久々に記憶が飛ぶまで酒を飲み、翌日ひどい二日酔いに苦しみました。
大抵の場合、私の二日酔いは正午を境に楽になるのですが、この日は午後二時を過ぎても頭痛と吐き気が治まりませんでした。
寝ても起きても辛いのでなにもしたくなかったのですが、意を決して外出の支度を整えました。
こういう状況のときにこそ試してみたいと思っていたことがあったからです。
向かったのは上野にある守田治兵衛商店という東京最古の薬屋で、試してみたいこととはここで売られている宝丹を服用することです。
宝丹とは、幕末のオランダ人医師であるボードインと親しかった当時の守田治兵衛商店店主が創製し、文久二年から販売を開始している歴史ある薬です。
当時は吐瀉・中暑・霍乱・胸腹煩悶・一切気絶・中毒・感昌・眩暈・歯痛・船車酒害・下痢・瘧疚への効果をうたっていたそうですが、現在では胃もたれ・はきけ(むかつき・嘔気・悪心)・胸やけ・飲みすぎ・食べすぎ・嘔吐等の症状に効果があるということです。
明治三年に官許一号の公認を得ていますが、なにより私を引き付けてやまないのは、西南戦争の際に警視隊が宝丹を軍旅用薬に指定したという事実です。
当時の店主は宝丹の宣伝に熱心な方で、『宝丹経験録』という宝丹を服用した人々の回復エピソード集を出版しています。
その中で、宝丹が警視隊の軍旅用薬に指定され、六千包を買い上げたことが記されています。
そしてそのお礼として宝丹千包と宝丹水千瓶を献納したところ、西南戦争平定後に銀杯を下賜されたことも誇らしく記されています。
さらに、西南戦争に出征するも宝丹のおかげで病とは無縁だったという西良太郎巡査から届いた感謝の手紙までもが掲載されています。
見事な記事構成に、思わず感心してしまいました。
上野の守田治兵衛商店で宝丹を購入した後、まっすぐ帰宅しました。
宝丹は食後か食間に服用する薬なので、食事をつくって食べた後、服用しました。
西南戦争当時は赤い半煉り状の薬だったそうですが、現在では散剤になっています。
添付の匙ですくって三杯を服用しました。
この味、この匂い、いかにも効きそうという雰囲気があります。
幕末のイギリス人画家であるワーグマンの作品に、西南戦争に出征する警視隊を描いた勇ましい絵がありますが、この絵に描かれている警視官たちが服用したであろう宝丹を、現在を生きる私も服用できたことを嬉しく思いました。
まもなく、私は二日酔いから完全に復活しました。
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