき、「麻雀を覚えたい」と言いはじめ、じゃ、手ほどきを、とみんなで彼女のマンションにいくと、一室を麻雀ルームに改造し、新品の電動卓まで入れている。その即断即決ぶりには、感服するしかない。正月に遊びにいくと、数十万円もするようなおせち料理が床一面に並べられていて、本人はロングスカートで着飾り、お客様方を待ち受けている。「すごい~、こんな豪勢なおせち、もったいなくて箸をつけられないわ~」とはしゃいでいるのだが、玄関のピンポーン、が鳴ると、はーい、と立ち上がって駆け出し、義経八双飛びのように豪華おせちをまたいで渡り、重箱を突っ掛けて次々にひっくり返す、ということもやらかす。「こないだ国税に入られて、500万、追徴で持ってかれたわよ~」なんて話題もすさまじい。とにかく、このひとのそばにいると、いろいろと勉強させてもらえる。
 ・・・なんだか話が飛び飛びでめちゃくちゃなことになったが、とにかく、オレの周囲では、ちょこちょこと仲間ができはじめている。そして、そんな人々の期待に応える必要がでてきたのだった。

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13・パーリーピーポー

2017-03-30 10:52:09 | Weblog
 なんだか、パーティばかりが催されるのだ。バブル期で、日本中がこんな具合いに浮かれた雰囲気だったのかもしれない。マンガ界でも、とにかくしょっちゅう、なんやかんやとパーティが行われている。まず、「なんとか賞の授賞式」というのがある。新人賞には二種類があって、月間賞、という毎月のやつと、半年に一度の大々的な、賞金も豪華なメインの賞とがある。その受賞の発表後に、いちいち(当然だが)パーティが開催される。担当編集者は、子飼いにしている飢えた新人作家に哀れみをかけ、そんな会場に呼んで養ってくれる。普段、コンビニ弁当しか与えられていないオレたちにとって、パーティは重要な栄養摂取の機会だ。この場にもぐり込むために、新人はネームを描き、担当の元に足を運ぶと言っても過言ではない。
 毎月のように、なんとかホテルのかんとかの間だ、どこどこ会館だ、なになに飯店だ、と聞きつけては、お邪魔をする。パーティは、大概の場合が立食で、要するに食べ放題だ。出版界は景気もよく、料理にも大盤振る舞いをしてくれる。鮮やかなパテが花壇のような面積で並べられ、フロアのサイドではローストビーフがコックの手でスライスされている。ふと見ると、ライチがバットにふんだんに盛り上げられ、小山を築いている。楊貴妃の好物で、都まで早馬で運ばせたという幻のやつではないか。わたくしも食してみる。うまいっ!上京したこの年は、一生で最も多くのライチを食べた一年となった。
 マンガ家ら個人も、事あるごとにパーティを開いている。出版記念だ、増刷だ、何周年記念だ、ドラマ化だ、映画化だ・・・マンガが売れて売れてしょうがない時代らしい。少年マガジンが400部発行された、少年ジャンプは600万部だ、と、夢のような数字が飛び交っている。マンガ家氏たちのふところもふくらむ一方だ。ある夜、例の酒場で仕事にへとへとになって飲んでいると、某売れっ子マンガ家さんに「カラオケにいこう」と誘われた。すでに深夜の2時をまわっている。おごるから、と言うので、やれやれと思ってついていくと、江古田からタクシーで六本木にまで乗りつけている。目の前にはお城のような建物がそびえ建つ。手を引かれるままに中に入り、ボックス席に座った途端に、両サイドにジェニファー・ビールスとジュリア・ロバーツみたいな超ミニスカートのお姉ちゃんがかしずいてくれる。呆然としつつ、なにか歌わされたようだが、記憶がない。黄色い太陽が昇らんとする帰りのタクシーの中で、支払いはいくらでした?と、後学のために売れっ子氏に訊くと、事もなげに「40まん」と返ってくる。冷や汗が流れてくる。聞かなかったことにして、眠りに沈む。
 最も大きなパーティは、出版社本体が主催する忘年会だ。このパーティは、規模が桁違いだ。有名ホテルの広大なフロアを使い、日本中のマンガ家たちが一堂に会する。アシスタントたちもお供ができるので、もちろんもぐり込む。ステージ上では、おぼん・こぼんと、細川ふみえが司会をやっている。会場内には、「お〜い竜馬」を原作している武田鉄矢や、闘魂コラムを連載しているアントニオ猪木までが闊歩している。藤子不二雄大先生が出版社幹部に取り巻かれている。江口寿史さんもいるし、内田春菊さんも森園みるくさんもいるし、もちろん楳図かずおさんもシマシマシャツでウロウロしている。なぜかいしかわじゅんさんに「たのしんでる?」と声を掛けられる。UFOから降りてきた宇宙人の格好をしたハイレグのお姉ちゃんたちが、飲み物をどうぞ、とグラスをよこしてくる。めくるめく光景だ。ステージ上では、ビンゴ大会がはじまった。弘兼憲史さんの社会派マンガを原作している猪瀬直樹が、大画面テレビをゲットして、舞台上で挨拶をしている。まったく、とんでもない世界だ。(マンガ家でない人物の敬称はなぜか略で失礼)
 しかし、そんな幻想は一晩かぎりだ。翌日には、現実世界に連れ戻される。四畳半一間に四人が雁首を並べ、時給333円なりで夜明けまでペンを走らせている。うちのマンガ家氏も相当な原稿料をもらっているはずなのだが、この出し渋りっぷりはどうしたものだろう?ページ一万円をもらっているとしても、毎週20枚で、月に四週だから・・・それくらいの月収にはなっているはずだ。なのに、仕事が長くなると、「長引いた分は、アシ代サービスしてね」などとのうのうとのたまう。銭ゲバだ。次第に、やつの性格の悪さにも我慢がならなくなってくる。ここから抜け出すのが、喫緊の課題だ。タイトなタイトな時間を使い、オレは自作品を描きはじめた。

