ばあさまの独り言

ばあさまから見た世の中のこと・日常生活のこと・短歌など

いのちなき砂の囁き

2016年09月27日 | 随筆・短歌
  鳥取の砂丘に行ったことがあります。私の街にも海がありますから、当然砂丘があり、夏には海水浴場の海の家が建ったりします。昔からの砂丘が今は街になって、○○山とか山○○とか言う地名になっています。海の傍の砂山が最も大きい砂丘です。でも鳥取ほどの規模ではありません。初めて砂丘らしい砂丘を見て、日本にもこのような砂丘があるのかと感動しました。
 砂丘へは、長靴を借りて登って行きます。初めての経験でしたから、長靴で登るなどという知識は持ち合わせていませんでした。長靴は一足毎に砂に埋まり、急な斜面では一歩登るとその半分くらいは滑り落ちるのです。ですから前方から見て、そう大して時間は掛かるまいと思いましたが、頂上に登るのには、なかなかの苦労で汗が出ました。
 頂上に登りましたら、海側の斜面を吹き上げて来る、やや強い潮風が大変心地よく思えました。海側は草が生えて絶壁に近い感じで、下りられるような所ではありません。ただこの潮風が運んでくる砂が、丘の頂上を越えて降り注ぎ、砂丘をなしているのです。
 砂丘の頂上に腰を下ろして、しばらく休憩しました。人々が上り下りする所は、足跡で砂は崩れていましたが、人が登らないところには風紋が出来ていました。一吹きすると風紋は直ぐに形を変え、面白いように砂丘の表面の模様が変わりました。
 少し遠くの頂上からややすり鉢方面に下った処に、女性が一人、私達が砂丘に登る前からずっと長い間動かずに、砂紋を眺めて腰を下ろして居ました。何故か気になりました。何か悩みでもあるのかしら、とも思えて来ました。私達夫婦がこの地を訪れた目的と、つい関連づけて心を痛めてしまいました。私達が帰る時も、女性はそのまま動かずに、座ったままでした。
 私達が鳥取の砂丘に出かけたのは、山陰道を見学しつつ、大山や出雲神社、津和野や周防・山口の史跡を訪ねたり、下関では平家の赤間神社等を見学して、九州から船で帰る旅の途中でもありました。
 しかし、鳥取はとりわけ夫には、忘れられない想い出があったのです。夫が二十代の始めの頃に、一緒に勤めていた上司で、とてもやさしく面倒見の良い方で、夫は何かとお世話になったのだそうですが、職場が離れてから間もなく、その方は突然夫のある女性と心中してしまったのです。
 二人の仲が職場内で知られたようで、その方は来春から遠くへ転勤が決まっていたといいます。女性も元夫が、原因は知りませんが投獄されていて、近く出所して来る予定だったそうです。
 男性はやさしい人だったから、女性の身の上に同情したのだろうと夫は言いました。しかし当時は外見はごく普通で、そのような切羽詰まった状態には見えなかったといいます。
 男性は単身赴任でしたが、家庭的にも恵まれていて、将来の家族の夢を語る日々もあったといいます。夫には、何故鳥取の砂丘であったのか、と問う心がいつもあって、亡くなられたその場所へ行けば、ひよっとしてその心境が理解出来るかも知れない、という思いがあったようです。
 ですから一度は亡くなられた鳥取の砂丘に行って、手を合わせて来たい、せめてお世話になったお礼を言いたいと折々言っていたのです。
 てもその地に立っても、砂は何も答えてはくれず、「悲しいなあ、本当に死ぬためにここへ来たのだろうか」と2万年をかけて出来たという砂丘の上で、つぶやいていました。祈ったり周りの風景を眺めたりした後に下に降りて、展示館で風紋や砂廉の美しい写真を眺めました。
 砂と言えば、亡くなった娘が学生時代にドイツの或るご家庭に、大学の語学研修で、一ヶ月あまりお世話になったことがありました。そのご家庭はご夫婦とも小学校の教師でした。子供さんが二人いらして、上が女の子、下が男の子で、どちらもまだ小学生でした。
 そこのお父様が世界各国の砂を集めておいでだと伺って、娘も日本の美しい砂を持って行ってあげたいと言い、私達親も娘と共に、100キロほど離れた鳴き砂と言われる白砂の海岸へ車で出かけ、砂を小瓶に入れて持たせてやりました。
 そこは岩や海岸が美しくて、以前よく海水浴に出かけたところですが、それまであまり砂に気を止めたりしては居らず、瓶に入れて棒でつつくと、確かにキュッキュッと音を立てました。
 お父様がとても喜んで下さったそうです。お父様は焼き物が趣味で、ご自分で土をこねて焼いた、牛乳やスープを入れる大きめの瓶と、持ち手の無い小ぶりの温かみのあるカップを5個、セットで記念として娘に下さいました。今もわが家に大切に飾られています。
 砂丘の風紋は風が吹く度に姿を変え、見ていて飽きません。砂廉(されん)というのは、砂が吹き積もって、お天気の良い日に限度を超えるとザッとある程度の幅で滑り落ちるのです。その跡は砂のすだれのように見えます。その様々な砂廉の跡もまた哀しいものです。「我慢して耐えに耐えてきたのに、遂に限度を越えた時、一挙に崩れて行く様は、あの二人の心象風景に思えてならない」と、夫が言いました。砂には心はありませんが、まるで魂がそこにあるようにも思えます。
 鳥取の砂丘の砂も、鳴き砂も今は遠い想い出ですが、そういえば私が一番好きな歌人の啄木も、次のような名歌を残しているのでした。

