アコギおやじのあこぎな日々

初老の域に達したアコギおやじ。
日々のアコースティックな雑観

T君の事情

2008-05-20 | Weblog
 このところ、四川大地震絡みの某新聞の社会面が充実している。

 丁寧に事実を拾い、集め、まとめている。

 データ集積とその分析にのみ終わっているのではない。かといって、悲惨な現場に立った取材者の情緒が走りすぎているわけでもない。



 事実を淡々と伝え、そこから読者に考えるヒントを提供している。実に簡潔で、実に明瞭である。

 エモーショナルな記述やアナウンサー、リポーターたちによるワイドショー的な報道が新聞もテレビも主流のこのご時勢にあって、久しぶりにきちんとした報道に接した気がする。

     ◇

 翻って、思う。いま、ミャンマーにも多くの報道すべき事実と、考えるべきヒントがあるはずである。なのに、伝える術がない。


 報道が自立できないような国は、不幸であり、恐ろしい。


 

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 報道によって人の役に立ちたい、と願っている友人のT君が、人事の都合で報道の道筋から遠ざかることになった。

 報道人になるための努力をコツコツと積んできた彼は、憤懣やるかたない。


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 が、報道がおかしくなっている今、報道に直接入り込まずによかったとも、実は言えるのだ。

 ワイドショー化して、記者が自らの功名心で「特ダネ」をつくりあげ、民放TVなどではスポンサーや組織の上司の都合によって報道が操作されている現在、T君はいい人事を得たとも言えるのだ。

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 ワイドショー化した今の報道現場に直接に行かずに、より多くの報道を観察できる場に行くことになったのだ。数年後に、素晴らしい報道人になる自分の肥やしになる経験の場を得たのだ、今回は。

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 記者は「人の役に立ちたい」という一念のみで現場に立つ。

 特ダネを「つくりだす」ような者にならないための「学びの機会」、これは貴重だ。


 今回の人事は受け入れなくては損である。

 まず多くの事象を見て、さまざまな場に身をおいて、「人の立場にたって物事を考える力」を磨いてほしい。


 分かった? T君

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