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12・ハセガワさん

2017-03-23 10:48:40 | Weblog
 翌週末。社交辞令だったのかも知れないが、山田さんの「忘年会においで」を額面通りに受け取り、パーティにお邪魔する。練馬にあるレストランのワンフロアを貸切だ。中に入ってみると、部屋のサイドにはバイキングのような「ご自由にどうぞ」の食べ物、飲み物がふんだんに並べられていて、ゲームコーナーもあり、フロアの中央には低いカラオケステージまでが用意されている。会は盛大だ。若い男女が30人ほどもいるだろうか。山田さんと親交のある「第三野球部」のむつ利之さんや、「つるピカハゲ丸くん」ののむらしんぼさん、のちに「カイジ」を描くことになる福本伸行さんもいる。しかし集まったうちの大半は、彼らのアシスタントと思われる。そして、どういうわけか女子大生が何人かいる。
「やあ、きたね」
 山田さんは、とても気を配ってくれる。自然にくつろげる空気をつくってくれるのだ。大先生の品格を身にまといつつ、友人のような気安さで接してくれて、本当にありがたい。周囲と会話を交わすうちに、すぐに場になじんでいく。
 女子大生らの正体は、日芸の学生だった。山田さんの仕事場に「メシスタント(食事を用意するスタッフ)」としてひとりの日芸女子がおり、彼女が気を回して、同級生たちをこの場に招集したようだ。その女子、カイさんは、イングリット・バーグマンのようにゴージャスな顔立ちの美女だ。貫禄と言いたくなるような自信に満ちた立ち居振る舞いで、会場での存在感が際立っている。オレはこの女子とはすでに何度も件の酒場で顔を合わせていて、懇意になっている。
「杉山サン、女の子たちを紹介するよ」
 カイさんは、お見合いババアのまねごとをするのが大好きなのだ。なんというラッキーだろう。そうして、何人もの女子を紹介される。
「ゆりなちゃん、ゆみちゃん・・・そして、これが恭子ちゃんαね」
 恭子ちゃんにアルファが付くのは、もうひとりベータというのがいるからだが、この清楚なひとがひときわ美しい。凛として落ち着いたたたずまいは、まるで百合の花のようだ。上京するまでの一年半を男子校の教師として過ごし、久しく若い婦女子と触れ合う機会がなかったオレには、目がチカチカするようなまばゆさだ。
 恭子ちゃんαは、日芸のマジ研で腕を磨くマジック女子で、さっき、カラオケのステージ上でも魔法を披露したばかりだ。まったくハラハラさせる手際なのだが、実はそれは演出で、最後の最後にはそのもたもたぶりをまるきり無しにするどんでん返しを用意している。そのあざやかな展開には、目を見張らされた。舞台上に呼ばれて助手をつとめていた山田さんまでが目を白黒させて、最高に盛り上がったのだった。
「あ・・・すぎやまです・・・」
「恭子です、よろしく」
 まぶしい。これが東京の女子大生かっ!目を合わせることもできない。
「で、あれが・・・」
 と、カイさんが最後に指差したのは、今カラオケを歌わされているメガネ女子で、ハセガワさん、という。内気そうなその子は、フシギ女子特有のつま先を内側にグネらせるななめ立ちで、オザケンを一生懸命に歌っている。カイさんが勝手に曲を入れ、無理矢理に彼女をステージ上に押し上げたのだ。背が低くて、ぽわーんとしたハセガワさんは、お経のように抑揚のない歌声をしぼり出しながら、それでも結構たのしそうに肩を揺らしている。よく見ると、薄みどり色のタイツの丈があまって、ひざ部分にたわんでいる。おかしなひとだなあ、と、そのひざのくしゅくしゅばかりが印象に残る。
「フィーリングカップル、5対5~!」
 突如として、ゲームの開始だ。男子と女子とがあっちとこっちに五人ずつ分かれ、いろんな質問を浴びせ合って相性をはかり、最後にいっせいに、意中のひとのスイッチを押す、という例のやつだ。スイッチの代わりにヒモを用いた原始的なものだが、かなり盛り上がる。オレも引っ張り出されて、参加することになった。ありがたいことに、恭子ちゃんαが同じ組だ。ついでにカイさんも、そしてハセガワさんも。ゲームが進み、
「では、最終チョイス~!」
 決断の時間だ。せーの、でヒモを引く。
「わああ・・・」
 歓声が上がる。メガネのハセガワさんは、オレのヒモを引っ張ってくれている。しかしオレはあいにく、恭子ちゃんαのヒモを引っ張っている。ところが、恭子ちゃんαは山田さんのヒモを引っ張っていて、その山田さんがまたカイさんのヒモを引っ張っている。カイさんは、義理からか自分の先生のヒモを引っ張っているため、山田さんとカイさんがカップル成立、と相成った。
「予定調和でつまんねー!」
 ふたりが照れて手をつなぎ合う中、ブーイングが飛び交っている。オレはぼんやりと、失恋に似た苦味を噛みしめている。ふとハセガワさんを見ると、相変わらずぽわーんとしている。オレは、将来よめはんになるこのひとの、ひざのタイツのたわみがまだ気になっている。