砂山の砂に腹這い初恋のいたみを遠くおもひ出る日

東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる

いのちなき砂のかなしさよさらさらと握れば指のあひだより落つ

頬(ほ)につたふなみだのごはず一握(いちあく)の砂を示しし人を忘れず

大(だい)といふ字を百あまり砂に書き死ぬことやめて帰り来(きた)れり
              
  石川 啄木   一握の砂(新潮社)より   



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「こころ旅」に甦る旅の想い出

2016年09月16日 | 随筆
 秋日和の今日(9月15日)NHK BS3で、夫と火野正平さんの「こころ旅・選」を見ていました。当地では午後0時から1時までに2回分の放送があります。今回は丁度北海道で、番組表には、「北海道開拓と湿原の鶴」とありました。
 私達には、今から16年前に、北海道を12日間かけて車で巡った旅がありました。私は運転が出来ませんので、夫一人の運転でした。6月5日から17日まででしたが、記憶に残っている主な見学先は、矢張り北海道最初の、函館の五稜郭跡・トラピチヌス修道院(外だけでしたが、とても静かで素晴らしかった)ハリストス正教会・函館山・旧函館区公会堂などです。
 啄木の「函館の青柳町こそかなしけれ友の恋文矢車の花」が思い出され、矢車の花を探しましたが、ついに見当たりませんでした。
 雲の彼方まで真っ直ぐで、高速道路のような一般道を走りました。美幌峠と網走の小清水原生花園・摩周湖・知床の海の遊覧・知床五湖巡り・霧多布岬・そして釧路湿原と丹頂鶴自然公園・富良野の麓郷の森などが、この旅で特に印象に残っています。(当時と現在では異なるかも知れません)
 今日の番組のお手紙の方の忘れ得ぬ風景は、一人目は釧路市の浦幌にある豊北神社と、樺太から引き上げて苦労して開拓した祖父母や両親の耕作地の平野と海を望む景色でした。何も無い処からの、現在の豊かな畑を眺めて、ご苦労を偲びました。
 小学生で樺太からの引き揚げ者である夫には、ひときわ胸に迫るものがあったようです。
 豊北神社はこじんまりとしていましたが、多くの開拓民の心のよりどころであったのでしょう。こういうささやかな神社こそ、住民達の心からの願いを知っていて、現在に伝えられているのだと感じました。ここを想い出の場所と言う人の、両親や祖父母への感謝と懐かしみが、伝わって来ました。
 次のお手紙は、子供たちとの旅の想い出の、釧路湿原の鶴居村でした。ここは、私達にも忘れられない想い出があります。釧路のホテルに泊まって、釧路湿原の展望台とビジターセンターへ行く積もりでしたが、どうせなら、もっと先まで行けば良いと教えて貰って、さらに湿原の先まで車を走らせ、木道の遊歩道がありましたから、そこを歩いて湿原の中を可成り進みました。 
 すると鶴が芦の湿原で餌を探していて、偶然自然界の鶴に出会うことが出来ました。とても感動しました。良いお天気で、のんびり歩いて戻ると「熊が出ます、注意」という立てたばかりの看板があり、ギヨッとしました。
 続いて「丹頂の里」まで行って、餌付けされている鶴を見ました。自由に飛べるように金網でいくつかに仕切られていましたが、天井が抜けていてありません。幾組かつがいで暮らしているのでしょうが、昼間のせいか、その金網の囲いの鶴は不在でした。
 今回のこころ旅の火野さんも鶴には逢えず、翌日鶴に逢えたと一羽の鶴が写っていました。折角でしたから、見ることが出来て良かったとホッとしました。
 北海道ではキタキツネと丹頂鶴と広い牧場の牛や馬が、矢張り是非とも見たい生き物です。キタキツネは、知床五湖への急な下り登りの道路脇に、恐がりもせずに立っているのに出会いました。飼っている所もありましたが、自然の中が一番です。牛馬は道路の際までの牧場もあり、思い思いに草を食んでいて、のんびりと豊かな時間を過ごしていました。
 熊だけはゴメンですが、ニセコの道路から、歩いて入った神仙沼のあたりは、良く熊が出るそうで、それも戻ってから聞きました。誰一人居ない早朝の沼には、霧も降っていて音も無く、本当に熊がいても不思議ではない場所と時間でした。駐車していた道路に戻ったら、ライダーが一人いて、「無事でよかったですね」と言われました。
 僅か1時間の番組ですが、想い出と交錯して、夫と当時を思い出し、楽しい1時間でした。いつも自転車の目線でスピードもゆるやかで、周囲の景色が見られますから、それが何とも言えない楽しみです。
 火野さんの一隊は、NHKの番組で有名ですし、カメラワークも音声もベテランぞろいで、何処でも人情味あふれた人々との一寸した交流も見られ、ほのぼのと楽しめます。
 旅好きですから、つい今回のブログはこころ旅につられました。先ほど2年前の私のブログを読みましたら、最近の私の文章はすっかり切れ味が鈍く、間延びしていることに気づきました。老いは文章にも表れる、と思い知らされたところです。 

