Mr.コンティのRising JAPAN

マスコミの書かない&書きそうもない!スポーツ界の雑学・裏話を、サッカーを中心にコメントを掲載していきます。

夢の対決 Club World Cup

2007-12-16 | Weblog
1975年1月。バイエルンミュンヘンが来日。日本代表と2試合の“親善試合”を行い2試合とも 1-0 の勝利を収めた。私は第一戦1月5日の試合をテレビで視た。その時にベッケンバウアーのプレーをとくと見た。
そして数週間後にこの試合の事を細当に紹介している専門誌を偶然本屋で見つけて立ち読みをした。
当時はワールドカップ西ドイツ大会が終わって半年も経っていなかったのでこのバイエルンミュンヘンの来日は大変なイベントであったと想像できる。
バイエルンの赤いユニフォームに胸には adidas の大きな宣伝ロゴが。まだ小学生だった私はその文字が何の事かさっぱり解らずそれがチーム名の“バイエルンミュンヘン”と書いているのか?と中学に入っても思っていた。するとサッカー部の連中の鞄にみなこの文字が入っている。クラスのサッカー部の友人にこの文字が“アディダス”と書かれていて何故バイエルンミュンヘンの胸に多大きく書かれていたのかも彼から教えて貰った。そう言えば当時ベルティ=フォックツがいたボルシアメンヘングラッドバッハのユニフォームには erdgas と書かれていたなぁと思った。
このバイエルンミュンヘンとの試合に就いてはかなり後になって色々な“裏話”を知った。
当初日本サッカー協会はワールドカップで優勝した西ドイツ代表を招待しようと計画していたが結局実現せず。その替わりにバイエルンミュンヘンが来日したと言う事だった。それでも当時のバイエルンミュンヘンは前のシーズン、 1973-74 のEurope Champions Cup で優勝を収め以降2大会連続して同大会に優勝し3連覇を飾る事に。前年のワールドカップでは優勝した西ドイツ代表のメンバーのうちGKのゼップ=マイヤー、主将のフランツ=ベッケンバウアーをはじめ、決勝のオランダ戦では決勝PKを決めたパウル=ブライトナー、鉄壁のDF、シュバルツェンベック、爆撃機、ゲルハルト=ミュラー、ウリ=ヘーネス、そしてハンス・ヨゼフ・カペルマンと7人の選手が当時のバイエルンミュンヘンから選出されていた。しかしマイヤーとヘーネス、カペルマンは怪我で来日出来ず、ブライトナーはワールドカップ後にレアル=マドリードに去り、メンバーは前のシーズンとは大きく替わっていた。そしてチームもこのシーズンでは13位と低迷しておりウド・ラテック監督は解任されケルンコーチが監督代行で指揮を執っていた。そして若き日のカールハインツ=ムンメニンゲがこのチームに随行してプレーをした。
試合内容は日本も釜本を中心に結構攻撃に転じ、森が結構ボールに絡んでいた。そして誰かのシュートがあわやゴールインしそうになったのを記憶していて健闘したと言う記憶があったが、後にこの国立競技場のピッチコンディションと来日直後の時差の影響でバイエルンがいいプレーを出来なかった為と知り、時差とピッチのコンディションが整った第二戦ではスコアこそ 1-0 であったが試合内容はかなりバイエルンが主導権を握っていたらしい。
初戦をテレビで見ながら父が“世界一のチームが相手だ。”と言っていたのを思い出すが、今でいえばバルセロナやACミランが来日した様なものであったのだろう。
あれから30年以上が経った。日本サッカーはワールドカップにも出場するだけでなく開催国にもなり今やワールドカップは国民的行事だ。そしてようやくクラブレベルでも世界のトップクラスと対戦出来る様になった。
ACミランが日本に本格的に紹介されたのはいつだっただろう??1989年 オランダトリオ、フリット、ファンバステン、ライカールトを擁して欧州を制覇しTOYOTA CUP に出場した時私はこの試合を国立競技場で観戦したがその時の日本はまだプロリーグは無くマスコミがサッカーを取り上げる事は皆無であった。それがたった18年前だ。
1990年ワールドカップイタリア大会後に WOW WOW がセリエAを中継し始めたがその目玉はやはり AC Milan であった。その AC Milan がまさか日本のクラブチームと公式の大会で対戦するなんて想像もしなかった。何度か来日した時にヴェルディ等のチームとは“親善試合”で対戦をしたけど……

12月13日。浦和レッドダイヤモンズがAC Milan と対戦を果たしたがそれまでどれだけの人がどれほどの積み重ねを果たした上で実現したのだろう……. バイエルンミュンヘンの来日からたった32年なのか、既に32年なのか?何十年もサッカーを観た人間には“たった32年”にしか感じない。
今本当に幸せな時代だと思う。その幸せな時代、浦和は AC Milan に惜敗したがまだ3位をかけてチュニジアのエトワール=サヘルとの試合が残っている。
今大会に出場したクラブチーム、 AC Milan ( イタリア ) Boca Juniors ( アルゼンチン ) Etoile Sportive Du Sahel ( チュニジア ) Sepahan ( イラン ) Pachuka ( メキシコ ) Waitakere United ( ニュージーランド ) そして浦和レッズ(日本 ) 。どこの国が一番最後にワールドカップ出場を果たしたのだろうか………..

正解は日本である。 今我々はサッカー界では世界でもっとも新興国の一つと言うポジションだ。