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11・酒場の客

2017-03-22 10:21:55 | Weblog
 東京には、友だちがひとりもいない。仕事場を離れ、江古田に帰り着けば、深刻なひとりぼっちだ。こうした環境では、まず最初に酒場を探さなければならない。酒こそ友。酒場こそ基地。そいつを見つけねば。
 ぶらぶらと探険がてらに駅前を歩くと、江古田の街は小さいわりに、結構な繁華街になっている。三つほどの商店街が入り組み、その間隔を塗り込める形で、居酒屋、バー、カラオケボックス、その他飲食店が軒を連ねている。名の知れた居酒屋チェーン店にはほとんどお目にかかれるし、センスのよさそうな小規模個人店も数多い。学生街なので、色っぽい店構えのものは少なく、気軽に入れそうな安酒場が大半だ。ウソかホントか、聞いた話によると、テナント数における居酒屋の割り合いが日本一、らしい。なかなかのパラダイスと言える。しかし、学生たちが大騒ぎをするような居酒屋に興味はない。ああいう場所にひとりでいると、よけいにさびしい気分にさせられる。それよりも、脱力して落ち着ける「場末の酒場」が好みだ。そういう場所こそ、さびしそうに見えて、あったかいのだ。一軒の素っ気ないバーが目に入った。街の中央の雑多な地域で、小さな商業ビルの二階に「イングレイン」の看板を掲げている。酒場選びは、直感がすべてだ。降りてきた神託を信じ、入ってみる。
「いらっしゃいませ」
 ころりとした体型のマスターが、店の奥のカウンターでグラスを磨いている。のちに同い年とわかる彼は、こちらをひとり客と見ると、柔和な笑みを浮かべて、自分の目の前の席へと促してくれる。彼の横に、妖怪のようなおば・・・姐さん、と言わねば牙をむかれるが、銀座のママといった感じのものすごい迫力の女性がたたずんでいる。
「おひとりね?」
 タバコに荒れた声。厚化粧の奥にうずめられた眼光鋭い目つきで全身を睨めつけられ、値踏みされる。えらいところにきてしまった。
 誰も座っていない四つ五つのテーブル席をパスし、とりあえず、四席しかないカウンターの真ん中に座る。打ちっ放しのコンクリートの壁に、むき出しの配管。簡素で、清潔だ。スポットを壁の絵に当てるだけのほの暗さ。頭上の大画面テレビに、古いクラプトンの映像。すみっこでは、ひとりの男性客が自分のボトルからバーボンを飲んでいる。どうしよう・・・五千円しか持っていない。しかしメニューを見ると、たいした値段ではない。オレは、ひとりの酒はキリなく飲んでしまうので、ボトルを手酌でないとだめなのだ。いちばん安いジンをいきなりボトルで頼む。
「まあ、お強いんですのね」
 キのやつ(ショット)を歯ぐきで飲んでいるうちに、だんだん打ち解けていく。マスターは気さくで、場の空気をうまくつくり、おば・・・姐さんは辛辣だが、世間をよく知った風な重石になっている。常連らしき隣の客も朗らかで、頭がよさそうだ。悪い場所ではない。
「実はオレ、マンガ家になろうと、先週上京したばかりなんです」
 ついに自己紹介をする。どうですか、なかなかの決断でしょう?マンガ家なんて、珍しくないす?なんてところだ。ところが、これを聞いた隣の客が、
「へえ。ぼくもマンガを描いてるんですよ」
 などと言い出すではないか。聞いてみると彼は、のちに「Dr.コトー診療所」を世に送ることになる、山田貴敏さんだった。びっくり仰天ではないか。本物のマンガ家なんて、はじめて見た。しかも、オレはあまりマンガを買わないのだが、彼の「風のマリオ」だけはずっと書棚に置いているのだ。それは少年彫刻家を主人公としたマンガで、美大生にとってはバイブルのような一冊なのだ。東京で最初に飛び込んだ酒場で最初に隣り合わせたのが、その作者だとは。本当に託宣を聞いたような気分だ。
「じゃさ、来週、別の店でぼく主催の忘年会があるから、よかったらこない?」
 山田さんに誘ってもらい、天にも昇る気持ちだ。運が向いてきたのかも知れない。なぜならその忘年会で、さらなる出会いが待っているのだ。

