政教分離の本来の意味

2006-03-12 23:27:34 | 神道

大学時代の親友から、伊勢神宮祟敬会叢書六《座談会》『千年の祈り』(神宮・神社の今日的課題)という冊子が送られてきました。


内容盛りだくさんの上に、初めて知ることも多くて消化できないことが多いのですが、おもしろい意見が盛りだくさんなので、少しずつ紹介します。


百地 章(法学博士)
<例えば、アメリカは政教分離の国だと言われていますが、ご存知の通りその実態は、大統領就任式の宣誓にバイブルが登場してくることに象徴されるように、キリスト教が社会のベースになっています。政教分離というのは要するに、個々の特定の宗派や宗教団体と国家との結びつきを禁止するのであって、キリスト教そのものと言うか、キリスト教の各宗派に共通するものは「市民宗教」という言い方があるように、それは国家の基礎にあるものとして理解されてきた。これはまさに「公」の宗教であり、「公」の祈りと言うことができると思うのです。似たことはフランスの宗教についても言えます。>



ああ、そういえばアメリカでイスラム教の信者が裁判を受ける場合はどうするのだろうと素朴の疑問がわいてしまいました。


小堀桂一郎(文学博士)
<キリスト教世界の政教分離は、教皇の権力が世俗の皇帝権力を凌ぎ、これを支配しようとする傾向への警戒心から出発して、一般に宗教が政治的な力を持って政治に介入することを防ごうとしている、そういう歴史的経緯を踏まえて成立したのですが、そんな歴史をもたない日本が、単に国家が宗教とかかわりを持つこと自体を一辺倒に禁止しようとしているのは、キリスト強国の外形の無意味なコピーですね。所詮、占領基本法にすぎない、米軍製憲法の欠陥でしょう。


対談の一部分だけ書き出してもわかりずらいですが、要は、「政教分離」とは何かということさえ、実は日本人はわかっていないかもしれないという点に、気づかされました。


靖国参拝や、女系問題なども含めて最近取りざたされている多くの問題は、実は「神社神宮の扱い」や「神道とは何か」をうやむやにしてきたために起こっている問題でもあるようです。


とても薄い本なのですが、語られてる内容は多岐にわたりますので、それを何回かにわけて紹介しつつ、自分自身の勉強にしてみたいと思っています。