家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

寒いツーリング

2016-04-12 07:59:09 | Weblog
前日ポカポカ陽気の中試運転を兼ねて翌日の集合場所や所要時間を確認した。

ウドンと天丼で昼食をとったあと新東名の浜松SAに行ってみた。

といっても高速道路を走ったわけではなく一般道からSAを利用する人のための駐車場に入った。

SAではトイレを利用しただけだった。

暖かくて上着を脱いだ。

はじめは上り線のSAに入ったが続いて下り車線のSAにも行ってみた。

SAの周りの道路を確認して、これから利用し易いように頭の中に周辺を記憶に残した。

当日朝4時半に起きて支度した。

昨日より寒く感じたのは朝が早いからだと思った。

ところがいっこうに暖かくなってこない。

6時こちらからはモーガン2台で出発した。

新清水インターを下りたところで別の2台と合流し4台で爆走していった。

一般道も高速道路も新型モーガンのパワーを思い知らされた。

だが運転手としては少々面白みに欠けるという。

「サードに入れておくとオートマチックみたいなんです」と言って彼の以前乗っていた4/4「フォーフォー」のシフト入れ替えやアクセルワークを懐かしんだ。

山道は、やはりシフトチェンジやアクセルワーク、フルブレーキングを匠に操って走るものなのだ。

諏訪インターを下りても暖かくない。

霧ヶ峰に向かって狭い道路を登っていく。

「ヒェー」道路脇に雪が残っている。

待ち合わせ場所の霧の駅には冷たい風も吹き渡り太陽は明るさだけの提供のように感じられた。

既に出発から5時間以上経過していたが暖かいキノコ汁が心地よかった。

街中の走行のように、いわゆる大名行列のようなノロノロ運転ではなくある程度自由に速度調整のできるコースで楽しかった。

はげ山の景色から林の中を抜けるコース。

途中農作物を買うこともできた。

私の住む地域では1ヶ月前に終わったフキノトウがまだ売られていることに驚いた。

帰路は富士山の息が吹きかかるほど近い道を抜けていった。

桜が咲き、菜の花が咲き、桃の花が咲く。

「枝垂れはいいなぁ」走りながら声が出た。

霊峰は気高く美しい姿を見せる。

なるべく美しいままに我が愛車と一緒に写ってもらおうとしたのだが、いつも通り大した出来の写真は撮れなかった。

草木染め

2016-04-04 10:36:00 | Weblog
帰宅すると妻がピンクに近い薄茶色の小さな小さなTシャツを干していた。

「かわいいでしょ。見ているだけで胸がキュンキュンしちゃう」という。

確かに、その小さなTシャツこそ「かわいい」という言葉が似合うものはない。

妻が白いTシャツを購入し、それに絞りを加えて染めたものだ。

丸い絞りの大きさも、その配置も妻のセンスの向上だと感じた。

背中にも一つ絞りがあり「おっ紋付きだな」と言った。

これはビワの葉で染めたものだ。

濃い緑の葉で染めたものがピンクを含むうす茶色になるとは意外だった。

品のある色だ。

そのビワはモーガンの友人であるN氏が我が家に最期の宿泊に来た時に食して出てきた種を植えたものだ。

彼はガンを患っていて、その末期に医師から「会いたい人がいたら会っておきなさい」と言われて奥さんの運転で会いに来た。

いつもは、あまり食が進まないということだったが、その時だけは奥さんが驚く程の量を食べた。

良い思い出のあるビワの葉で、これから育つ子供の服を染める。

N氏の明るい性格が、これを着る子供に受け継がれるような気がする。

しばらくして今度は春野で晩白柚(バンペイユ)の葉で染めをした。

いつものようにステンレス製の鍋に葉を入れてグツグツと煮出す。

それに染めたい布地を入れて再びグツグツと煮る。

私は火の番をした。

庭や道路に散乱している杉の葉や枝を燃すので片付けも兼ねていて時間が来ると染め用の鍋の横に昼いただくスープの鍋が乗る。

煙にまみれて出てくる涙も悲しくて出てくる涙も同じ。

ならば健康の役に立っているのではないか。

染めることが一石何鳥にもなっている。

こちらは予想通り薄い緑色に染まった。

色の着かなかった部分と着いた部分のコントラストが薄い。

それは仕方ないことであり、だから、それがより上品に仕上がっているとも言える。

草木染めのできる環境に感謝し出来上がった服を誰が着るのかなと希望を膨らませて、きれいになった庭を眺めた。

顔が少し突っ張る気がするのはスモークされたからだろうか。