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10・アシスタント

2017-03-21 16:45:16 | Weblog
 編集部の紹介で、とあるマンガ家氏のアシスタントとして働くことになった。その人物は、オレと同い年で、スピリッツ誌におけるこの新連載がデビュー作というルーキーだ。「塀の中の懲りない面々」でおなじみの安部譲二さん原作という話題作だが、その画を見たときの印象は、パッとしないなあ・・・というものだった。ありきたりで、魅力がわからない。オレの方がうまいことは一目瞭然だ。しかしまあ、技術習得のためだ。いろいろと勉強させてもらおう、と割り切って飛び込む。
 仕事場は、江古田の我がアパートからチャリで15分、という場所にある木造アパートの一室だ。マンガ家氏が寝ぐらとしても使っているその部屋は、なんと四畳半で、ここにすでに二人のアシスタントが折りたたみデスクをひろげている。それよりもひとまわり大きなマンガ家氏のデスクとの三台で、すでにスペースはいっぱいだ。最もペーペーであるオレは、仕方なく入口ドア脇のわずかなスペースにちゃぶ台を置き、諸先輩方のデスク下の暗がりでの作業となる。
「雨を描いて」
 最初の仕事だ。マンガ家氏が原稿をよこしてくる。そこには、すでにワク線とフキダシ、それにマンガ家氏の描いたキャラに、先輩アシの背景が入っている。そこに雨粒の細線を散らかせ、というわけだ。なかなかドキドキな仕事ではないか。先生様の本番原稿を、画の上から無数の線で汚せ、と言われているに等しいのだから。
「ペンとインクは、これを使って」
 ペン軸とペン先、それに製図用のインク壺を渡される。つまり、木製のペンの柄に、金属製のペン先を付け、黒インクで描け、と言うのだ。マンガ家なら誰もが知る当たり前のことだが、ボールペンで処女作を描いたオレにとっては初耳の作法だ。
「えっ!ペンを見るのがはじめて?そこから教えなきゃだめなの・・・?」
 マンガ家氏は戸惑っている。えらいド素人が入ってきたぞ、ってなもんだろう。仕方がないではないか。教えを乞う。こうしてオレは、ペン先にはGペン、カブラペン、それに丸ペンがあるのだと知った。そいつにいちいちインクを吸わせ、ペン入れをしていくらしい。線の質は、ペン先のチョイスと、筆圧の強弱によって描き分けるわけだ。なるほど、それならボールペンのようにのっぺりした線にならなくてすむ。
 作法は理解した。が、ぶっつけの本番ではあまりに危ういので、白紙をもらって線の練習をさせられる。雨の線は「抜き」が重要だ。マンガのペン使いは、書道における筆使いと同じなのだ。入れて、走らせ、止める、あるいは抜く。こいつを、延々と練習させられる。線が安定してきたところで、ようやく本番だ。
「へえ、なかなかうまいじゃない」
 道具使いさえ覚えれば、画の方には自信があるのだから、雨粒などお手のものだ。次第に信頼を得るようになり、定規を使うスピード線や集中線も覚えていく。さらに、パチンコ台や、キャベツ畑、階段、マンションの外観などもまかされるようになる。描けば描くほど、上手くなる。線の質も理解できていく。猛烈な勢いで成長しているのがわかる。そしてオレは心に誓う。半年でデビューして、とっととこの仕事場をやめてやろう、と。
 実際、背景描きなどバカバカしいかぎりだ。無機物を描くのが上手くなったところで、どうしようもない。描いていてたのしいのは、人間だ。キャラクターだ。なにより、ひとのマンガを手伝っていても、少しも面白くはない。尊敬できる先生なら、我が身を捧げようと思えるのかもしれないが、目の前にいるマンガ家氏は、自分より劣るザコだ。はやく自分の作品に取り掛かる必要がある。ところが、ここからがマンガ界のジレンマだ。仕事が、昼の正午から、夜をブッ通して、明け方の6時までつづくのだ。ブラックもいいとこの、連続十八時間労働。そして、日給がわずか六千円だ。時給にして333円と知り、腰を抜かしそうになる。週五日間、一日中拘束され、休日には眠るばかりだ。自分の作品など描きようもない。編集部から紹介された手前もあり、足抜けもままならない。他のバイトもできず、金もたまらず、仕事場で毎度まとめて買いに走るコンビニ弁当で食いつなぐしかない。今考えれば、このマンガ家氏の職場は特別に過酷で・・・と言うよりも、マンガ家氏が特別にケチな野郎で、こんな有り様になっていたわけだが、とにかくアシスタントをすればするだけ疲れ果て、制作意欲も萎え、ただ流れに身を委ねるだけのだらしない生活に落ち入っていく。

