ばあさまの独り言

ばあさまから見た世の中のこと・日常生活のこと・短歌など

受験秀才と人間性

2021年04月11日 | 随筆
 最近の医学部は「医師になりたい」という希望を持って受験する人ばかりではななく「最難関の入試を乗り越えて入学してみたい」と云う所にもなっているのでしょうか。知人に或る国立大学の医学部を五浪して目出度く入学、国家試験にも一浪して努力の結果医師になった人がいました。その忍耐強良さを思う時、「良く頑張ったなあ」と敬服します。
 片や東大に6浪して入学した人も居て,人の何倍もの時間を費やして、初心を貫く人がいます。しかし、これが自分の意志で無かった時、時としてそれを強いていた人への殺人にも発展する事があります。
 最近親に医学部一筋を無理強いされた人が、九浪に耐えきれず、その親を殺したというニュースを見ました。何故このような悲劇が起きるのでしょうか。
 古い話ですが、或る日我が家に来られた立派な紳士が「息子には困ったものです、○○大学の芸能学部に行きたいと言い出してきかなないのです」と仰いました。とても優秀な息子さんのようでした。そこは芸能関係に行きたい人には憧れの学部であり、多くの芸能人がそこから生まれています。お話に同席していた私は思わず「良いじゃないですか、そこへ行きたいのなら行かれれば。」と云ってしまったのでした。「えっ」と云われてその方は暫く考えておられました。「そこが良いのなら、そのうちそこで芽を出されるかも知れないし・・・。」と何時も出しゃばりな私は思わず追い打ちをかけてしまいました。
 率直な感想でしたし、その人の息子さんがどういう人なのか私は知らなかったのですが、自分の意志で是非行きたいと思うなら、きつとそこで努力する事を厭わない、と咄嗟に私は思ったのでした。
 その方は何だかハッとされたようでしたが、やがて笑みを浮かべられて「そうですね。自分が行きたいのだから。」と明るい顔になられて、急にその場が温かく輝いたような気がしました。無責任な他人の口出しだったのかも知れませんが、少なくとも本人が「進みたい」と云う進路が明確な場合、親としてはそれれを支持してやるのが良い、と私は今でもそう思って、出しゃばりの言い訳にしています。
 医学部へ行けと云われ続けて九浪し、ついには親を殺したという記事は何とも悲しいものでした。九年も親の希望を叶える為に、あなたは努力出来ますか?医学部では、手や足などに来ている「細かい神経の一つ一つの名前」などひたすら丸暗記だそうです。気が遠くなりそうな暗記に耐えるには、余程の努力と忍耐強さが必要でしょうし、「肉体を切り刻む」解剖も乗り越えなければなりません。私のような「理づめで解くならわかるけれど暗記は大の苦手」で、更に小心者の私には続かないでしょう。自分が希望しているのであれば良いですが、人に強いられたら悲劇です。
 生きて行く上で、たとえ手探りの道でも、努力している内に自然に目の前が開けて行き、生きて行く方向がしっかり決まって行くものだ、と私はのんびりとそのように思ったりしています。
 
 ずっと以前に訪れた高野山の金剛峯寺の境内に「小雨が大地をうるおすように ほんの少しの悲しみは 人の心を優しくする 心配せんでもよい かならず良いようになる」と書いてありました。私は今でもこの言葉に安らぎを覚え感動します。
 ところで最近は医学部の志望者が多く、理学部や工学部が少し減少したと聞きます。秀才が医学部へ集中したら、日本の科学技術はどうなるのでしょう。文学や芸術の発展や伝統の維持はどうなるのでしょう。一芸に秀でる人は、その道に進むことで立派な功績を残すことが出来るのであって、その芽を摘まないで欲しいものです。

 私は、医師として最も大切な事は病人の話を良く聞いて、その心を良く理解し、優しく温かくそして常に新しい医学を学び続ける努力の人であって欲しいと願っています。決して学力が第一では無いと思います。「認知症の医師が認知症になった」と云われて、更に認知症の研究をして本を書いて居られる長谷川和夫医師のように、患者さんに共感する心を持って居られる医師を尊敬しています。
 夫の伯父は若い頃から優れていましたので、特待生として医学部に入学して、故郷に戻って開業しました。何年か経って、当時酷い腸チフスが流行して、死にそうな患者さんから往診を頼まれたのでした。助からない事は既に解って居たらしく、感染の危険も重々承知の上で往診して、それはそれは酷い下痢だったらしく「消毒も充分した」と聞いていますが、何回も往診してとうとう感染して亡くなりました。当時は往診を断ることなど考えられなかったのでしょう。

 近くに二年程前に開業したクリニックがあります。「心臓血管外科・内科」と表示されて、優しい先生ということでした。専ら内科専門の医院でした。コロナウィルスの感染が始まった頃は、朝は診察に訪れる人が列を作っていました。ところが有る時「PCR検査の対応は致しません。」と掲示が出ました。するとそのせいかどうか解りませんが朝の列が消えました。ところが先日通りかかった時に「コロナワクチンについての講演会を開きます。どなたでもおいで下さい」という貼り紙がありました。
 コロナの患者さんが来るのは困るし、かと云って来院の人が減るのも困ると云うところでしょうか。

 人間はどのような事情で自分の道を歩き出すのか、歩く道の先に何があるのか、考えると不思議です。でも熱い心を持って、自ら進んで行く道は素晴らしいですね。新しい年度になりました。我が家の前を通る人達にも、新しい中・高の学生服やスーツ姿の人が日に日に多くなったようです。皆様の前途に沢山の幸せがありますように。


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