硬派な生き方を選択しながらも、都会の生き方を忘れずに暮らす「頑固なボス」の痛快辛口日記

誰かがやらなければならない社会貢献がある。利他主義を貫く信条を主張するボスの独り言!

勤労高校生…⑥

2017-07-15 14:04:45 | 自叙伝

 

私は無類の歴史愛好家で、特に戦国史と幕末史に凝っている。

 

家族や友人たちは、あまり歴史問題に触れてこないのだ…話し出せば、いつまでも語り終わらない事を知っているからだ。

 

歴史好きになったきっかけは、小学校時代にさかのぼる。

ある日、何気なく天井を眺めていた時だ。当時の炭住(炭鉱住宅)は粗末で、天井には新聞紙が貼ってあった。

その中の一枚に目が行ったのだ…日付が「大正13年8月17日」の新聞で発行元は重ねて貼ってあるので不明。

 

自分と同じ誕生日に不思議な気持ちが湧いてきた。私が産まれる30数年前に何があったのだろう? と。

 

もう一つのきっかけは、以前誰かが住んでいたであろう長屋の探検だ。

一人で遊ぶには飽きないし、探求心を掻き立てた。必ずと言って良いほど、引っ越していって相当な年月を経過していても残留物があるのだ。

 

様々な古書や教本や雑誌類・新聞の束だ。ヒモを切ってばらしてから読みふける…あたりが暗くなるまで没頭しているのだ。

この家には、どんな人がいて どんな家族が居たんだろうか? 子供は何歳くらいだったのだろうか? 色々な想像ができる訳だ。


こんな一人遊びを繰り返していると、今度は山の探索だ。

炭層を発見したのは たしか明治時代だ…なんて考えていると、いてもたってもいられなくなる。

山に入り、道なき道…かすかだが、昔人が通った形跡を見つけては突き進む。何度か道に迷うこともあったが、山の尾根を見つけると自分の位置が自然と分かる知恵は身についていた。


赤いボロキレ布を枝に巻き付けて山肌を探索する場合もある…初めての山道や獣道を通る場合には 帰り道を示すためにそうしていた。


歴史好きと言っても、学べる「本」がないのだ…小学校時代は、風呂で近所の大きな兄ちゃん(高校生)にお願いしては、使わなくなった歴史の教科書や参考書をもらってきた。

古いアルバムもすごく興味があった…誰かの家へ遊びに行っては、アルバムを見せてもらう。

人とは見る視点が違うのだ…写っている人物はどうでもよく、背景や建物に興味があった。


住んでいる町の戦前の駅前通りとか、商店街… 馬車が往来する大通りなどに心がワクワクしたものだ。


中学校から高校時代は、世界史・日本史をむさぼるように教科書を読み返し、習ってもいないページでも教科書を一冊の本のごとく何度も何度も読み返していた。

 

その頃は、バイトで本を買えたので相当勉強していたと思う。特に日本史については、教師とやり合った事が何度もあり 授業が終わっても教員室で議論したことがある。

考えてみれば、教師とて勉強してきた事以外知らないで当然なのだが…

教師からは、徹底的に嫌われていたようだ。試験用紙の回答欄では書き足らず、所見として裏面に小さな文字でギッシリ書き綴ってある訳で嫌われるはずだ。


歴史というものを真剣に勉強して分かったことは、学校の教育は表層的な内容であり「ウソ」の多いことが理解できた。

TVの時代劇や戦国番組でも、放送作家・歴史研究家によっては内容が全く違うではないか…疑問が増えるばかりだった。真実を知りたい…と思うのは当然の衝動だ。


いつしか、戦国史・幕末史・三国志へとのめりこんでいった。