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9・新生活

2017-03-16 11:38:06 | Weblog
「奨励賞だからっ。おめでとうっ」
 と、担当編集者の御木さんは言うのだった。応募した処女作は、賞レースの最低ラインに引っかかったらしい。さすがに100万円とはいかなかったようだ。しかし、副賞の10万円と、「今後一年間はよその雑誌で描きませんよ」と誓う代わりの契約金・・・というか、身代金47万円也を下賜される。
「きみは天才だけど、技術が稚拙だねっ。ますはアシスタントをしながら、腕を磨いたほうがいいねっ」
 メガネの奥で眼光鋭く、御木さんはすべてを見通す。論理的で、実際的で、行動的だ。切れ者すぎて恐ろしげではあるが、信頼が置けそうで安心もする。こうしてオレは、とあるマンガ家を紹介され、その仕事場でしばらく下働きをすることになった。なんだか利用されている気がしないでもないが、技術が稚拙、という自覚はある。なにしろ、ボールペンで商業誌にマンガを描こうとする男なのだから。少し現場で働いて、マンガの方法論を吸収する必要がある。
「修行しながら、自分の作品も描いて、どんどん編集部に持ってきてっ。ぼくが見てあげるからっ」
 はいこれっ、と渡されたのが、スピリッツ専用の原稿用紙の束だ。あらかじめ青線でマンガサイズのワクが入っていて、その線も1ミリ間隔に刻まれている。これは便利だ。例の「何百何十何ミリ×何百何十何ミリ」はやらなくていいわけだ。じゃんじゃん描くぞ〜、とやる気が出てくる。
 打ち合わせが終わると、驚いたことに、タクシーチケットを渡される。江古田まで走らせてみると、五千円もの運賃がかかっている。こいつが小学館持ちだ。ひょっとしてオレは、すでに大先生の扱いなのだろうか?と思ったら、世の中がバブルなせいで、日本中の会社がこんな感じらしいのだ。まったく、豪勢な世の中になったものだ。
 しかし、原稿用紙を抱えて帰り着く場所は、格安アパートだ。ここもまた住んでみてわかったのだが、なかなかの物件だ。まず、玄関の引き戸を開けると、けたたましい防犯ブザーが鳴る。出入りするのにいちいち耳をつんざく音がアパート中に轟き渡るので、恐縮させられる。その関門をそそくさと通過すると、今度は一階に住まう大家さんの部屋の脇をすり抜けなければならない。なぜかこの部屋は、廊下に対して全オープンになっており、おばちゃん母娘の暮らしぶりが丸見えになっている。エントランスに目を光らせる管理人、という形態を取っているのだろうか?実に落ち着かない。ここを抜けると、ようやく階段だ。木造の二階に上がった西南角の6畳一間がオレの部屋だが、この部屋内も問題だ。西日がすさまじいのだ。部屋のぐるり一面に曇りガラスが張り巡らされているため、ものすごい光量が差し込んでくる。そして、当然の熱射!まるでドライサウナだ。仕方なくカーテンを閉めきるが、これだと逆に真っ暗だ。中間というものがない。しかも、造りが薄っぺらい。隣の部屋との境目の壁は、ベニアかと見紛うような薄板一枚だ。大きなひと部屋を、このぺらぺらの間仕切りでふた部屋に隔てました、的な工法が用いられているらしい。むかし大きな子供部屋だったところを兄弟が大きくなったんでお父ちゃんが日曜大工でふたつに仕切ってふたりに分け与えました、のやつだ。さすがは東京都練馬区で2万6千円なだけはある。しかし、修行中の身には仕方のない環境だ。はやくデビューして、売れて、高級な部屋に引っ越さねば、と心する。
 街を探索して、銭湯を二軒見つけた。お好み焼き屋に、トンカツ屋に、コインランドリーも。もうしばらく歩くと、日芸の裏に出る。ぐるりと回り込み、正門から突入する。勝手知ったる学食にもぐり込み、カレーを食べる。広々としたこの学食には、マクドナルドまでが出店している。さすがは大都会の大学だ。あずきバーばかりが光り輝いていた、金沢美大のコーヒーカウンターとはひと味もふた味も違う。彫刻室をのぞき込む。金沢では考えられない、ポップなものをつくっている。地下の石彫場にまで忍び込んで、なつかしいにおいにひたる。二年も前には、こうした場所で過ごしたんだっけ・・・不思議な気持ちだ。学生時代は遠くなった。自分は新しい世界で生きていくのだなあ。不意に、感慨が込み上げてくる。