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猛暑に耐えて行列している患者さん

2016年09月07日 | 随筆
 私の家から徒歩で6~7分ほどの所に皮膚科医院があります。また徒歩20分位の処に大きな総合病院があり、バスでも歩いても行けます。この皮膚科医院は、10年くらい前にオープンしたもので、付近の住民は大変便利になりました。
 ところがこの医院の診療は、午前9時からなのですが、開始時刻少し前まで入り口の戸が開かず、患者さんはドアの前に長い行列を作って並んで待っています。今日のように夏の暑い日の午前9時近くは、もう酷暑ですし、冬の日は凍るような寒さの中です。
 でも時刻までは決してドアは開きません。私達夫婦は、毎日のウォーキングでこの医院の前の歩道を歩きますから、この患者さんの列を見るたびに「何故30分くらい前には、中に入れてあげないのか」と思い、小さいお子さんを抱いたお母さんや、お年寄りを眺めてお気の毒でなりません。
 私達がここを通るのは、たいてい9時15分くらい前のことが多いですが、職員の一人が早めに出勤されて、受付するとか順番札を配る等して、医院の中の冷暖房の効いた待合室に入れてあげるべきではないのか、と何時も思っています。
 私が4週に一回通っている内科医院は、少なくとも30分前には開いていて、もう患者さんが集まって来ます。私達は15分くらい前に受付して頂くように行くのですが、もうオールキャストで準備が整っています。テレビを眺めてゆっくりとソファーで待たせてもらっています。
 医師の診察開始は9時きっかりですが、それは承知で上ですから、快適な待合室の椅子で、ゆったり待つのと先の医院とでは大きな違いです。診察開始まで間があり、椅子が足りない時は、補助椅子を出して下さいます。
 いくら皮膚科だと言っても、患者さんは皆気分が優れないのです。このサービス精神の違いは、患者に対する医師の姿勢の違いを表しているものと言えるでしょう。
 患者を思いやる心が無ければ、医師としての基本的条件の欠落といえましょう。
 私の家の回りは、何年かに分けて開発売り出しされた土地ですから、ある程度の広さの区画で、住む人の年代が異なります。二代目の住人も多くなって、身近な区画では夫と同年代か少し上の人達が住んでいます。亡くなられる方も増えて来ました。救急車はたいていこの総合病院へ行くことが多いので、病院についての様々なニュースが入ります。
 患者さんには、入院して間もなく亡くなられる方や、回復して帰宅される方もいますが、医師の治療について納得出来ない場合もあるようです。
 訴訟になったりならなかったりするその原因の第一は、医師の患者さんに対する対応にあると聞きます。日頃から良く患者さんとのコミュニケーションを取り、丁寧に説明している医師との間のトラブルは殆ど皆無だと聞いています。
 医師である以上、そのような常識的なことは、十分に承知している筈ですが、まるで時間を切り売りしているのか、としか思えないような医師には、トラブルも起こりやすいと言えるでしょう。
 今日はあまりの暑さで、我が家の地区はテレビで見る限り外出注意の時間帯がありました。午前9時には、ゆうに31℃を越えていました。しかし今日も9時前に着いた患者さんは、暑い中を立ちんぼだったと思いますと、本当にお気の毒です。このような医院が今時あるということが不思議なくらいです。
 患者への思いやりに欠けた医院は、やがて患者に見捨てられる日が来ると思えます。それが今の世の現実と言えるでしょうか。

坂村真民全詩集 第5巻 に次のような詩があります

「何か」をしよう

何かをしよう
みんなの人のためになる
何かをしよう
よく考えたら自分の体に合った
何かがある筈だ
弱い人には弱いなりに
老いた人には老いた人なりに
何かがある筈だ
生かされて生きているご恩返しに
小さいことでもいい
自分にできるものをさがして
何かをしよう
一年草でも
あんなに美しい花をつけて
終わってゆくではないか    大東出版社



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