【ダンボールの部屋】 いつも輝いて煌めいていましょう!

ダンボールの部屋へようこそ!!! ここはWEBの聖地だ ヽ(^0^)ノ

好日13   信じることと知ること

2007年03月01日 13時00分00秒 | 好日11~15

 


  好日13   信じることと知ること                          



 昨年末のスマトラ沖地震の際に、タイのプーケット島では、まず引き潮が起こり、次に津波が襲った。津波のメカニズムに極めて無知であったタイ当局は、警報を出すこともなく、そのため被害は拡大したのであった。ところで、竹内均の仮説によれば、これと同じ現象は聖書にも記載があり、モーゼによるエジプト脱出のエピソードがそれである。

 紀元前千四百年頃、エーゲ海のサントリニ島で火山の噴火があり、噴火口の大陥没が起こった。その陥没に向かって海の水が引き寄せられた。この引き潮によって、海が開き、モーゼに率いられたユダヤ人は、紅海を徒歩で渡った。サントリニ島では、やがて海水が柱のように立ち昇り、それが落下し、紅海へ向かって津波が押し寄せた。ユダヤ人を追うファラオの軍勢は、海の水に呑み込まれて、藻屑と消えたのである。古代のユダヤ人は、エーゲ海で起こった巨大地震のことを知らなかったが、モーゼの行った、海を開くという奇跡は、そのままに信じた。信仰という神秘。心の不可思議。信じることは魂の働きであり、知ることは脳の働きである。

 川端康成の『掌の小説』の中に、記憶に残る、印象的な一編がある。正確には覚えていないが、きっとそれはこんな話だった。・・・・・

  恋人が急死したので、急いで旅を切り上げ、恋人の自宅に戻った。枕元に座ると、母親は気をきかせて、部屋から出て行こうとする。出掛けに母親は、「娘はそれは苦しみましたのよ。でも貴方が帰って来てくれて、これで安心ですわね。ゆっくりと会ってやってください」と私に告げた。悲しみのただ中で、静かにさとすようなその物言いが、私には不審であったが、その謎はすぐに解けた。覆いを取るとそこに現れたのは、苦しみながら死んでいった恋人の顔である。どれほどの苦痛の時が流れたことであろう。この顔は、その苦痛のほどを確かに物語っている。私が死目には間にあわないだろうと悟った時の恋人の苦しみは、いかばかりであったろう。その苦痛は小さくあってくれと私は願った。いや限りなく大きくあってほしいと考え直した。どちらであってほしいのか分からない。心は千々に乱れた。

 目の前には恋人の顔があった。その顔は私が記憶している恋人の顔とは違っている。ゆがんだ唇をもとに戻した。指でまぶたを押さえてみた。手を頬に当ててさすった。気がついた時、そこには、いつもと変わらぬ恋人の顔が戻っていた。その時、部屋に母親が入ってきた。「ああ、娘が、娘の顔が! 迷いが去ったのですわ。あんなに苦しんでいたのに。貴方に会えて、それだけで娘は・・」。

 そうではないんですよ、お母さん、と説明をしかけて、私は口を噤んだ。何を知っているだろう、この私が。母親の心の中で生じたこと。それこそ知るに値する神秘ではないか。母親は私と娘の間に起こった愛の奇跡を心から信じている。そうだ。信じることは知ることより格段に難しく価値あることだ。心眼に映った恋人の顔。その顔は私に「戻してくれ」と確かに訴えていた。恋人は私の手を一瞬だけ神の手に変えてしまったのだ。そんなことをその時、私はぼんやりと考えていた。・・・・・

 川端康成の掌編小説のこの要約は、元のものと異なっている。「信じることと知ること」というテーマに添って、私は元の小説を書き換えてしまったからである。川端康成の撒いた物語の種子は、私の心の中で育ち、いま妖しい花を咲かせたのだ。

★小林秀雄の聲、それはひとつの"奇跡"★


最新の画像もっと見る

コメントを投稿