Negative Space

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無防備都市で独裁者の死刑執行人に誘拐される伯爵夫人:『ヒットラーの狂人』

2015-10-28 | その他


 ダグラス・サーク『ヒットラーの狂人』(1943年、MGM)

 サークのハリウッド第一作。タイトルはちょいちょい耳にしてはいたが、これほどの拾い物とは思わなんだ。

 『死刑執行人もまた死す』とおなじ素材を扱っている。製作者はラングの『M』を手がけた人(シーモア・ネーベンザル)。契約の関係で撮影監修とクレジットされているオイゲン・シュフタン(『メトロポリス』)が実質的な撮影を担当しているようだ(たびたびインサートされる俯瞰のロングショットが印象的)。

 というわけで、同じような境遇にあったラングの映画といろいろな接点がある。タイトルバックは何本もの縛り首用ロープの図柄。当初は『ヒットラーの絞首人』というタイトルが予定されていたが、本作の公開が諸般の事情で延びたぶん先に公開となったラング作品とまぎらわしいということで変更された。

 ラング作品と同じくまったく容赦のない描写。銃殺される神父(『無防備都市』で銃殺されるアルド・ファブリッツィそっくり)。連行され、棺に入れられて帰宅する活動家。そして村の娘たちを家畜のように品定めするハイドリッヒのサディズム。娘たちの一人は無名時代のエヴァ・ガードナー。『殺人者』はこの三年後の作品である。

 非情な極悪人を爬虫類的に演じるジョン・キャラディンのマニエリスティックな悪役。本作を見ずにキャラディンを決して語る勿れ。「キャラディンはシェイクスピア俳優で、誇張した演技をしがちなことで有名だったのですが、じっさいナチスの多くはシェイクスピア俳優のようにふるまっていたのです」(『サーク・オン・サーク』)。なんとサークはじっさいにハイドリッヒに会っているという。そのサークがキャラディンのハイドリッヒ役に太鼓判を押しているのだ。ジャン=クロード・ビエットはこの役柄をリチャード3世になぞらえている。

 ラストで銃殺されていく男たちの歌声は『独裁者』の演説と同じくらい感動的だ。

 本作に感銘を受けたキング・ヴィダーはその後ハリー・コーンに干されていたサークに激励の言葉をかけた。サークにとってそれはなによりの支えとなった。