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8・上京

2017-03-15 17:00:16 | Weblog
 マンガ家になるために、上京する。そんな筋書きは、考えたこともなかった。しかし、なんて心踊る話だろう。マンガ家になりたいかどうか、はさておき、これでこの田舎での停滞状態から逃れることができる。オレの興奮は、未来へ向かうことよりも、現在を過去にできることの方に向いている。躊躇などない。受話器を置いた途端に、学校にあてて辞表を書いていた。
「一身上の都合により・・・」
 高校教師が、二学期を前に職を辞するとはけしからん話だが、校長はあっさりと了承してくれた。さすがはバブルの時代だ。軽薄で、大らかで、頓着というものがない。代理の教師もたちまち見つかった。とんとん拍子だ。夏休みが明けて、一週間だけ挨拶のために登校し、担任の引き継ぎをする。
「おまえらがオレに大声張り上げさすから、のどにガンができたのだ・・・」
 治療のために、やめねばならんのだ・・・と、生徒たちの前でのうのうと嘘をつく。ところが、やつらはしょげ返るかと思いきや、別に、へー、という素っ気なさだ。おかしいな、オレ、たしか人気教師だったはずだよな・・・そして後任の女性教師を紹介すると、生徒たちは、わーい、オンナだ、と大喜びしはじめる。結構なおばはんなのだが、おちちがふくらんでさえいればいいらしい。まったく男子校とは哀れなものだ。涙を禁じ得ない。ま、後はよろしくやってくれ。
 同様に、学習塾の予習地獄からもおさらばし、晴れて自由の身だ。思えば、しがらみだらけの毎日だった。子供たちに対する責任感にがんじがらめにされ、自分が自分でなくなっていた。こんなカイシャインみたいな仕事は、二度とやるまい。これからはどこにも属さない人生を生きるのだ。悪魔の館も引き払い、生涯七度目の引っ越しに取り掛かる。いざ、都へと。
 東京には、学生時代にちょこちょこと遊びにいっていた。武蔵美には高校の同級生が何人も入っていて、例の米軍ハウスでも、未来の世界的デザイナー氏たちに世話になった。多摩美にはキシが三浪ばかりした末にようやく潜り込んでいて、なぜかボクシング部のリングでどつき合いまでした。東京芸大のある上野公園では、よく野宿をして、園内にある美術館をめぐり歩いた。そして日芸のある練馬区の江古田には、彫刻展への出展のお願いに日参したものだ。
「江古田の雰囲気がいいな、なんとなく・・・」
 西武池袋線の江古田は、武蔵野音大、武蔵大、そして日大芸術学部がごちゃごちゃと固まった学生街で、ざっくばらんな飲み屋も多く、下町チックな人情味あふれる商店街があり、なのに池袋から三つ目という、田舎すぎない感じがいい。のちに気づくことだが、ひとつふたつ向こうの駅には、かの有名な「トキワ荘」がある。そのせいだからか、マンガ家も数多く住んでいるようだ。この地に導かれたのは、偶然ではない気がする。不動産屋をまわり、目につくかぎりでいちばん格安だった2万6千円という、6畳一間、風呂なし、トイレ共同のアパートに決めた。
 後日、引越しをすませ、「編集のひと」に挨拶にいく。神保町の小学館ビルは、まさに天空に反り立つ威容を誇るイカツさだ。なんの工夫もない四角四面の箱型なのが、かえって堂々として見える。一階受付で入館書類を書き、きれいなお姉さんに渡すと、上階の編集部にいくように促される。エレベーターで運ばれていくときの周囲の同乗者は、見るからに業界のヒトビトだ。6階に着き、広大なフロア内で「スピリッツ編集部」を探す。どのブースもデスクがごちゃごちゃに入り乱れ、どのデスク上も原稿や書籍がごちゃごちゃに置かれ、そんな雑然とした風景の中を、ギョーカイジンたちが忙しく行き交っている。人いきれに、インクの匂いとタバコ臭。その中央に、目的の人物がいた。座った回転椅子が、くるりと翻る。
「やあっ。みきですっ、よろしくっ」
 歯切れのいい話し方をする、いくつか年上のこの若者が、どうやらオレの担当編集者のようだ。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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7・スピリッツ賞

