しかし、さらに検討しなければならないのは、去命令の期間について、現行法においては2週間、改正法では2か月と定め,期間の短縮を認めず、退去命令後の相手方の住屠所について何ら考慮していないことの安当性、ひいては合憲である。
まず、現行法における退去命令であるが、2過間という期間が違憲とはいえないことは前述のとおりである。しかしこれでも、実際には必要以上の期間により相手方の居住を制限していると考えざるを得ない場面に接することが多い。
というのは、当庁における申立人り多くは、いったんシュルター(民間団体あるいは配偶者暴力相談支援センターが設ける、配偶者暴力被害者の一時避難所)に身を寄せ、当座の生活場所、場合によっては新居も審理期間中に確保した上で、専ら荷物の搬出を目的として申立てをしてくるケースが多く、このような事例の場合、引越に必要な期間として2週間もの期間は不必要であり、状況次第では,引越し作業予定日とその前後を退去期間として命令すれば足りるからである。
期間の短縮が定められていないのは、一説には裁判所に期間についての裁量を与えないことで審理の迅速化を図ったものであると聞いたことがあるが、現場の感覚としては、期間の裁量を認めてもらった方が、安心して退去命令を出せるというのが正直なところである。
2週間に固定したことろで、かえって退去命令の発令を躊躇し、あるいは実際上の発令の要件が厳しくなることで、被害者保護に支障を来している面もあるのではないだろか。
ところが、現在行われている改正作業の方向は、退去命令の期間を2か月という長期間に大幅に延長し、これまでと同様、裁判所による期間の短縮定めない、というものであるとされている。このように長期間自らの住居からの退去を命ずることは、具体的事例にもよるが(例えば相手方において退去命令期間中の住居の確保が容易である特段事情があるような場合)、多くの事例は憲法22条1項(居住の自由),29条(財産権)の規定に抵触するのみならず、25条1項(生存権)にも抵触すことは、もはや否定できないのではないか。
これに対しては、期間延長に伴い、従来は退去命令については適用されなかった保護命令の取消制度(本法律17条)-が、退去命令に対しても適用されるようになるとのことである。
しかしながら、2か月という期間それ自体について違憲の疑いがあるのであれば、常に権利の擁護、あるいは相対立する権利相互間の調整を職務とする裁判官としては,そのことを考慮して真に必要な限定された期間についてのみ発令するのが本来のあるべき姿であり、その間の相手方の行き先について関知しないまま、2か月もの間,住居を去るよう命じることは、保護命令制度を運用する一裁判官の率直な感想として、到底できないというのが正直なところである。
現行法においても、退去命令の発令については限定的に行っていることは前に述べたが、これが2か月にもなると、実際に具体的事例に接しないと断言することはできないが、暴力の内容が重度の傷害・殺人未遂となるような重大な事案以外は発令できないということもあり得るのである。この場合、被害者保護はかぁって後退することになる。
また、保護命令の取消制度によって対処しようとしても、保護命令を申し立てた者の中には、その後一切の連絡を絶ち、相手方が家庭裁判所での夫婦関係調整の調停を申し立てても、申立人の住居所が不明のため事件処理ができず、ひいては身分関係の解消ができないとの事例も見受けられる。現行の取消制度は,取消の条件として,保護命令申立人からの申立て,あるいは取消についての申立人の同意が条件とされているため(本法律第17条1項),申立人の所在が不明となった場合には,保護命令の取消はできないことになる。
最悪の場合、何らかの理由で、申立人が退去命令の対象となった住居を去ったことにより、退去命令の実質的必要性がなくなったにもかかわらず、申立人との連絡が取れないため退去命令の取消ができず、その効力が継続するという事態も生じうる。その場合、退去命令の継続が違憲と判断されるのは避けられないであろう。
オ
以上,退去命令ては憲法上の問題点があることを明らかにしたが,そのような問題が生じるのは,退去命令制度の趣旨・目的・必要性それ自体は肯定できるとしても,退去命令による権利侵害の程度・内容について十分な検討をせず,必要以上の権利制限を行うことにある。すなわち,退去命令が,立法目的達成の手段として均衡を失しているのが問題なのである。
この間題を考えるに当たっては,旧刑法における尊属殺の規定について、
「尊属の殺害は通常の殺人に比して一般に高度の社会的道義的非難を受けて然るべきであるとして、このことをその処罰に反映させても、あながち不合理であるとはいえない。
そこで,被害者が尊属であることを犯情のひとつとして具体的事件の量刑上重視することは許されるものであるのみならず、さらに進んでこのことを類型化し、法律上,刑の加重要件とする規定を設けても、かかる差別的取扱いをもってただちに合理的な根拠を欠くものと断ずることはできず、したがってまた、憲法14条1項に違反するとうこともできないものと解する」
