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Mikadotrochus hirasei:

2010-02-06 00:00:00 | biologie*

ベニオキナエビスガイ Mikadotrochus hirasei  Pilsbry, 1903 の標本。

軟体動物門 Mollusca
 腹足綱 Gastropoda
  直腹足亜綱 Orthogastropoda
   古腹足目 Vetigastropoda
    オキナエビスガイ科 Pleurotomariidae
     オキナエビスガイ属 Mikadotrochus
  

古腹足目の特徴は
多くが円錐形の殻、蓋は小旋-多旋形。殻口に真珠光沢、上足突起が顕著、鰓は一対か左鰓のみ。などなどであり、
オキナエビスのほかにアワビやサザエが属する。

しかし中でもオキナエビスは生きている化石としてよく知られている。
世界中の海にいるものの、深海
(多くは深度2000-3000mの漸深海底帯;bathyal zoneとされるが、日本のオキナエビスやベニオキナエビスは200-500m程度にいる)
に生息しているため人目に触れることは少なく、
その希少価値と、学術的価値と、更に大きく形よく色も美しい貝殻が非常に人気の、一級の貝である。

オキナエビス科(Pleurotomariidae)は、昔から化石記録としてカンブリア紀(Camblian period; B.C. 545-505 Mya)後期から連続して見つかっており、
非常に系統的に古いグループであることが知られている。
その形態も原始形質を多分に残すとされており、巻貝の進化を考えるには極めて重要である。

さて長らくオキナエビスは化石しか見つかっておらず、
ずっと現生では絶滅した動物だと考えられていた。

だが1856年、カリブ海で生きたオキナエビスガイが発見されたのを皮切りに、
世界中での生息が報告されるようになっていく。
要は軟体動物版シーラカンスだ。
日本ではそれまでにも一部地域などでオキナエビスの貝殻は知られていたらしい。
1875年(明治8年)、当時の東京大学の教授だったヒルゲンドルフ教授{Franz Martin Hilgendorf (1839-1904)}が、
神奈川県江の島の土産物屋でオキナエビスの貝殻が売られているのを見つけて大変驚き、
1877年、学会にて日本でもオキナエビスが生息していることを初めて学術的に報告した。
その後すぐに大英博物館から東京大学へ採集の依頼があり、
その1年後、三崎臨海実験所の青木熊吉が生きた個体を採集して億万長者になったという。
今では生息地もよく知られるようになり、昔ほど珍しくはなくなってきたため、
日本で最も一般的なベニオキナエビスなどは貝殻が数千円で購入できたりするが、
過去にはオークションで360万円もの価値が付く貝殻などもあったそうである。

ちなみに
日本のオキナエビスの初めての"学術的な"報告は1877年だが、
武蔵石寿による1843年(天保14年)の書、『目八譜』の第7巻に、「西王母」、通称「翁蛭子」と記されており、
ヨーロッパの博物学の枠ではないが、これが世界で最初の現生オキナエビスの報告であるのは現時点で間違いない。
シーラカンスにせよアメリカ大陸にせよオキナエビスにせよ、公式な"発見"ってーのはいつも"ヨーロッパで知られるようになりました"ってことなもので…

  

ところで、オキナエビスの特徴は何と言っても殻口外唇から伸びるスリットである。
このスリットは呼吸・排泄などのために開いており、
つまり機能/形態ともにアワビやトコブシの孔列と相同なものとされる。
ところでなぜスリットがそんなに大切なのか?

腹足類(Gastropoda)の多くは体制が180度ねじれている。
分かりやすく言うと、口と肛門が完全に同じ向きに開いている。
(カタツムリを飼ったことがある人なら、肛門や生殖口が殻口に開くのはご存じね?)
「要は、我々が思いっきり前屈するみたいに、体を折りたたんでるってこと?」と思われるかもしれないが、ことはそう簡単ではない。
普通に我々のような生物が伸びをした姿勢をとったまま、内臓や神経の一切合財をグイッと曲げて口の横に肛門を持ってくるような、
そんな(文字通り)頭がこんがらがりそうなことが起こっているのである。
このため、巻貝の神経系を見ると、体の真ん中で思いっきり交差したりしている{捩神経型(streptoneury)} 。
こうした特徴は進化的に変遷を追えるのもそうだが、発生時においてもこの過程を経るという。


    
buccal ganglia: 口球神経節, cerebral g.:脳神経節, pleural g.:側神経節, pedal g.:足神経節, parietal g.:体壁神経節, visceral g.:内臓神経節
                                                                                                    (Bullock, 1965より改編)
脳神経節-側神経節-足神経節の環を、周食道神経環(oesophageal commisure)と呼ぶ。

つまり、ねじれが完全なほとんどの現生巻貝は口と肛門が同じ殻口に開くものの、
未だねじれの不完全(進化において"不完全"というのはオカシイんだが…そういうのはたいてい結果から先に見た故の誤膠)な種では、
口と肛門との角度がズレる。
つまり、平たく言ってオキナエビスってのはそういう状態を保ったまま生き残ってきたやつなのである。

ちなみにウミウシなど後鰓類(今はこの分類名は使われない。腹足類の系統関係は現在混乱が続いており、なかなか統一見解が出ない)は、
ねじれが二次的に何°か戻っており、直神経型 (euthyneuy)である。

他にも歯舌(radula)が特徴的だったりする。
腹足類の摂食器官と言えば歯舌で、ここには鋭い歯が横に何列にも並び、それが縦にずーっと続いているわけだが、
この列はその位置で大きく中歯(central tooth)と側歯(lateral teeth)などに分かれる。
通常では3-4列程度の側歯だが、オキナエビスでは40列もの明らかに多い側歯を持つことが知られている。
  
このベニオキナエビスはさほど大きくはない個体であり、某所にて思いがけずかなりお得に入手した。
手に入れたときはまだ海水が洗えていなかったのか、少々ベタついていたが、
特に薬品処理などはせず真水でたっぷり洗うと綺麗になった。
小型とはいえ、手にズッシリ乗る大きさと色模様が素敵であるよ☆

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 ・
specimens: うちの収蔵標本。

 ・Takydromus tachydromoides: ニホンカナヘビ。
 ・Phascolosoma scolops: サメハダホシムシ。
 ・Spadella sp. イソヤムシ属。


Reference:
『バイオディバーシティー・シリーズ5 無脊椎動物の多様性と系統(節足動物を除く)』
 岩槻邦男・馬渡俊輔:監修 白山義久:編  (2000, 裳華房)
COMPARATIVE ANATOMY AND PHYLOGENY OF THE RECENT ARCHAEOGASTROPODA (MOLLUSCA: GASTROPODA)
Takenori SASAKI The University Museum The University of Tokyo Bulletin No.38 (1998)
『貝の博物誌』
 




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