2017-03-08 11:09:30 | Weblog
 ふと、マンガを描こう、と思い立った。開高健にのめり込み、本当は小説を書きたい気分なのだが、文壇はあまりにも敷居が高そうだ。だけどマンガなら、という軽薄な思いつきだ。教師生活をはじめて二年目の夏。ちょうど夏休みで、時間はふんだんにある。
 扇風機が回る音だけが響く、ぼろアパートの一室。コタツが骨だけの姿になったちゃぶ台上には、ビッグコミックスピリッツがひろげて置いてある。開いたページには「新人募集!スピリッツ賞。賞金100万円」の字が踊っている。物心がつきはじめた頃から「よっちゃんはマンガが上手やねえ」と周囲に言われて育ったオレだ。ちゃんと描けば、さくっと大枚をせしめることができるかもしれない。真っ白な画用紙を前に、さて、と取りかかる。
 まずはワク線引きだ。ところが、これがなかなかめんどくさい。「何百何十何ミリ×何百何十何ミリ」と、サイズの指定がやけにバラバラだ。30センチ×20センチ、でもかまわないではないか。これほど細かい数字が必要なのか?さては、描きはじめようとする者の意欲をこの時点で試し、粗忽者をふるい落とそうという出版社の意図にちがいない。そうはいくものか。きちんと数字の通りに線を引いていく。オレはこう見えて、仕事には極めて几帳面なのだ。線を引き終えたら、鉛筆で下書きだ。
 ところで、ここで注釈を入れなければならない。オレはこのとき、マンガの描き方を知らない。一般論としてなんとなく知ってはいるが、描いた経験もなければ、きちんとした作法を勉強したわけでもないのだ。だから、すべての作業がなんとなく行われている、と知っておいてほしい。
 で、いきなりマンガの制作に入ったわけだが。本職のマンガ家は、原稿に触れる前段階で、あらかじめ「ネーム」という、つまり一話分のアイデアからページ分のコマ割りをし、コマ内の構図決めからセリフまでをざっくりと整頓した絵コンテをつくっておくものだ。ところが、そんなことも知らないこの自信満々のチャレンジャーは、ワク線を引いた画用紙にいきなり画を描き込んでいく。鉛筆で下書きをし、その上にペン入れをして、最後に鉛筆線を消しゴムで消す、程度の作法は知っているので、とにかく原稿用紙に直接、鉛筆で画とフキダシを構成していけばいいと考えたのだ。
 テーマは、ボクシングだ。なぜかオレは、毎月「ボクシングマガジン」を買って、マニアックなまでにその世界のことを勉強しているのだ。そこで、マンガの舞台を高校のボクシング部に設定し、そこでのドタバタ劇を描いてみることにする。たいしたストーリーもオチもない、風景スケッチだ。私小説作家の開高健がよくやるスタイルなので、マネてみた、とも言える。とにかく、ボクシング部に放埓なふたりの男子がいて、もうひとり、天衣無縫な女子マネージャーがいて、その三人を部室内で動かす、というだけのやつだ。話の後先は考えず、思いつくままにサクサクと描き進めていく。
 据わりのいいところで終えると、14ページ程度におさまったので、いよいよ本番のペン入れだ。鉛筆線を黒インクでなぞる、という作業だが、このときのオレは、ペン入れの作法を知らない。各種出版されているマンガの入門書でも読めば、「Gペンを用い、インクには製図用か墨汁を使う」などとちゃんと書いてあるのだが、この無鉄砲な男はどういうわけか、黒インクとはボールペンのことである、と思い込んでいる。というわけで、鉛筆で描いたアタリを、ボールペンでなぞり倒していく。ペンが入ったら、ページ全体に消しゴムをかけ、鉛筆線を消す。そしてベタぬりだ。こいつだけは、どこでなにを読んで知ったのか、墨汁を使う。キャラの毛髪がベタで真っ黒になると、画がキリリと締まってきた。最後に、これもまたどこでなにを読んだのか知れないが、トーン貼りだ。スクリーントーンという、つまり白でもなく黒でもないハーフトーンの場所に、細かいドットの並んだ透明なシートを貼っていくのだ。色付きシール、と考えていい。こいつを、苦心惨憺しながらカッターで切り抜き、貼っていく。できた。完成だ。
 わりといい出来だとは思うが、スピリッツに連載されている作品と比べたら、なぜだか明らかに見劣りがする。ペンの線の質が、どう考えてもおかしい。違和感が隠しきれない。ボールペンで描いてあるのだから当然なのだが、オレにはまだ、その奇妙さの正体がわからないでいる。とにかく、描き上がったひどいシロモノを茶封筒に入れ、指定された住所に送る。
 数週間もたった頃、一本の電話があった。
「きみは天才だから、すぐに東京にくるべきだっ!」
 スピリッツの編集者を名乗る人物は、受話器の向こうでそう言っている。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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6・開高健