として、立法理念それ自体は肯定しつつも、
「加重の程度が極極端あって、前示のごとき立法目的達成の手段として甚だしく均衡を失し、これを正当化しうべき根拠を見出しえないときは、その差別は著しく不合理なものといわなければならず、かかる規定は憲法14粂1項に違反して無効であるとしなけれぎならない」
として違憲無効の判断をした、昭和48年4月4日最高裁判決(刑集27巻3号265頁・判タ291号135頁)が想起されるべきである。
もし,あくまで2か月間の退去命令を設けるというのであれば、
1 裁判所に退去期間についての裁暮♯を与える、
2 裁判所において退去命令の必要性がなくなったと判断した場合には、
保護命令申立人からの申立て・同意の有無にかかわらず
保護命令(あるいは退去命令のみ)を取り消す、
3 過去命令発令期間における相手方の居所の確保について
何らかの措置を講じる、
といった方策が必要であろう。
⑤結び
以上,本法律の問題点、とりわけ退去命令の問題点について検討してきた。本稿をまとめるに当たっては、配偶者暴力それ自体の実態について文献の検討は限られたものであり,その点で,配偶者暴力の実態や問題点を重視した結果として保護命令の強化を求める立場においては,本稿における検討は不十分と評価されるかもしれない。
しかしながら,従前の本法律に関する議論を見て思うのは,配慮者暴力の悲惨さ,問題性にばかり日が向き、保護命令によって生じる相手方の不利益について十分な検討がなされず、今回の法改正においても、この点に加え、実際の保護命令発令に当たっての審理の実態を正確に把握して議論していないのではないかという点である。
(近時の申立ての傾向として、家事調停と並行して保護命令の申立てがなされるケースが増えつつあるが、そのような申立ての中には,被害者保護という本法律本来の趣旨ではなく、調停等で有利な結果を勝ち取るための一環として保護命令の申立てを行っているのではないかと思われる事例も散見されるようになっており、注意を要すると思われる。)
権利制限を行う際には,必ずその目的と必要性、それに相等しい制限の程度と具体的制限方法を検討しなければならない。これらの要件を充たして初めて、当該制度は一般的な支持,ひいては実質的な効力を得ることができるのである。
拙稿ではあるが、現在行われている改正作業において、本稿における問題意識をぜひ検討していただき、バランスのとれた法制度としていただきたいと考えろ次第である。(終わり)
2004.6
まず、現行法における退去命令であるが、2過間という期間が違憲とはいえないことは前述のとおりである。しかしこれでも、実際には必要以上の期間により相手方の居住を制限していると考えざるを得ない場面に接することが多い。
というのは、当庁における申立人り多くは、いったんシュルター(民間団体あるいは配偶者暴力相談支援センターが設ける、配偶者暴力被害者の一時避難所)に身を寄せ、当座の生活場所、場合によっては新居も審理期間中に確保した上で、専ら荷物の搬出を目的として申立てをしてくるケースが多く、このような事例の場合、引越に必要な期間として2週間もの期間は不必要であり、状況次第では,引越し作業予定日とその前後を退去期間として命令すれば足りるからである。
期間の短縮が定められていないのは、一説には裁判所に期間についての裁量を与えないことで審理の迅速化を図ったものであると聞いたことがあるが、現場の感覚としては、期間の裁量を認めてもらった方が、安心して退去命令を出せるというのが正直なところである。
2週間に固定したことろで、かえって退去命令の発令を躊躇し、あるいは実際上の発令の要件が厳しくなることで、被害者保護に支障を来している面もあるのではないだろか。
ところが、現在行われている改正作業の方向は、退去命令の期間を2か月という長期間に大幅に延長し、これまでと同様、裁判所による期間の短縮定めない、というものであるとされている。このように長期間自らの住居からの退去を命ずることは、具体的事例にもよるが(例えば相手方において退去命令期間中の住居の確保が容易である特段事情があるような場合)、多くの事例は憲法22条1項(居住の自由),29条(財産権)の規定に抵触するのみならず、25条1項(生存権)にも抵触すことは、もはや否定できないのではないか。
これに対しては、期間延長に伴い、従来は退去命令については適用されなかった保護命令の取消制度(本法律17条)-が、退去命令に対しても適用されるようになるとのことである。
しかしながら、2か月という期間それ自体について違憲の疑いがあるのであれば、常に権利の擁護、あるいは相対立する権利相互間の調整を職務とする裁判官としては,そのことを考慮して真に必要な限定された期間についてのみ発令するのが本来のあるべき姿であり、その間の相手方の行き先について関知しないまま、2か月もの間,住居を去るよう命じることは、保護命令制度を運用する一裁判官の率直な感想として、到底できないというのが正直なところである。
