読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

それは無知か、無罪か、「eの悲劇」(幸田真音著/講談社)

2008-07-10 11:41:55 | 作家;幸田真音
<作品>と主な登場人物
本書は、篠山孝男(52)を主人公に描かれた連作長編小説。篠山孝男は、元東和神託銀行の年金運用部長で名うてのファンドマネージャーから米国系証券(後にロイヤル・スタンレー証券に合併)スタンレー・ブラザーズに転進したものの、部下の失敗の責任を取って辞めて帰国。家族も職も失い、今では警備会社のガードマンで生業を立てている人物。また、キャピタル警備保障で出会った藤木達也も全編を通して登場します。

「eの悲劇」(2000年7月);藤木達也(23、キャピタル警備保障勤務)、三田村光治(42、電子商取引を利用したコンビとデリバリーサービス業eMpM社長)、吉川充(32、eMpM創業者の一人)、梶村彰一(47、ロイヤル・スタンレー証券カリスマファンド・マネージャー、篠山の元部下)、クリスティーナ高沢(エコノミスト)

「朝の似合う娘」(2001年);河野ゆかり(26、元女優、創立20年目の米国系通信社フェローズ・プレス東京支社、キャスター)、谷崎雅春(フェローズ・プレスでの河野の上司)、緒方真砂子(女優)、平健介(ソフト・ハウス創業者)

「イノセント」(2001年);野島泰三(62 キャピタル警備保障)、葉子(篠山の元妻)、真美(篠山の娘)

「2000年の信号」(1999年);坂井亨(40前、キャピタル警備保障 搬入プロジェクト責任者)、黒田(東和信託銀行本店 運用企画部、篠山の東和信託銀行時代の同僚)、宮田(31東和信託銀行本店 年金運用部 行員)、田原文子(40前後)

この小説を読みながら、幸田さんがなぜ篠山孝男という人物を立て、物語を描いているのかその理由を探っていたところ、その答えを幸田さんは「あとがき」で次のように明かしてくれました。

「勝つこととは何を意味し、負けるとは、どういうことなのか。そもそも本当に一方が勝ち、他方は負けたのか」

「私に芽生えたこうしたもどかしさが、日を追うごとにふくらんでいくなか、私のなかに突然やってきたのが篠山孝男という人物だった。おそらくそれは、私自身にも彼と同じように、国際金融市場という極端すぎるほどの『勝ち負け』に、常にさらされてきた経験があるからかもしれない。勝つことだけを要求され、がむしゃらに走っていくうちに身体も心もぼろぼろになった私の人生でも、あのときあんな手痛い『負け』を経験しなければ、私は作家という生涯の職を得ることはなかった」。

「負けることは、決して譲ることでもなく、ましてや失うことでもない。新しいなにかを始めるために、どうしてもやり過ごさなければならない切ない夜のようなものなのかもしれない。初めて挑戦した連作長編という手法のなかで、私は篠山孝男のあとについて、これからも両方の接点に触れ、物語を書き続けるだろう。篠山孝男と一緒にさまざまな人と出会い、勇気を出して手を差しのべる彼の姿に、かぎりなく惹かれていくはずだ」。

幸田さんのこの思いは、昨年12月31日付けの記事「枯れた恋愛に火をくべるには、『コイン・トス』(幸田真音著/講談社)」で取り上げた「コイン・トス」で描かれています。


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