2017-03-07 12:55:41 | Weblog
 頭の悪い生徒たちが、可愛くてたまらない。オレ様の言うことをよく聞いてくれて、愉快だ。ちやほやしてくれるし、どんな命令にも従ってくれるし、ちょっとした知識をひけらかすだけでほほーっと聞き耳を立てて感心してくれるし、連中の中にいると王様になった気分でいられる。学校の仕事は楽だし、給料は決まった額が自動的にもらえるし、言うことなしだ。が、夜中に突然、虚無感に襲われる。いつの間にか、アウトローだったはずの自分が、体制側にきてしまっている。これはワナだ。ふと気づいて、恐ろしくなることがある。
 非常勤講師の待機室は、じいちゃんたちの憩いの施設と化し、いつもなまぬる~い空気に満たされている。この甘い毒気にさらされるだけで、オレ自身もトゲを失い、日に日に老化していく。70過ぎの英語の先生が、自分が描いた油絵を持ってきて見せてくれるが、ゆるすぎて批評することもできない。そういえば、久しく作品をつくっていない。発表の場もない。隣に座るじいちゃん美術教師(特待の四クラスほどだけを受け持っている)に相談すると、それだったら、と耳打ちをしてくる。アートについて語り合えるいい場があるから連れていってやる、と言うのだ。ついていくと、なんと共産党の集会ではないか・・・二度といかなかった。
 三人の若い教師たちはみんなオタクで、そりが合わない。チャラい話にはつき合う気になれず、疎遠になっていく。授業のコマが昼食どきをまたぐときは弁当持ちだが、ジジイたちのタバコの煙の中で食事はとりたくない。いつもひとりで校舎脇の川べりに座り、おにぎりを食べる。そして草の上にごろ寝だ。オレは変人扱いされはじめている。見上げる田舎の空が高い。ゆっくりと雲がゆく。この先、どうすればいいのかわからなくなる。
 アパートに帰り着いても、やることがない。友だちもいない。雄大な長良川のゴロ石の転がる河原で、夕闇が落ちるまで流れを見て過ごす。柳ヶ瀬のアーケードの繁華街を歩いても、心が浮き立たない。部屋にぽつんといると、缶ビール一本ですぐに眠くなる。決定的にゆき詰まっている。
 いちばんの友だちは、マンガだ。今週発売のビッグコミックスピリッツを買わなければならない。ふと通りかかった書店に入ると、前年に亡くなった文豪・開高健の本が平積みにされている。そのとき、まったく不意なひらめきがあった。コーナーの一冊を手に取り、買ってみたのだ。小さなエッセイを集めたようなものだ。開高健は、その存在をメガネのCMによってのみ知っていたが、なぜこの本に手が出たのかはよくわからない。アパートに持ち帰り、読んでみる。小さな小さな字がページ全体にぎっしりと詰まっていて、5分でヘトヘトになる。そういえば、字だけが印刷された本など、この歳になるまで読んだことがない。「夏のとも」を白紙の状態で提出するなど、宿題をしたことがないオレは、夏休みの課題図書ですら開いたためしがないのだ。高校まではマンガ一辺倒だったし、美大時代は画集しか開かなかった。美術論、みたいなやつに手を出したこともあったが、買っただけで完全に満足し、目次より先には読み進まなかった。オレに文字の読解は向いていないのかもしれない。それでも、イギリスの田舎で川釣りをする開高健の姿が、どういうわけか琴線に触れたのだった。それにしても、人間の脳の構築能力というのはなかなかのものだ。この歳から学習をはじめても、シナプスはスパークし、ニューロンは伸び、触手をひろげ、神経回路が新たにつながっていく。無理やりに読み進むうちに、作法が理解できるようになり、読書がたのしくなっていく。
 開高健の作品は、文節が長く、言葉と言葉の連なりが複雑で、しかも一言一言が意味に満ちているために、ひどくくたびれさせられる。その一節に至るまでに、裏側に存在した多くのものを相当に削ぎ落としていき、最高度に洗練された言葉しか残さないために、間延びがないのだ。ただそのせいで、ごまかしがなく、実に明晰だ。本人は、いい文章は読んでいると文字が立ち上がって見える、と言っているが、オレにもその立ち上がる様がついに見えはじめた。すると、難解に思えたその文章が、俳句のように簡潔なものだったのだと気づく。考えさせて理解を要求するのではなく、一瞥で感知させるという手法だ。それは不思議な体験だ。熟考するまでもなく、言葉の意味がひらいて見えるのだから。「青空にシンバルを一撃したような」ひまわり、とか、「都が燃え落ちるような」夕焼け、とか、「バターを熱いナイフで切るように」糸が走った、とか、キザだが、味わい深く、情景がはっきりと浮かんでくるではないか。面白いものだなあ、と、オレは読書に目覚めた。それは、文章表現に、と言うよりは、紙媒体表現に、と言うべきかもしれない。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

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