現行法においても、退去命令の発令については限定的に行っていることは前に述べたが、これが2か月にもなると、実際に具体的事例に接しないと断言することはできないが、暴力の内容が重度の傷害・殺人未遂となるような重大な事案以外は発令できないということもあり得るのである。この場合、被害者保護はかぁって後退することになる。
また、保護命令の取消制度によって対処しようとしても、保護命令を申し立てた者の中には、その後一切の連絡を絶ち、相手方が家庭裁判所での夫婦関係調整の調停を申し立てても、申立人の住居所が不明のため事件処理ができず、ひいては身分関係の解消ができないとの事例も見受けられる。現行の取消制度は,取消の条件として,保護命令申立人からの申立て,あるいは取消についての申立人の同意が条件とされているため(本法律第17条1項),申立人の所在が不明となった場合には,保護命令の取消はできないことになる。
最悪の場合、何らかの理由で、申立人が退去命令の対象となった住居を去ったことにより、退去命令の実質的必要性がなくなったにもかかわらず、申立人との連絡が取れないため退去命令の取消ができず、その効力が継続するという事態も生じうる。その場合、退去命令の継続が違憲と判断されるのは避けられないであろう。
オ
以上,退去命令ては憲法上の問題点があることを明らかにしたが,そのような問題が生じるのは,退去命令制度の趣旨・目的・必要性それ自体は肯定できるとしても,退去命令による権利侵害の程度・内容について十分な検討をせず,必要以上の権利制限を行うことにある。すなわち,退去命令が,立法目的達成の手段として均衡を失しているのが問題なのである。
この間題を考えるに当たっては,旧刑法における尊属殺の規定について、
「尊属の殺害は通常の殺人に比して一般に高度の社会的道義的非難を受けて然るべきであるとして、このことをその処罰に反映させても、あながち不合理であるとはいえない。
そこで,被害者が尊属であることを犯情のひとつとして具体的事件の量刑上重視することは許されるものであるのみならず、さらに進んでこのことを類型化し、法律上,刑の加重要件とする規定を設けても、かかる差別的取扱いをもってただちに合理的な根拠を欠くものと断ずることはできず、したがってまた、憲法14条1項に違反するとうこともできないものと解する」
として、立法理念それ自体は肯定しつつも、
「加重の程度が極極端あって、前示のごとき立法目的達成の手段として甚だしく均衡を失し、これを正当化しうべき根拠を見出しえないときは、その差別は著しく不合理なものといわなければならず、かかる規定は憲法14粂1項に違反して無効であるとしなけれぎならない」
として違憲無効の判断をした、昭和48年4月4日最高裁判決(刑集27巻3号265頁・判タ291号135頁)が想起されるべきである。
もし,あくまで2か月間の退去命令を設けるというのであれば、
1 裁判所に退去期間についての裁暮♯を与える、
2 裁判所において退去命令の必要性がなくなったと判断した場合には、
保護命令申立人からの申立て・同意の有無にかかわらず
保護命令(あるいは退去命令のみ)を取り消す、
3 過去命令発令期間における相手方の居所の確保について
何らかの措置を講じる、
といった方策が必要であろう。
⑤結び
以上,本法律の問題点、とりわけ退去命令の問題点について検討してきた。本稿をまとめるに当たっては、配偶者暴力それ自体の実態について文献の検討は限られたものであり,その点で,配偶者暴力の実態や問題点を重視した結果として保護命令の強化を求める立場においては,本稿における検討は不十分と評価されるかもしれない。
しかしながら,従前の本法律に関する議論を見て思うのは,配慮者暴力の悲惨さ,問題性にばかり日が向き、保護命令によって生じる相手方の不利益について十分な検討がなされず、今回の法改正においても、この点に加え、実際の保護命令発令に当たっての審理の実態を正確に把握して議論していないのではないかという点である。
(近時の申立ての傾向として、家事調停と並行して保護命令の申立てがなされるケースが増えつつあるが、そのような申立ての中には,被害者保護という本法律本来の趣旨ではなく、調停等で有利な結果を勝ち取るための一環として保護命令の申立てを行っているのではないかと思われる事例も散見されるようになっており、注意を要すると思われる。)
権利制限を行う際には,必ずその目的と必要性、それに相等しい制限の程度と具体的制限方法を検討しなければならない。これらの要件を充たして初めて、当該制度は一般的な支持,ひいては実質的な効力を得ることができるのである。
拙稿ではあるが、現在行われている改正作業において、本稿における問題意識をぜひ検討していただき、バランスのとれた法制度としていただきたいと考えろ次第である。(終わり)
2004.6